3-1、既視の音楽
「じゃ、アタシらとアンタは別行動ね」
聞き込みを始める前に、葵は詩音にそう告げられた。
「なんでだよ」
「アンタみたいなヤクザ顔連れて一般人に聞き込めるわけないでしょ……だからアタシとユメ、アンタ一人の二手に分かれて聞き込む」
「葵……申し訳ないけど、しおちゃんの言い分が正しいよ」
「詩音よりもお前に言われる方がなんか傷つくぞ……」
「じゃ、そういうことだから、行くよユメ」
「それじゃ、またあとでね」
……
そんなことがあって一人になってしまった葵は、仕方なく聞き込みを行っていた。
とはいえ、詩音の言うように、ヤクザのような人相の葵がそうそう一般人相手に聞き込めるはずもなく、相手はゴロツキばかりだ。
試しにと一般人に声を掛けようとして、もうすでに五人に逃げられている。
「協力ありがとう」
「いえ刑事さんもお疲れ様っす」
本日何人目かもわからないゴロツキへの聞き込みも空振りに終わり、葵はもうとっくに日が暮れていたことに気が付いた。
収穫は無かったが一旦署に戻ろうかと思い始めた時、近くの広場が騒がしくなっているのを感じた。
「なんだろう」と思い、葵は広場に様子を見に行く。
そこは二十人前後の人だかりが一点を注目しているようだった。
「それじゃ、続いてもカバー曲です! 知ってたら盛り上がってくださいねっ!」
人々の注目の視線の先にいたのは、ギターを担いだ愛嬌のある学生服の少女だった。どうやら路上ライブをやっているようだ。
少女を見て、派手な見た目をしていると葵は思っただろう。
メイクをばっちりと決め、耳にはピアスを付けている。髪は辛うじていじっていないのかと思ったが、そんなことはなく黒い髪に一本の線を平筆で引いたかのような紫のメッシュが顔の横に垂れている。
一言でいえば、今時ギャルっぽいそんな風貌をしていた。
時間も時間だし職業柄、声を掛けるべきかとも思ったが、自分の見てくれで少女に声を掛けたとき、傍から見て通報されるべきはどちらか言うまでもあるまい。
通報数ランキングで課長に近づきたくない葵はそっと、その場を離れようとした。
「じゃあ聞いてください『Two As One Extreme』!」
だが、葵はその曲名を聞いて、思わず足を止める。
「あんな若いのに渋い曲知ってるなぁ」
彼女の曲を聞くために足を止めている人々からそんな声が聞こえた。
「えぇー私知らなーい」
カップルだろうか、女性の方は本当に知らないようだ。対して男性の方は少し興奮している。よく見ると葵と同世代くらいだ。
「昔やってた特撮のオープニングだよ! 懐かしいな俺、ちょうどこの世代なんだよ!」
「ふーん」
若干冷めたような女性。周囲を見てみると、よく分からないといった様子の女性客と盛り上がる男性客といった感じで二分されていた。いや、若干数ではあるが「聞いたことあるかも?」と言った様子を見せる女性客もいるようだ。
葵はこの曲を知っている。まさしく自分がその世代だから、そして、自分が好きな曲でもあったから。
そうして、少女はイントロをかき鳴らす。
激しいギターのリードの完成度は当時を想起させるのか、はたまた少女の見た目にそぐわぬテクニックに圧倒されたのか思わず観衆から歓声が上がる。
バチバチのバンドロック調の名曲として、今なお特撮ファンの間で歴代オープニング最強論争で名前が上がるほどの名曲だ。
他にメンバーがいないが、音が薄くならないように一部のパートは別録の打ち込み音源をスピーカーから流すといった気合の入りっぷり。
「ギターの腕は大したものですね……しかし! この曲の鍵は力強いボーカル! 昨今の高くかわい子ぶった女性ボーカルは求められていいませんぞ、さて彼女はどのようにして歌い上げるか、見ものですな?」
「誰ぇ?」
観衆より若干外れた後方にいた葵の隣にいつの間にか現れていた眼鏡の男が、自分は有象無象と違うと言わんばかりに腕組みをしながら少女に厳しい目線を向けている。
仲間と思われたくない葵は、男から少し距離を置く。
そして、イントロで掴んだ心を逃がさないと言わんばかりの、歌声が周囲に響く。
少女の表情は、歌にこもった感情に合わせてクールな面持ちへと変わっていた。
その愛らしさからのギャップに、戸惑いを見せていた女性客すらも釘付けになる。
「なんとぉ!! 幼さの残る容姿からは想像も出来ぬほどの、力強くよく響くクールな低音!! 危うく見た目に騙されるところでしたぞ!!」
