3-2、新宿の捜査? 『一部完結後 加筆分』
葵と分かれて、別行動を取る詩音とユメは、まず手始めに近くのハンバーガーショップで腹拵えをしていた。
「こんなことやってていいのかな……」
などと心配しつつも、ちゃっかり商品会議で葉っぱを焚いていたとしか思えない期間限定のバンズもパティも三倍盛りのバーガーにポテトのLサイズセットにチキンナゲット十五ピースにサラダ、さらにおまけにビッグ何たらバーガーまで付けて欲張りセットの山を築き上げていた。
「アンタは昼食べ損ねたんだからなんか腹に入れておきなさい。聞き込みは足で稼ぐもんなんだから」
そう言いながら、詩音はすでに食事を済ませていることもあり、小さいサイズのポテトをもぐもぐしている。
「それもそうだけど、葵相手じゃ聞き込める相手も限られてくるだろうし、日の高い内に私たちも動きたいよね」
自分の顔ほどの大きさの期間限定バーガーにかぶりつきながら、ユメは言う。
「まあ、それに関してはアタシに考えがあるから。安心しなさい」
ニコニコとした表情で、ユメがハイペースで山を食らいつくす姿を詩音は眺めている。
「なんか、しおちゃん機嫌良さげ?」
「だって、いっつもユメは葵と現場に出てるし、こうやって二人きりで出かけるのって久しぶりだなって思ってね」
「言われてみればたしかに……久しぶりかも……この間のマル暴の一件の時とか……暫く休みなかったしね」
ユメはバーガーを一つ平らげている。
「また特捜で忙しくなるだろうし、せめて今のうちにユメを独り占めしてデートを楽しんでおきたいなって」
「一応仕事中なんだけど」
「遊び歩くとかは流石にまずいけど、たまには二人だけで仕事ってのが嬉しいって話」
「そういうもん?」
「そういうもん」
気が付けば、もう最後の口直しのサラダをユメは貪っていた。
「それに、聞き込みに関してはアタシにアテがあるし、後から時間が空いたら、少しだけさぼっちゃいましょ」
「もうちょっと真面目に捜査に取り組んでくれたらね」
サラダを平らげ、もう氷しか残っていないコーラをズズと吸っている。やはり紙ストローは悪。などと思い少し苦い顔(当人比)をしてガジガジ噛んでいる。
「なら、真面目に頑張る」
チョコシェイクを飲み干した詩音は晴れやかな笑顔で、ユメのわずかな表情の変化を慈しんでいる。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「んで、しおちゃん、アテってのは」
「もうちょっとで着く」
ハンバーガーショップを出た二人は、新宿の裏路地を歩いていた。
流石に昼までこの間ほど不気味さは鳴りを潜めているが、それでも、どこか表の通りと比べると胡散臭い雰囲気が拭えない。
「ここよ」
新宿にこんな店があるのか……と思うほどにたどり着いた場所は、どこか、アングラ、というよりかサブカルチャー的な雰囲気を漂わせる秋葉原にありそうなパソコン用品店だった。
「おやおや、晴川殿、少しばかり遅い到着ですな」
開放されている出入り口から覗き込める店内の奥のレジから、店主らしき人物が詩音を見掛けると古風な口調で声を掛けてきた。
「別に具体的に何時って指定はしなかったじゃないですか」
文句を言いながら詩音が店に入っていくので、その後にユメも続く。
「その通りではありますが、警察官たるもの時間には厳格であるべきかと、拙僧は言いたいのですぞ」
どうやら詩音の知り合いのようだが、それを踏まえてもなお怪しい。
原因は口調だけではなく、その見た目だろうか。似合ってない挑発を真ん中分けにして、いつのアメリカの若人に流行ったのかも定かではないチェック柄のシャツをジーパンにインスタイルの眼鏡の男性。年齢は分からないが老けて見える。
要するに、生きた化石と化したステレオタイプのアキバ系の男性だ。
「しおちゃん、しおちゃん」
「ん、どうしたの?」
「見た目で人を判断してはいけないとはいうけど、初対面での印象の55%が視覚情報だっていう話が提唱されているんだよ」
「それは有り体に言えば、拙僧の印象は貴殿に良くないということですかな、銀色の少女」
にやりと笑うその男性に苦手意識を持ったのか、ユメは詩音の背後に隠れるようにしている。
「ごめん、残りの45%の印象も決まりそう」
「大丈夫よユメ、気持ちは分かるけど、あの人はアタシらが警察官ってことは分かってるから」
「まるで警察官で無ければ何かしでかすかのような言いぶりは失礼ではござらんか」
「そう思うなら、対人コミュニケーションに大事なことを学んでから出直してきてくれませんか」
