第55話 楓の暴走ふたたび・・
久しぶりの再会に興奮が治らないのか、深夜まで話し込んでいたグレイスは、いつの間にか楓の膝の上で、眠り込んでしまった。
マッシュは、グレイスを抱きかかえ部屋まで連れて行くから、楓達も休めと言い残し、部屋を出ていった。
残された2人は、ローブに着替えベットへ入り、互いに抱きしめ合う。
「ロイドの匂いだ・・嬉しい。やっと帰って来れた」
「あぁ。おかえり、楓」
ロイドは楓のおでこにキスをしながら、楓を強く抱きしめる。
「ロイド、僕ね、お母さんに会ったの」
「・・・そうか」
「もう大丈夫って思ってたけど、お母さんを見た瞬間、体が震えちゃって逃げたの」
楓の話を聞きながら、ロイドは優しく背中を摩る。
「あまりにも怖くて僕、倒れちゃって・・でもね、病院で、佐々木先生って人に出会ってね、すごく良くしてもらった。そこで、幸恵さん達とも出会ったんだ」
「そうか・・・」
「それでね、幸恵さん夫婦は食堂をやってて、住み込みながら仕事させてもらったの」
「楓が仕事したのか?」
「そう!お客さん達もいい人ばかりでね、すっごい楽しかった」
「そうか・・」
「でもね、またお母さんが僕を探して現れてね、言い合いになって、僕を庇ってくれた幸恵さんをぶったの」
「・・・・」
「僕、悲しくなって・・僕の事を相変わらず傷付けるお母さんも、僕を庇って打たれた幸恵さんも僕がいるだけで、周りが嫌な思いをするんだって、僕が弱いからダメなんだって思って・・それで、また僕、倒れちゃったの・・・」
「楓、そんな事はない。あの夫婦の顔を見ればわかる。それに、俺は楓がいるだけでこんなにも幸せになれる」
背中を撫でていたロイドの手が、今度は髪を撫で、頬を撫でる。その温もりに楓も頬をすり寄せ話を繋ぐ。
「幸恵さん達も、佐々木先生もそう言ってくれた。僕は何も悪く無いって。僕は僕の人生を生きて幸せになるべきだって、そう言ってくれたの」
「あぁ、楓は何も悪くない。楓・・・辛い時に側にいてやれなくて、すまない」
「ううん。そんな事ない。僕ね、倒れて寝込んでる間、不思議な夢を見たの」
「夢?」
「そう。僕が泣いてるとね、ロイドとグレイスが現れて抱きしめてくれるの」
楓の言葉に、ロイドは感嘆する。
「良かった・・届いたんだな。そうか、あの時か・・」
「どういう意味?」
楓が不思議そうな顔でロイドを見上げる。
「実はな、時々楓の夢を見ていたんだが、いつも笑ってる楓が泣いてる夢を見て、それが不思議なんだがグレイスも見ていたんだ。それで、マッシュに話したら、俺たちは不思議な力で繋がっているから、強く楓を想えば楓に届くはずだと言われて、その日グレイスと楓を想いながら寝たんだ」
「そうだったんだ・・・本当に僕達は繋がっていたんだね。僕はこんなに想われていたんだね」
「当たり前だ。今頃気づいたのか?」
「ううん。前から知ってたよ。でも、改めて実感した」
「この先もずっと楓だけを想っている。例え何があろうと、俺たちはずっと一緒だ。楓、愛している」
「僕もずっとロイドを想っているよ。ロイド、大好き。僕も愛してる」
満面の笑みで楓はロイドを見つめる。ロイドも笑顔で楓を見つめキスをする。そして、抱きしめあったまま眠りについた。
翌朝、早く食べなくてはいけないからと朝食を断っていた楓は、テーブルに重箱を並べ、ロイドとグレイスと三人で食べていた。
ロイド達の世界にレンジがない事を伝えていたので、義雄は冷えても食べられるおかずを、幸恵はおにぎりを詰めてくれていた。
「母上!この卵、美味しいです」
「それはだし巻き卵っていうんだ。義雄さんはね、料理が本当に上手なんだ。僕もお手伝いしてたから今度、何か作ってあげるね」
「本当ですか!じゃあ、それを持って今度三人で庭園で食べましょう!」
「いい考えだね!ちょっとしたピクニックだ」
「・・・楓、この米の中に何か入ってて、酸っぱいのだが・・」
ロイドは眉を寄せ、手に持ったおにぎりを睨んでいた。
楓はふふっと笑いながら答えた。
「それはね、おにぎりと言って中に色んな具・・食べ物が入っているの。多分、ロイドが食べたのは、梅干しっていう食べ物じゃないかな」
「むぅ・・梅干し・・すまん、これは俺には無理だ」
そう言って、手に持っていたおにぎりを戻す。
「そうだなぁ。ロイドには鮭がいいかもしれない。魚は好きでしょ?」
「魚が入っているのか?では、それにしよう」
ロイドは楓が差し出したおにぎりを受け取り、一口食べると、これは美味いと勢いよく食べ始める。楓はロイドが戻したおにぎりを取り口に入れた。
「おにぎりって、お弁当の定番なんだけど、僕、お弁当とか作ってもらった事なかったから、幸恵さんの作ったおにぎりが一番大好き」
笑顔で話す楓を見て、ロイド達は嬉しそうに微笑み返す。
食事を終えた後、仕事や稽古は大丈夫なのかと尋ねる楓に、今日はマッシュが気を効かせて一日休みになっていると答えた。
じゃあ、お土産タイムにしよう!と楓は背負ってきた大きいリュックを引っ張り出す。
「僕ね、給料を使わずに取っといて、幸恵さんや義雄さんにプレゼント買ったりしてたの」
「楓・・どうして、自分の為に使わないんだ」
「幸恵さん達にはすごいお世話になったんだもん。それとね、ロイドとグレイスの誕生日には渡せないけど、ちゃんとプレゼント買って用意してたんだ」
「母上・・」
「特にグレイスには約束が守れなくてプレゼントあげてなかったでしょ?だから、多めに買ってきた」
リュックから次々と出して、グレイスの前に並べる。
グレイスは目をキラキラさせて、見た事ないプレゼントの箱を開け始めた。
「ロイドにはこれを買ったよ」
グレイスと比べると量は少ないが、いくつか並んだ箱を開ける度にロイドも歓喜のため息を溢す。
「あとね、マッシュさんでしょ、ハービィさんでしょ、メイドさん達と執務室のみんなに僕の世界のお菓子を買ってきた」
そう言って机に並び切れない程のお土産を並べ始めた。その様子にロイドとグレイスは空いた口が塞がらない。
「楓、まさかと思うが、その大きな袋の中、全部お土産なのか?」
「そうだよ?服は戻るにしても、戻れないにしても持っていく必要なかったし、ロイド達へのお土産は前から買ってたし、貯めていたお金の半分は幸恵さん達にお世話になったお礼にあげて、残りは全部お土産に使った。だって、ここに僕の世界のお金を持ってきても使えないでしょ?」
「・・・・」
「・・・・」
「もし、戻れなかったとしても、また2年半後になるからそれまで働いて貯めればいいしね。あ!また何かあった時の為に薬も沢山買ってきたよ」
「楓・・・」
「母上・・・」
物凄い笑顔でお土産を並べていく楓に、2人は何も言えず、ただただ楓を見つめていた。
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