第54話 旅立ち

「楓、本当にここであってるの?」

暗い洞穴を屈みながら進む幸恵と義雄がいた。

あれから、楓はベールの事を、ロイドの世界の事を2人に話した。

信じてもらえないかも知れないと、内心はドキドキしていたが、話を聞いた幸恵の返事は呆気に取られるほど、違ったものだった。

「凄いわ!何か映画みたいな話ね!楓ったら、本当に運命の相手に出会ったのね!それに、王様だなんて、凄くかっこいいんでしょ?見てみたいわ!」

何度も凄いとはしゃぎながら、幸恵は楓の話を聞いてくれた。

流石に、結婚相手が男なのには衝撃を受けていたが、このご時世、珍しい事でも無いわとすんなり受け入れてくれた。

今日は皆既月食の日、前日に楓は洞穴に行くことを伝えた。すると、2人で見送りに行くと言い出したのだ。

キラキラしたベールもみたいし、運が良ければ楓の旦那さんも見れるとはしゃいだ幸恵に、義雄がついて行く形ではあったが、もう会えなくなるかも知れない寂しさもあってか、義雄も賛成して付いてきた。


「もう少ししたら、開けた場所に着くので、もう少し頑張って下さい」

明かりを照らしながら、誘導する楓。そして、ベールがあった場所に着くと、小さなシートを敷いて三人は腰を下ろす。

来る途中で買ったお茶を飲みながら、時間になるまでたわいの無い会話をする。

「楓、喜びすぎてお土産を忘れないでね」

そう言いながら、幸恵は風呂敷に包んだ重箱を叩く。

楓自身も以前持っていたリュックより大きめのリュックを背負い、その中にロイド達のお土産を買っていたのだが、幸恵達も向こうに行けば、ここのご飯はなかなか食べれる物では無いからと、重箱に色々詰めてくれた。

しばらくすると、何かが揺らめくのを感じ、ベールがあった場所に顔を向ける。

そこには光はしないものの、薄い壁の様なものが形を成していった。

「ロイド・・・」

形ができたその先にはロイドの姿があった。隣にはグレイスとマッシュの姿もある。

「やだ・・楓、目の前に美男子達が見えるんだけど・・・」

その言葉に、楓は目を見開き、幸恵へと視線を向ける。

「見えるんですか!?」

「えぇ・・はっきりと見えるわ。あの背が高い子があなたの旦那さん?」

「はい・・・あの人が僕の旦那さんです・・」

ずっと楓を信じて支えてきてくれた幸恵達にロイドを見せる事ができて、嬉しさで涙が溢れる。

「母上!」

「楓!」

少し遅れて楓の姿が見えたのか、2人の声が聞こえた。

「あぁ・・2人とも、元気にしてた?」

ベールに近寄り2人に手を差し伸べる。ロイド達も側に寄り手を重ねる。

「母上!会いたかったです!」

「楓・・・楓・・・」

涙ながらに2人は何度も楓の名を呼ぶ。側でマッシュが驚いた顔をしながら呟く。

「本当に不思議だ。私にも見えるぞ・・」

その声に楓は笑いながら答える。

「マッシュさんも元気でしたか?2人のお世話大変だったでしょう?ありがとうございます」

「そんな事はない。最初はメソメソしてたんが、今はしっかりやってくれてる」

「マッシュさん!」

「マッシュ!楓にそんな事言わなくても良いだろう!」

2人の叫び声に楓はまた微笑む。そして、思い出したかの様に振り向き、幸恵達を紹介する。

「ロイド、グレイス、この方達は僕を支えてくれた方達なんだ」

紹介された指先の方を向くと、幸恵たちがペコリとお辞儀する。

「楓が世話になった。感謝する」

「いいのよ。それにしても楓の旦那さん、本当に美男子ねぇ」

幸恵はロイドの姿に感嘆する。

「息子ちゃんも可愛い」

「息子ちゃん・・可愛い・・」

自分だけ可愛いと子供扱いされて、グレイスはショックを受ける。

楓は笑いながらグレイスもかっこいいよと伝える。

「それで、楓。向こうには帰れそうなの?」

「時間がまだあるし、光るかどうかもわからないんです。ただ、形が元に戻っただけかも知れない」

楓の言葉に、周りが沈黙する。

「でも、僕は会えるとは思ってなかったから、もしダメでもそれだけで、十分嬉しい」

「あぁ、そうだな。こうして楓の無事がわかるだけでも嬉しい」

ロイドの言葉に楓は満面の笑みを零す。

「そうね。そうなったら、また私達と住んで、次を待てばいいわ」

「はい。そうします」

幸恵の言葉に、楓は振り向きながら答える。すると、グレイスが身を乗り出して楓に話しかける。

「母上!俺、背が5㎝も伸びました」

「本当に?あぁ、確かに大きくなったね。凄いなぁ。きっと僕の背を簡単に超えるんだろうなぁ」

「はい!そのくらい大きくなったら、母上を抱っこしてあげますね」

「おい、抱っこは許可しない」

「わかりました。抱っこはやめて、おぶってあげます」

「だめだ。抱っこもおぶるのも俺の特権だ」

「2人ともやめなさい。マッシュさんと幸恵さん達もいるのに、恥ずかしいでしょ」

楓の一言に2人は口を尖らせる。そんな2人を慈しむように楓は見つめる。

しばらくすると端の方からゆっくりと光が灯り始める。

その光に、みんなは期待を込める。

「楓!忘れ物よ」

そう言って幸恵が声をかけてくる。

手にしっかりと包みを持たせると、幸恵は楓を抱きしめた。

「光って良かったね。本当はベールが現れなくて、1人がっかりして帰るかも知れない楓を放って置けなくて着いてきたの」

「幸恵さん・・」

義雄も近づき、楓を抱きしめる。

「元気でいるんだぞ」

「義雄さん・・僕・・僕、本当に2人に出会えて良かった。2年半、僕ずっと幸せでした。僕にとっては2人が母と父です。本当に感謝してます」

涙ながらに楓は2人を抱きしめ返す。

「ほら、そろそろ行かないと・・」

「はい・・元気でいてくださいね、お父さん、お母さん」

楓の言葉に嗚咽を漏らし幸恵は泣き始める。幸恵の肩を抱きながら義雄が包みをベールに押し込む。

それをロイドが受け取り、楓へと手を差し伸べる。

楓はニコリと笑いながら手をロイドの手を掴む。楓は幸恵達に微笑み行ってきますと伝え、光に吸い込まれて行った。

そして、ベールの光は消え、辺りは暗闇になった。


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