葵は「さっきから
低い曲の中でもなめらかな抑揚があり、激しいのにずっと聞いていたくなる。そんな歌だった。
「うおおおおおおおおおお! 最高ですぞぉぉぉぉぉぉぉ!」
「マジで五月蠅ェな……」
サビでの盛り上がりでは、みんな思い思いに昔を懐かしんだり、初めての曲ながらに感動し歓声を上げたりと、非常に好評のようだ。
「ふぅ……すっごい好きだけど……やっぱ疲れるねぇこの曲……お客さんも盛り上がってくれてありがとう!」
気が付けば、葵のように思わず足を止めたであろう通行人すらも、額に汗を浮かべる少女に拍手や声援を送っている。
「まさか今時の若い
半分以上隣の男が何言ってるのか分からないが、葵も静かに拍手を送る。少女の音楽を初めてきいたはずなのに葵にとってもどこか懐かしさを感じさせていたから。
――ただ、少し、物足りない。
「それじゃあ、楽しいところだけど、もう暗いしこの曲でラストにします! オリジナル曲だけど皆さん聞いてくれますかー!」
「聞く聞く!」「えー! もう最後なのー!」「これから絶対推す!」「その
あ、最後のは隣の男です。
「ありがとう! それじゃあ、名残惜しいけどラストナンバー!――え? ちょっと!」
「はいはい、ストップストップ」
「おい、邪魔だ! お前ら散れ散れ!」
少女が曲のタイトルを言おうと構えた直前、どこからかガラの悪い男が二人、観客を乱暴に掻き分け割って入ってきた。
「な、何ですか! 路上ライブの許可ならちゃんと取ってますけど」
「あぁ!? ここは篠原組のシマなんだよ嬢ちゃん」
「ちゃんとショバ代払ってもらわぇと俺らも困るんだわ」
周囲の観衆がざわつく、明らかになんの筋も通ってない因縁付けられているだけだが、突然のこともあってか観客たちもどよめいている。
「あの子には悪いけど……出てくしかねぇか……」
警察沙汰は少女も望んじゃいないだろうが、警察である自分が出張らなければ収拾が付かない。そう考えた葵は観衆の間を縫い、少女の元へ近づいていく。
相手は大の大人、しかもヤクザ。そんなのに囲まれて恫喝されれば、大抵は言われるがままになってしまう。このままではおそらく少女も委縮して――
「はぁ? 払う気なんてないですけど。お前らが、土地の権利者だっていうんなら権利書でも持ってきたらどうなんです?」
いなかった。毅然とした態度で相手が無茶苦茶言っていることを指摘する。その眼光は私は間違っていないと言わんばかりだ。
その振るえる拳を気丈にも握りしめながらも、目線だけは外さない。
決して引かない少女の態度にそれを眺めていた観衆も、口々に声を上げる。
「そうだそうだ引っ込め!」「いいとこなんだ邪魔すんな!」「音楽を愚弄する狼藉者どもめ其処に直れ!」
大ブーイングを受けるガラの悪い男たちはアウェイな空気を感じ取ってはいるが、引くに引けなく動揺しているようだった。
「が、ガキが! なま言ってんじゃねぇぞ!!」
「お前らうるせぇ、俺らが誰だと思ってやがる!」
「へぇ、誰なんだろうな。是非、教えてもらってもいいか?」
そう言って、少女と男二人の間に割って入ったのは、葵だ。
「少し教えてくれないか、お巡りさんにさ」
葵の警察手帳を見て、男達は苦い表情をする。
慌てて逃げようとする片一方の男の首根っこをとっ捕まえ、もう片方への男へに睨みつける。メンチの切り合いで顔を反らした方が負け、数々の現場というう名の修羅場を乗り越えている葵と、学生相手にイキり散らしているチンピラでは、そもそも立つ土俵が違う。
完全に立ち尽くし委縮したヤクザを尻目に、葵は少女を見る。
「邪魔して悪いね、お兄さんこの人らに話聞いてくるから。気にせずに続けてくれて大丈夫。あ、あとで、被害届とかお願いしたいから。これ」
葵は少女に精一杯のお巡りさん口調で話した後、自分の名刺を渡す。
「明日でいいから、話聞かせてくれると助かるかな。名刺持ってきたら分かるように話し通してておくから」
少し一方的だったかもしれないが要点を伝え、葵は男達をまとめてその場から押し出す。
「な、何すんだてめぇ!」
「サツが調子こいてんじゃ――」
「はいはい、話は向こうで聞いてあげるから、大人しくしてような」
なけなしのプライドを振り絞ってごちゃごちゃとわめく男を連れて、葵はその場を離れる。