「相変わらず失敬な態度ですな晴川殿は!」
それはともかくとして、詩音は他人を前に警戒する猫のようになってしまったユメをなだめながら、店の奥の座敷へと通されその男を紹介する。
「それで、彼が稀代の天才サイバー魔術師殿」
「なに、その中学生みたいなハンドルネーム……」
魔術師とはまたオカルトじみた名前をしている。
まあ「コート上の魔術師」的な何らかの比喩表現だろうが。
「拙僧のことでござる」
剃髪してないうえに寺勤めでもないのに拙僧とは……と思いつつも、そこは一旦抑え、自分のことを魔術師などと宣う男にユメは怪訝な目を向ける。
「本名で呼ぶと余計面倒くさいからそう呼んであげてるのよ。ちなみに本名は野木大和」
「せめて魔術師なのか僧侶なのかはっきりさせた方がいいんじゃないかな」
ある意味、二つが合わさって賢者のような人物ではあるが。
「一応、実家が寺らしいから一人称はあれでいいんじゃない?」
「もはや、晴川殿の非礼には慣れっこ故、不問としましょう。して、そこの銀髪の少女、お名前は?」
「…………香澄夢芽です」
「ほう、貴方が……話には聞いておりましたが……なるほど……」
稀代の天才……長いので以降、野木で。
野木は名乗ったユメを物珍しそうに、全身をねめ回すようにじっくりと全身を眺める。二往復目でユメが懐の拳銃に手をかけ始めていたので、野木も流石に「し、失敬でござった。二度としません」と言って不躾な視線を外し、一度わざとらしい咳をして本題に移る。
「互いの自己紹介も終わったところで、晴川殿の要件ですな」
「そうね、事前に渡した捜査資料には目を通してくれてますよね?」
「しおちゃん、部外者に捜査内容話したの?」
「あ、この人は一応部外者じゃないから大丈夫」
「拙僧はRINGから直々に外部委託を受けている技術者……有り体に言えば探偵のようなものですな」
「探偵……」
シャーロックホームズ感もなければ、明智小五郎感もない。
「探偵?」
「『犯人は貴方だ!』みたいな推理をするのはフィクションの探偵だけよ」
「拙僧は主に捜査の足がかりとなる情報を提供したり、警察だけでは手が回らないようなサイバーな方面でサポートをさせていただいているのですよ。例えばそう、通報もされないようなSNS上の些事を拾い上げて糸口を見つけたりなど、ほら」
そう言って、野木は二人にパソコンのモニターを見せる。
「これは事件発生当時の新宿近辺でのつぶやきを系統事にまとめたものです。まあ、あまり大きな声では言えませんが特定の範囲の発信者情報を収集して作成させて頂いたのでござる」
「プロバイダーに対してハッキング、個人情報保護法、十七条、不正の手段により個人情報を取得してはならない……完全に3アウトなんだけど」
「一応、位置情報は抜き出してるけどアカウント情報を抜き出して電話番号とかを手に入れてるわけじゃないみたいだから、このシステムに関しては目こぼししてる。こっちとしても不特定多数のプロバイダー請求なんて通るわけないし」
「晴川殿の清濁併せ吞む姿勢は嫌いではないですぞ」
「アタシは貴方のこと嫌いですけど」
さらっとそう言う。なんやかんやと野木が騒いでる横で詩音はマウスを動かし、集めた情報を確認する。
「事件前後のSNSの内容ね。あんな具体的な会話の内容を聞いてたなら、近くで他に聞いてる人がいてもおかしくない」
キーボードとマウスもいつの間にか強奪した詩音は慣れた手つきで、検索ワードを入れていく。
「『警察』、『大男』、これじゃあ現場の野次馬の話ばっかりね。あと、なんか葵が仲裁した喧嘩の話なんかも混じってる。あとは、『殺す』とか……ダメね。ホストやらキャバ嬢やらの痴話げんかばっかね」
中々、目当ての情報が見つからない詩音の後ろで画面をのぞき込むユメは魔術師が用意したツールの画面を見て、あることに気づく。
「カテゴリーでの絞り込みもできるんだ」
「よくぞ気付いてくれました香澄殿! 普段の晴川殿であれば2、3ワード打ち込むだけで目的の情報を手に入れてしまうのでござるので、折角作ったのに出番がなく拙僧悲しくて悲しくて毎夜枕を濡らし、何度眠れぬ夜を過ごしたことか」
「静かにしといてもらえますか」
鋭く貫かれて、野木はしゅんとした表情で従う。
「はい……」
とは言え、絞り込み機能を使っても、これと言った決定打になり得る情報はSNS上には転がっていなかった。
「ここまで見つからないと、通報もガセか
「そういえば、頂いた資料から被害者の国会議員についても少し調べさせていただいたのですが」
野木は詩音からパソコンの操作権を譲ってもらい、鍵が付いた『SKAMOTO』というフォルダーを開く。
