4、熱烈な密室
控えめに言って大当たりだった。
『深海愛里寿』その名前を見た瞬間、葵はすぐさま写真を取り出し彼に問う。
「あのさ! この写真の男に見覚えはないか?」
「え、どうしたんですか雨森さん?」
急に目の色を変えて葵が問いただしに来て、思わずアリスはたじろぐ。
「す、すまん。悪い。事情も説明せずに……実はある事件の捜査でこの男の情報を集めているんだ」
葵がそう説明すると、アリスは納得したようにして写真を受け取り確認する。すると彼の目が見開かれる。
「……え、兄さん……!」
やっぱり、と自分の考えと合致した葵は、課長が目星をつけた男の名前を思い出す。
『深海太陽』そう名乗っているらしい男。
とある組織で情報の流通を担っていながら、ひしめく情報の海に隠れるように姿をあらわさない、そんな男の尻尾を掴んだ。
「その写真の男に心当たりがあるのか?」
「いや、もしかしたら、ですけど……僕の兄、深海太陽と背格好とよく似ています」
アリスは明らかに動揺している。
心苦しいが、ようやく掴んだ手掛かりだ。
「兄さんとは親しいの?」
踏み込むしかない、そう葵は判断した。
「いえ、年に一回家に帰ってくるかどうか……歳も離れているし、話したりは多くないですけど……あの、兄が何かしたんですか?」
「それは、まだ分からない。関与しているかどうかを調べている段階なんだ」
少し迷うように目を泳がせてから、アリスは決意を固めたように葵を見つめる。
「兄について、送っていただく道すがらでよければ、僕が話せる範囲でお話します」
「協力してくれるのか?」
「仲良く、はないですけど、家族なので信じてあげたいんです」
きっと家族というものはそういう関係なのだろう。課長も確信があったわけじゃないだろうし、今日だけでも違う名前が何個も上がっている。葵も出来ることなら、アリスの身内がこの事件に無関係であることを願っている。
「僕が話して調べてくれれば、きっと、事件とかに関わってるなんて間違いだって証明できると思うんです」
「わかった。俺も万に一つの可能性の話だと思ってる。きっと悪い結果にはならない」
「はい、よろしくお願いします」
そうして、葵は公用車の助手席にアリスを乗せ、先ほど確認した住所へとハンドルを切る。
「先ほども言いましたが、兄は実家に年に一回帰ってくるかどうかです。帰ってきたとしてもほとんど話らしい話はしてません。六年前に一人暮らしを始めたときからずっとそんな調子です」
東京で結婚もしてないのに、実家を出たのか……と思っても口にせず。とりあえず、アリスの口から自然と出てくる深海太陽の人物像を把握することに務める。
「家の居心地が悪かったんですかね。大学に入ってからは見た目も派手にして、帰りが遅くなっては親とよくケンカをしていました。もう両親とは連絡の一つも取っていないんじゃないですかね」
今のところはよくある家庭事情に思える。
「キミとはどういう関係だった? 一応男兄弟だろ」
「といっても歳が十近く離れているので接点らしい接点もなかったです。ただ、両親には黙っておくようにと、僕にだけ。今の住所を教えてくれました」
「それはどうして? 仲がいいわけじゃなかったんだろ?」
「なんででしょう……もしかしたら、両親と喧嘩ばかりしてましたが、完全に関係を断ちたくは無かったんじゃないんですかね。素直じゃないから直接の繋がりは残せなくて、ワンクッションの為に僕が挟まれば、謝りたいときに謝りやすいとか、そこまで考えてるか分かりませんが」
少し悲しそうに笑いながらアリスは語る。
「そうは言っても、住所を教えるくらいなんだから、親との確執意外に、アリスのことも気にしていてくれたんじゃないのか」
「どうなんですかね……兄の交友関係も知りませんし、僕からも兄のところに様子を伺いに行こうと考えたこともないですし……あ、けど」
何かを思い出したのか……夜の街並みを映す窓を眺め、葵に伝えるために、というよりも何かを確かめるように話す。
「一度だけ、ドライブに連れて行ってくれたっけ……」
「……どこまで行ったか、聞いても大丈夫か?」
「大したところじゃないですよ、本当に近所。池袋のサンシャイン。水族館に連れて行ってくれたんです。あんな見た目の癖に『俺がお気に入りの場所なんだ』って言って、一緒に見て回ったんですよ」
ライブや葵の前で見せたはじけるような笑顔とはまた一味違う、感慨に耽るような穏やかな笑顔を浮かべていた。
「大切な思い出なんだな」
「うん……また一緒に行きたいなぁ……って、ごめんなさい。そうじゃなくて、兄の情報ですよね!」
「別に構わないさ……後はさっき渡した名刺に俺の連絡先が書いてる。もしアリス君がよければ太陽さんの住所を教えてほしい。もちろん強制はしない」
「アリスでいいですよ。君付けはなんだか慣れてないので。兄の住所については家にメモがあるので、帰ったらメールで送ります」
「いいのか?」
「はい、信じているので……」
アリスの話を聞いていたら、いつの間にか住所の近くまでたどり着いていた。
「本当にここまでで大丈夫か?」
「はい、この辺入り組んでて分かりにくいので、車より歩いた方が早いので」
「そうか。今日は話を聞かせてくれてありがとう。アリス」
「大したことしてないですよ、助けていただいたのでお礼みたいなものです」
アリスは本当に気にしてないといった様子だ。
「たくさん喋らせておいて今更だが、今回の件についても話を聞かないといけないから、また時間の都合が付いたら新宿署まで来てくれるか?」
「はい、もちろん。僕にとっての本題はそっちでしたね! それでは! 今日はありがとうございました!」
アリスは警官が取る敬礼のポーズをマネして少し恥ずかしくなったのか、えへへと照れ笑いを浮かべる。
「こちらこそ、ありがとう。またな」
「は、はい! また……」
アリスが帰路に付いたのを見届け、葵は今日得られた情報を見上げに新宿署へと帰っていく。
……
「もしもし、深海ー。うん、控え見に言って大当たりだったよ……うん、明日にでも動いてくれるんじゃないかな?……え、嬉しそう? 何言ってんのお前、嬉しいに決まってんじゃん」
車が見えなくなった頃、満面の笑みで、アリスは深海に連絡をする。
「思わずにやけちゃったけど、良いように解釈してくれた……やっぱり警察官になるだけあってめちゃくちゃやさしかったよ……あ? お前から話振ったんだろ!……あぁもういい、萎えた。明日はちゃんとやるよ、尻ぬぐいはするって、それじゃ!」
電話から「おい、ちょっと!」とわずかに漏れ聞こえたあと通話が終了する。
「……肌が疲れてるのを感じる」
アリスは周囲に誰もいないことを確信したうえで、家に着くまで我慢できなかったのか、ウィッグやカラーコンタクト、目の形を変えるテーピングなどの変装を取り外す。
ほとんど素顔を晒す前に、キャップを目深に被り、いつもの黒一色に自分を染め直す。
「目ぇめっちゃ渇くな……」
独り言なんて本当は嫌いだけど、今日ばかりはやり場のない気持ちの行き場を抑えきれていない。
「顔熱い……」
アリスたちの作戦は順調に第二段階へと進んでいた。
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