俺、鬼に転生してました〜桃太郎の殺戮バッドエンドを回避してスローライフを目指します〜
神伊 咲児
第1話 俺、前世の記憶が蘇る
あれ?
ここ、どこだ?
俺は空を見上げていた。
快晴で、白い雲が浮かぶ。
「オニト君、大丈夫?」
と、覗き込むのは可愛い女の子。
オニト君って誰だろう?
俺は起き上がると、後頭部に痛みが走る。
「うっ!」
足元には大きな桃が転がっていた。
「あは! 良かった無事みたいね!」
少女は愛らしい笑みを見せた。
年は10代半ばくらいだろうか。
色白で華奢。それでいて巨乳。
額に見える突起物はアクセサリーだろうか。
アイドル顔負けのミニスカートで、露出度の高い軽装だった。
「き、君は?」
「え? 私はキリエナよ? 何を言ってるの?」
キリエナ?
随分と美少女だけど、まるで、俺のことを知っているみたいに言うな……。
俺は木崎 和成。27歳。
小さな広告代理店に勤めている、しがない独身サラリーマンだ。
勿論、こんな美少女は知らない。
「おーーい。オニト大丈夫かぁ?」
「ノロマだなぁオニトはぁ」
「みんなぁ! オニトは無事だぞぉ〜〜」
複数の人間が集まってくる。
その者らの額には、見慣れない突起物。
なんだ、あの角……。
まるで妖怪の鬼みたいじゃないか。
「オニト君はピーチボールで、桃が後頭部に命中しちゃったのよ」
ピ、ピーチ??
聞き間違いか?
ビーチじゃないよね?
「ぴーちぼーる? って何??」
「え? そんなのも忘れちゃったの?? 桃を体に当てて遊ぶゲームじゃない」
桃を当てる?
周囲には体に当てられた桃の残骸がそこかしこに落ちていた。
ドッジボールみたいなもんか。
それを果物の桃でやるなんて、
「もったいないな」
「アハハ。変なの。体に当ててるのはただの桃よ?」
「だって、桃って結構、高価な果物だろ?」
安くったって、1個100円以上はするんだ。
「桃なんて、そこら中になっているわよ。家畜の餌なんだから」
何言ってんだろう、この子……。
俺のいる場所は広場だった。
そこを囲むのは岸壁。その隙間からは海が見えた。
島……、なのか?
「あの……。ここどこ?」
「え? 大丈夫?? オニト君、変よ??」
「教えてくれ。ここはどこなんだ?」
キリエナの言葉に耳を疑う。
そんな馬鹿な、と言いたい。
だって、
「ここは、鬼ヶ島よ」
飄々と言う彼女。
アクセサリーだと思っていた額の突起物は、1本の小さな角だった。
「嘘だろ……」
信じられん。
つまり、ここは桃太郎の世界に出て来た鬼ヶ島。
そうなると、も、もしかして……。
と、俺の額も触ってみる。
「あ、ある……。2本も……」
立派な角が生えいてる。
うわーー!
俺は桃太郎の話に出てくる鬼になってしまったんだーー!!
……いや、正確に言えば、前世の記憶が蘇ったのか。
鬼の記憶を失って……。
キリエナに水飲み場に連れて行ってもらう。
水面に映る自分の顔を見つめる。
随分と若い……。
10代後半……か、20歳くらい。
イケメンとまではいかないが目鼻立ちは整っている。
黒髪で、華奢な体……。
この体型は木崎 和成だった頃とそう変わってないな。
あの頃は中年腹がぷっくり出ていたが、オニトの腹はスリムだ。
うう。
どうせならカッコいい勇者とかに転生したかったな。
よりにもよって鬼って……。
完全に悪役じゃないか。
まぁ、若いってのはいいことだが、鬼だからな。
それってつまり……。
””桃太郎は鬼を退治して宝を持ち帰りましたとさ。めでたしめでたし””
ってことだよな?
物語はハッピーエンドだけどさ。
鬼にとっては完全にバッドエンドだぞ。
退治ってようするに……。
皆殺しだ。
「うわーーーー! 絶対に嫌だーーーー!!」
桃太郎に殺されたくないーーーー!!
なんで鬼に転生してんだよぉお!!
前世は社畜で、転生して鬼って、神様の意地悪ぅうう!!
鬼たちは笑いながらピーチボールを続けていた。
「ああ……。でも、なんか、俺のイメージしてる鬼と違うな」
鬼ヶ島はのどかで平和だ。
このままのんびりここで暮らしたいな……。
童話の世界でスローライフってのも悪くないぞ。
しかし、いずれは桃太郎がやって来て皆殺しにされるんだ。
どうしたら回避できるんだろう?