「やはり国会議員の殺害事件となりますと、怨恨やら対立派閥との確執の線があります故、坂本氏の経歴、ここ数年の目立った活動記録、議事録上の発言内容、周囲からの印象、世論などをまとめておいたのですよ」
「用意がいいですね」
「まあ、遅かれ早かれ必要な情報でございましょう。警察の方なら足で稼いで来られるものでしょうが、拙僧に掛かれば椅子に座ってカタカタ、ッターンで集めることが可能です故」
「……手段が正当かはさておいて、腕はちゃんとしてるんだ……」
「言動でマイナスな印象があることは自覚してるから、仕事で挽回しようとしてるのよ」
「見直されたかな香澄殿」
「まあ少しは……マイナスからゼロに近づいったって意味ですけど」
「その補足は必要でしたかな!?」
「とりあえず、一旦、写真の男の話は置いておいて。被害者の坂本議員の関係者からアタリを付けていきましょう」
幸い今回の犯行に使用された凶器、直接の死因は判明している。『
「事件解決へのアプローチは二通りあるようにみえますな。今回の件に関しては、が付きますが」
「と言うと?」
「まず、実行犯には直接の動機があるように見えないからですな。
資料を見るに、坂本氏は国防関連の提案や質問は少ない、警察関係者や裏社会と繋がりがあるわけでもない。
そうなりますと、銃使用が厳しい日本で狙撃に長けた人物が身の回りにいたとは考えは少々無理があるとは思いませんか?」
「探偵っぽい……つまり、実行犯とは別に殺害を扇動、あるいは委託した人間がいるという話ですね」
「そういうことですな。
事件現場の痕跡から実行犯を追う線と、坂本氏を殺害する動機のある人物を追う線、この二本が軸になってくるでしょう。
逆に言えば、どちらかでも抑えれば、もう片方にも辿り着けるのではないか。というのが拙僧の考えです」
まあそうなるだろう。おそらく、警察内部でもそういう結論にたどり着く刑事は少なくないだろうし、捜査方針はその方向に定まっていくことだろう。
「それもそうだけど、遺族や坂本氏が所属していた政党への聞き込みはどうせ捜査一課が始めてるでしょうから」
「私らは組対らしく、銃の出どころとかを探って実行犯を狙う。ってことだね」
「まあ、その実行犯の足取りに関しては、今のところ手ごたえないけどね。現場近くの写真の男以外の目撃情報もこれと言ってそれらしい情報はないし。新宿なんて不審者だらけだし、これ片っ端から当たるのは骨が折れそうね」
人海戦術は警察の得意分野だろうけれども、そう一筋縄でことが進むとは思えないのだろう。詩音は深めのため息を吐く。
「現時点で現実的なアプローチは動機ですからな。RINGのお二方の心中はお察ししますぞ。まあ、今回の事件で拙僧に出来ることはこれくらいです故、健闘を祈るしかできないのですがね」
「十分ですよ。少し、アタシは情報まとめさせてもらうので、パソコンと部屋もうしばらく貸してもらいますよ」
「構いませんよ。その間、拙僧は留守にさせて頂きますが」
野木はいつの間にか、立ち上がりカメラなど携え外出の準備を始めていた。
「これから用事ですか?」
「ええ! なんと今、すぐそこで『Arith』が路上ライブを行うとの告知がありました故、ネットタレントまとめブログの管理人として拝見せねばとなりましたのでござるよ!」
「あ、アリス……?」
「流れ星の歌姫Arithをご存知でない⁉」
やや興奮で鼻息を荒くする野木を見て、心の距離を遠ざけるユメと詩音は見せてきたスマホの画面を見る。
そこにはギターケースを担ぐ紫のメッシュが入った少女の写真が映っている。
「えっと……現役高校生シンガーソングライター『Arith』……これでアリスって読ませるのか」
「一年ほど前にツベツベ動画で歌ってみた動画でデビュー以降流行りの曲から懐かしの特撮やアニメの曲をカバーしつつ、オリジナルの曲を投稿している。今時珍しく顔出しでネット活動をしている次に流行る次世代型アーティストなのですよ!」
「そ、そうですか……」
野木の無駄に高い熱量に気圧されるユメだが、シンガーソングライターと言う肩書のArithという少女の写真を見て、確かに人気が出そうだと思っただろう。新宿より、下北沢や池袋にいそうな雰囲気のビッグシルエットのストリートファッションが背伸びをしているように見えて可愛らしい少女だ。
「だから、遅刻に小言が多かったのか……」
「そういうわけなので、拙僧言ってくるでござる! あ、そのパソコンのブクマにはArithおすすめプレイリストが保存されています故、良ければ作業用BGMとしてでも聞いておいて頂けると子リスとしては大変嬉しいなぁ~などと思ったり~」
