2、バンドやろう!
これは古い記憶。
「バンドやろう!」
中等部の一年の頃だっただろうか。放課後の音楽室、夢芽に呼び出された詩音と葵は突然の提案に頭が理解するのに時間を要していた。
「……で、何の漫画読んだの?」
夢芽のセリフから数秒後、詩音が口を開く。
こういった突拍子もない思い付きは今に始まったことではない。
「えっと、確か女子高生四人が軽音楽部でわちゃわちゃするやつ!」
「だれがそんなの図書室に置いたんだよ……」
「だからさ! バンドやろ!」
音楽準備室から持ち出したであろうエレキギターを掲げ、なにが「だから」なのか分からない理論を持ち出し二人を誘う。
「はぁ……バンドつったて、楽器なんて音楽隊訓練で吹奏楽すこし齧った程度しかやったことねぇだろ」
「そこは頑張って練習しよう! バンドなんて誰かから教えられてやるようなもんじゃないって、多分!」
「見込みが甘ぇ……」
「仮にやるとして、どこで披露するの? うちの学校に文化祭なんてないわよ」
「軽音楽をやる音楽隊もいてもいいんじゃない?」
「聞いたことないわよ……」
「しおちゃん、ベースね! 音楽隊でコンバスやってるし」
コンバス……コントラバスの略称。吹奏楽でも数少ない低音部の弦楽器である。
「ベースはライブでのパフォーマンス激しいから、気合いれて頑張ろう!」
「ベースに対する偏見が強すぎる……」
「ドラムはあおいだね、楽譜読めないし」
「パーカス舐めすぎだろ……読めないけどさ」
パーカス……パーカッションの略称。打楽器のリズム隊のことを主に指している。
「太鼓増えるし楽譜も複雑になるけど」
「身体で覚えるのはあおいの得意分野だから、叩き方覚えさせれば大丈夫でしょ」
「舐め腐ってんなぁおい!」
「そして、ボーカルとギターを僭越ながら、この僕が務めさせてもらいます」
「結局、それやりたかっただけじゃない……」
「いいじゃん、放課後に部活したり街に繰り出してカラオケ! みたいな青春が出来ないんだし。このくらいはさ」
こういった夢芽の提案は、やはり、半ば軟禁のような生活への反抗心からだろうか。
「まあ、飽きるまでは付き合って上げてもいいけど……アンタはどうすんの?」
「俺も別に構わないが。この間のパルクール世界一覚えてるか? あいつ、三日かそこいらで先生から呼び出しくらってたぞ」
「その前は野球だったっけ? 人数足りなくて始める前から終わったけど」
「さらにその前は殺陣。先生に速攻で止められたが」
「その前の花火作りは三日でバレて死ぬほど怒られたわね……一ヵ月続かないにチョコ一か月分」
「一週間で先生にバレて放課後音楽室出禁に課題代行一週間」
「ちょっとそこ! なんで辞めること前提に賭けてんのさ! ……じゃあ、僕は! 高校上がっても続けて、全員指環持ちの幼馴染スリーピースバンドでバズる! 動画サイトで一千万再生! うん! 話題性もばっちりじゃんね!」
「随分とデカい皮算用ね」
「で、お前は何を賭けるんだよ」
「そうだなぁ……万が一にでも僕が負けたら……」
すこし、考える素振りを見せたあと、夢芽は二人に言う。
「次やることの決定権を二人に譲ろう!」
「それってお前の権利だったのか……」
「勝ってもあんまり旨味がないわね」
「なんでさ!」
あまりの不評に夢芽は頬を膨らませる。
「もういいよ! そんない要らないんなら絶対にあげないし、絶対に続けるから!」
そういって、エレキギターをじゃーんと鳴らす。力が足りてないのか、どこか気の抜けたようなヒョロヒョロとした音しか出ない。
「弦楽器なんか触ったことないくせに……」
「楽譜くらいは読めるし! 出来ないから辞めるなんて絶対にないから! バチバチに弾けるようになってから後悔しても遅いかんな!」
「上手さは賭けにあんまり関係ないけどな」
「バズんなきゃ意味ないから!」
完全に拗ねてしまったのか、不機嫌そうな顔をしながら、不慣れで不器用な手つきで弦を何度も爪弾く。
「実際のところ、どう思うよ」
夢芽はもう集中して聞こえていないだろうと思ったのか、葵は詩音に向かって話す。
「今までは道具なかったり、怪我すると危ないって周りの大人に止められてたけど……流石に今回は止める理由ないんじゃない?」
「だな、夢芽は自分で始めたこと、自分から率先して辞めたことなんかない。バズるかどうか知らねぇけど」
「そうね。今のうちに勉強しときなさいよ、高校に上がってからの課題は今より難しいわよ」
「お前こそ、ちゃんとチョコ用意しておけよ」
「直前になったらね。夢芽、ちゃんと歌の練習もしときなさいよー!」
「ん……わかってるよ。アーアーアー。ドーミーソ!!!!!!!!」
声はデカいが音は外れまくってる。
「あいつあれでよく音楽隊でトランペット吹けるな……」
「まあ練習してれば上手くなるでしょ」
そういえば、と葵は思う。
いつから、アイツは色々な思い付きに俺達を巻き込むようになったんだろう。
気が付けば、としか言いようがないほどに、彼らは同じ時間を共有している気がするのではないだろうか。
下手くそな歌とギターを聞きながら、二人も音楽準備室へそれぞれ楽器を取りに行く姿を夢芽は横目で見たことを覚えていた。
――そういえば、賭けはどうなったんだっけ。
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