うう、考えろぉ……。
「どうしたのオニト君。なんか困っているみたいだけど?」
この子は協力的だな。
俺には鬼の記憶が無い。
今は仲間が必要だ。
彼女になら内情を話しても良さそうだ。
「俺さ。記憶を失って、前世の記憶が蘇ったんだよね」
「え〜〜? 私を騙して揶揄うつもり?」
「いや、本当だって」
「じぃーー………」
めちゃくちゃ懐疑的な視線だな。
えーーと、証明するには前世の知識を披露するしかないのか。
桃太郎の話は刺激が強すぎるからな。
まずは小さなことからいこう。
「例えばこの桃だけどさ。食べたら美味しいんだよ?」
「ええ!? そんなのあり得ないわよ。ベトベトの汁が出てさ。周りは小さな毛が付いててとても食べられないんだからぁ。みんなは『悪魔の毛の実』って呼んでいるのよ」
毛が付いて悩んでるのか。
「果物を食べる時は皮を剥かないの?」
「当然でしょ? リンゴとか柿はそのまま食べるわよ?」
流石は鬼だな。
しかし、桃だけ食べないなんて勿体無い。
よし。
「ナイフあるかな?」
「あるけど、狩りにでも行くの?」
「ちょっとね。やりたいことがあるんだ」
彼女はナイフを持ってきた。
「はい。じゃあこれ」
「ありがと」
俺は桃の皮をナイフで剥き始めた。
「え? 凄ッ! 器用ねぇえええ!!」
ふふふ。
独身生活27年。彼女いない歴=年齢を舐めるなよ。
自炊はお手のものなんだ。
「みんなーー! オニト君が桃の皮を剥いているわよぉおお!!」
おいおい。
ギャラリーを増やすなよ……。
「なんだなんだ?」
「オニトは頭を打って狂ったのか?」
「お? なんか器用なことしてんな」
やれやれ。
まぁ、仕方ないか。
桃太郎のことは全員に伝えなければならない。
ならば、俺が前世の記憶持ちであることは早々に信じてもらって協力をしてもらうのが得策なんだよな。
俺は剥き終わった桃の実を見せた。
「これをさ。ハグ……モグモグ」
一口かぶりつくとどよめきが沸き起こる。
「ゲェエエ! ばっちぃ!!」
「悪魔の毛の実を食べやがったぁああ!!」
「狂ったかオニト!」
「口の中が毛に支配されて死ぬぞ!!」
いや、死なねぇって。
「美味しいよ。みんなも食べてみてよ。皮を剥いてるから毛で困ることはないしね」
と、言ってみるが、風習は変えれないようで。
「んなもん食うかよ!」
「手がベトベトになるんだから、腹の中もベトベトになるに決まってるじゃねぇか!!」
「馬鹿、オニト!!」
いや、リンゴや柿は食うのに、なんで桃だけ嫌うんだよ。
やれやれ。
桃の中にはビタミンや酵素が入っていて健康にはいいんだけどな。
食べ続ける俺を見て、
「オニト君が食べてるんだもん。わ、私……。食べてみるわ」
キリエナは食べた。
「お、美味しいぃいいッ!!」
更にどよめく。
「え? マジか??」
「キリエナ正気か?」
「口の中が毛に支配されて死ぬぞ!!」
すかさず、彼女は否定した。
「毛は皮を剥いているから大丈夫。みんなも食べてみてよ! とっても美味しいわよ!!」
彼女が食べたんならと、みんなが食べ始めた。
やはり、可愛いは正義だ。彼女の言い分は説得力がある。
「うめぇええええ! なんじゃこりゃぁああああ!?」
「甘ぁあああああ!」
「酸味と甘さの調和が渾然一体と化している!!」
おいおい。
桃の美味さだけでこの驚きかよ。
「オニトすげぇぞ!」
「お前にこんな勇気があったなんてな!」
「桃の皮を剥く器用さもあるなんて意外だったな」
いやいや。
桃の皮を剥いて食べるなんて普通だって。
まぁ、薄く剥くにはそれなりに技術がいるが、前世でそんなのを自慢したらキモがられるよな。
「オニト君すごいわ!!」
ええ?
「よぉおし、みんなでオニトを胴上げだぁああ!!」
えええええええええ!?
「「「 ワーーッショイ! ワーーッショイ! 」」」
いやいやいや。
桃を食べたくらいで大袈裟ぁ!
「鬼ヶ島に革命が起きたぁああああ!! すげぇぞ、オニトぉおおおお!!」
と、いうわけで、俺は革命児となった。
これをきっかけに、俺はみんなにことの成り行きを説明。みんなは、俺が記憶喪失で前世の記憶持ちというのを認識してくれたようだ。
一応、異世界で暮らしていた、とだけ伝えて、人間だったことを伝えるのは避けた。人間は鬼の敵らしいからな。
それにまだ、桃太郎のことは伝えていない。自分たちを滅ぼす存在がいるなんて知ったら、かなりショックだろうからな。
「じゃあ、オニト君。君のことを長老様に伝えに行きましょうよ」
長老とは、鬼ヶ島のリーダーらしい。
よし、身分の高い鬼なら、桃太郎のことが話せそうだぞ。
長老の協力を仰ぎ、桃太郎の殺戮を回避するんだ。
俺たちは長老の家へと向かった。
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