「はよ行け」
子リスとはファンネームだろうか、などとユメは思いつつ、詩音に睨まれた野木はそそくさと店のシャッターを降ろし、件の路上ライブへと向かった。
「……あの人、いつもあんな感じなの?」
「仕事は文句ないんだけどね……一応、元々RINGの技術班だったらしいよ。作戦本部の通信系統のシステム組んだり、ユニットのメインシステムの構築だったり、エンジニアとしては凄いことやってる人なのよね」
詩音は野木の人間性には興味がないのか、彼が集めたデータを捜査用にまとめている。ちなみに、おすすめされたプレイリストは開いていない。
「そんな人がなんでこんな場末のパソコンショップでオタクやってんの……」
一応店主だ。
「詳しくは知らないけど、篝理さんと合わなかったんだって。まあ、あの人も警察にいるより今の方が楽しそうだしいいんじゃない」
彼女は本当に興味がないようで、カタカタと作業を進めている。ユメはユメでついてきたのはいいものの、他人の家で手持無沙汰なので野木の言っていたArithの動画を自分のスマホで探して見ていた。
生配信はしていないようで、MVやPVばかりで人となりが分かりそうな動画はない。コメントは好評のようだ、一番伸びているのは古い特撮のオープニングのカバー動画、『歌ってみた』というやつだろう。
「ユメ、ちょっと来て」
試しに一つ聴いてみようかと再生ボタンに触れようとした直前に、詩音に呼ばれる。
「ん、なんか手伝うことある?」
「……」
キーボードの手を止め、詩音は無言で両手を広げている。有名寿司チェーンのお出迎えポーズでもしているのだろうか。どうした急に。
「休憩」
「なるほど」
特別疑問に思うこともなく詩音が広げた腕に収まるように、幼子が抱え持つテディベアのスペースにユメは収まる。
半身を起こして寝転ぶユメを股の間に抑え後ろから抱きつく人間座椅子状態。『人間椅子』より猟奇さはないな、とも思ったが座った人間の感触を楽しむのを目的にしている時点で大差ない気もしてきた。
「疲れた」
「これに疲労回復効果ってある?」
「ユメ一人に含まれる回復効果はエナドリ100ダース分よ」
「むしろ毒では?」
このままではユメの後頭部でパソコンの画面が見えず作業は出来ないだろうけれど、まあ休憩中と言っていたので問題ないだろう。
詩音にホールドされている状態でユメはスマホを操作し、改めて例の動画を拝見する。
「流れ星……?」
動画にリアルタイムで流れるコメントには野木の言っていた「流れ星」の絵文字や「☆彡」が大量に流れていた。
「トレードマークなんじゃない? ほら、イラストにもワンポイントで入ってる」
リアルの写真にも、さりげなく流れ星を象ったピアスや、出しているCDのジャケットにアップで映る彼女の頬に紫の流れ星のペイントが施されていたりと、そのイメージがファンの間で根付いているのだろう。
「流れ星のイメージか……儚さは感じないけど」
「儚いっていうよりか、力強い感じね。歌い方的に」
詩音はユメのスマホを覗き込んでそうコメントする。
Arithの歌は、確かに力強い、そして、どこか切実で遠く遠くに届くように響かせている……ように見えた。まるで何かを探しているのか、遥か彼方からの祈りを待ちわびているような。そしてその尾が中々消えてくれない。長い長い一瞬のように感じる、夜に溶けそうなのに、それでも必死にその青紫の軌跡を残そうとする流れ星。
「随分、目立ちたがりの流れ星だね」
「事件の当日流れてたみたいよ。流れ星、結構な人が呟いてた」
「そうなんだ、しおちゃんはなんか願い事とかあったの」
「流れ星に願い事したら叶うなんて信じてないわよ」
「短冊みたいなもんだよ、願うだけならタダなんだから」
「そうね………………んじゃ、『消えるな』って願うかな」
「難しいこというね。流れ星は燃えながら落ちるから、尾を引いてるのに」
「願うだけならタダなんでしょ」
「それもそうだけどさ」
流れ星は、その身を灼き尽くさなければ、輝けない、誰にも届かない。落ちなければ、その軌跡を残せない、記憶に残らない。
それは、糧がなければ生物が生命機能を維持できないのと同じように理なのだ、それを覆そうとすれば、いつか、報いを受けなければならない。
「流れ星は、一瞬しか見えないから、みんな、願い事を叶えてくれるって信じてるんだよ」
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