最寄りの交番まで男らを連行し、そこで葵は場所を借り二人に手錠を掛け、交番の警官とそれぞれの一人ずつ請負い取調べを行っていた。
「お前、篠原組の若中だろ。いつからこの辺が篠原組のシマになったん? この間まで齋藤組がデカい面してたと思うけど」
ヤクザが身分証なんて持っている訳ないので質疑応答で調書をとっていく。
「齋藤組が潰れたから、今のうちに縄張りを主張しておけって、カシラが」
「篠原組……東仙会の下部団体が、この間まで上の組が縄張りにしてた場所をシマにしようなんて、随分偉くなったもんだな。そんで、このアタリの店のみかじめ集金してたところで、子供が騒いでんの見掛けたってか?」
「……はい」
「素人に適当に因縁つけて
「……子供なら、でけぇ声で脅したら、言うこと聞くと」
「それ恐喝罪だから、んで路上ライブは公道でやってんだよ。手めぇらが仮に土地の権利書持ってようが関係ないから、言いがかりで金を詐取することを刑法上でなんていうか知ってか?」
「……詐欺罪です」
「はい、正解。ヤクザのくせにちゃんと勉強してんじゃねぇか。つう訳で、恐喝罪で現逮だから、詐欺に関しては実際の金品の授受が発生する前だから詐欺未遂だな。良かったなカモにしようとした子が賢い子で」
「……」
「逃げようとか考えんなよ、足折られる上に公務執行妨害も増やしたくないだろ」
「ひっ……きょ、脅迫だろ今のは! 裁判で証言するからな!」
「はいはい、言ってろ言ってろ。あ、ついでに聞いておくが」
偶然にもヤクザの下っ端を逮捕してしまったが、本来、街に繰り出した理由を思い出し、懐から一枚の写真を取り出す。
「お前、この男についてなんか知らねぇか?」
それは防犯カメラの粗い画像に映る、派手な見た目の男の写真だった。
「いや、こんなやつ多分新宿にいっぱいいるし、誰とかは」
「心当たる名前があるんだったら話しとけ、捜査に協力的なら、調書に口添えしといてやる。余罪にもよるが多少は罪が軽くなる」
葵はヤクザの話を聞きながら、課室にいた時の話を思い出していた。
……
「お前たちには、この男の動向を探ってほしい」
そう言って課長が見せるのは、解像度がやや粗い写真だ。どこかの路地の防犯カメラから切り取ったものだろう。
「現場付近の防犯カメラに映っていた男だ」
写真に写る男は画像の粗さから顔は明確に判別できないが、夜の繁華街にはよくいそうな大柄なごろつきだ。よく見る……野次馬に紛れ込んでいても違和感はない。
「構いませんが……この男が何か?」
三人とも考えていたであろうことを、詩音が代表して質問する。
「特捜立ち上げ前に、匿名の通報があったんだ。現場付近で不審な会話を聞いたと」
「不審な会話?」
「背の高い男が『慎重に殺せ』とか『警察が動く』とかそんな、不穏な会話だったらしい」
「なるほど……それで、なんで俺らなんですか? さっきの場で共有してもよかったんじゃないすか?」
「匿名通報な上に、暗がりもあってか情報が曖昧だ。しかも通報者は未成年、十中八九いたずらだと上は考えている」
「なら、別に人を割くことないんじゃねぇすか」
「貴重な情報提供だ。無視するわけにもいかんだろ。だが、いたずらかもしれん情報に相手に大々的に捜査員を割けない」
「それで俺らに白羽の矢を立ててもらっても癪なんすけど」
「まあ待て雨森、本当にガセならお前らみたいに、こき使える下っ端をこんなことに割くわけないだろ」
「ひっでぇ労働環境だ……」
葵を無視して課長は続ける。
「俺も新宿で長年、ゴロツキどもを相手にしているしな、コイツに見覚えがあった」
「こんなの巣をつついたらわらわら出てきますよ」
炙り出し担当のユメが言うのだから間違いない。
「それもそうだが……見覚えのある顔の中に、今回の一件に関わってるかもしれない奴が一人。心当たりがある」
……
「あ、あの、こんな感じでいいですか」
「ああ、協力感謝」
ヤクザが上げた名前の中に、課長が言っていた人物はなかった。念のために、もう一人にも確認したがそれも空振りだった。
逆にここまで名前が上がらないと、それはそれで不審だ。
そんなことを考えながら、葵は交番の警察官に後を任せ、交番の裏で煙草を一本咥えながら「そろそろ署に戻るか」などと考えていた。
「あ、あの! お兄さん!」
火をつけようとした矢先、声を掛けられる。
「ん、ああ……路上ライブの……」
葵が目を向けるとそこには先ほどライブをしていた少女がいた。
流石に未成年の前で煙草は……と葵は煙草をしまう。
「よかった、まだいた……あの! さっきは、ありがとうございました」
少女は葵に対し律儀にも深いお辞儀をし感謝を述べる。
「いや、大したことはしてないよ」
これまで警察官として対峙してきたのはヤクザ、チンピラ、ゴロツキばかりで、こういった普通の一般人と接する機会は少なかったので、葵は
「大したことなくないです。とっても心強かったです」
「それを言えば、キミの方が勇敢だった。ヤクザ相手にあんな啖呵切れる人間、そうそういない」
葵は単純に心から思った称賛の言葉を彼女に送る。
「あ、あんなの、強がりですよ。それに周りにいっぱい人がいてくれてましたし」
「強がりでも引かなかったんなら上等。周りに人がいたのも、キミが自分で集めたようなもんだ。そんで、あの場に俺がいたのも、アンタの歌に足を止めたから。違うか?」
「そ、そうですか? そう言われると、なんか照れるなぁ」
えへへ、と笑う少女に、葵は思わず何かの面影を見たような気がした。
「……」
「お兄さん!」
「え? え、何?」
「怖い顔してると思ったけど、そんな風に笑うんですね。なんか安心しました」
「怖い顔って……まあ、否定はしないけど。俺、そんな顔してたのか……? ちょっとキモいな」
少女に指摘されるまで葵は本当に気付いていなかったようで、困った様子を見せる。
「意外と可愛いかったですよ。鏡でも持ってれば良かった」
「なんだよそれ……」
「キモくなんかないですよ。本当に格好良かった……それこそ、本物の後藤翔太みたいに」
「それって確か、キミが歌ってた曲の」
「ですです! 覆面ライダー
それは葵が小等部の高学年の頃くらいに、日曜朝八時にやっていた特撮ヒーローのことだった。
テレビは規制されていなかったのもあって、毎週楽しみにしながら三人揃って、その時間帯の番組を眺めていたことを、葵は覚えている。
「逆に、キミくらいの歳でアレを知ってる方が珍しい気がするけど……」
「今なお語り継がれてる名作ですよ! 俳優さんも凄く有名になってるし」
さっきは緊張していて顔がこわばっていたが、慣れてくるとよく笑う子だ、という印象を受けた。
葵も緊張が解けてきて、改めてその顔をしっかりと見ることが出来た。
仄暗さと遠巻きの方から眺めていただけでは、詳細が見えなかった顔が交番の灯りに照らされ、今ははっきりと分かる。
体格は近い、だが、やっぱり、目の形も、全体の色も、声の雰囲気も違う。ただ、笑い方が、よく似ている、ような気がする。
葵はまるで誰かと比較するように少女をその瞳に映していた。
「あ、そうだ。さっき絡まれた件の話をしに来たんだった」
少女が一通り特撮について語り終えたあと、思い出したように話を切り出した。
「あー、だから来てくれたのか。今日はもう遅いから次の日でよかったのに」
むしろ、この時間まで未成年を外出させておく方が問題だ。
「うぇ⁉ そうだったんですね。ごめんなさいそうとは知らず……」
「気にしなくていい。夜道は危ないし、中の女性警官に送ってもらおうか?」
葵にそう言われ、少女は明らかに残念そうな顔をする。
「えぇ~~お兄さんが送ってくださいよ」
どうやら葵は少女に気に入られてしまったようだ。
「未成年の女子校生を男の警官の車に乗せるのは問題あるだろ……」
「それなら大丈夫、僕、男だから!」
「それなら問題ないか……ん?」
「え?」
「…………………………そうか、それなら問題ない……のか?
少女、改め少年にそう頼むと、どこか自慢気に荷物から学生証を取り出した。
「いやぁ、やっぱり僕可愛いからなぁ、ここまでしないと分かんないかぁ……えへへ」
葵は少年から学生証を受け取る。都立高校のモノだ。
当然、性別の他に名前と年齢、住所も載っている。
「そういや、名前をまだ聞いてなかった。こんな感じで名前を知ることになるなんてな」
「それはお互い様じゃないですか? お兄さんも名乗ってないけど、僕は名刺で名前知ってましたよ」
個人情報保護のため一部伏字で情報を公開。
都立○○高校 第一学年 ○組 出席番号15番 性別♂
氏名――――
「それじゃあ、エスコートお願いします。雨森 葵さん」
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