第53話 不思議な夢
楓が目を覚ますと、病室のベットの上だった。
夢の中でロイドとグレイスに抱き締められ、心が穏やかになった気がしていた。
ベットの傍らにはずっと付き添っていてくれたのか、幸恵が手を握ったままベットに顔を伏せている。
楓は搾り取るように声を出す。
「幸恵さん・・・」
その声に幸恵は顔をあげ、楓を見つめる。
「良かった・・本当に良かった・・・」
そう何度も呟きながら、楓を抱きしめる。
「幸恵さん・・怪我は・・」
「頬を叩かれたくらい、何とも無いわよ。待ってて、先生を呼ぶから」
ナースコールを押し、看護師に楓が起きた事を伝える。
「楓が倒れてから二日経ったのよ。本当に気が気でなかったわ」
「すみません・・・」
「謝る必要はないわよ。それより何処か痛いところはない?」
「はい・・」
楓の返事と同時にドアがガラッと開き、佐々木が入ってきた。
カーテンが開かれると、佐々木が安堵のような笑みを浮かべ、楓を見つめる。
何故、あの時佐々木が現れたのか、母はどうなったのか尋ねようにも、声が出ない。口をパクパクさせる楓を見て、察した佐々木が椅子に座る。
「実は幸恵さんが、機転を効かせて連絡をくれたんだ」
佐々木の話によると、母と会った時点で幸恵が佐々木に電話をかけ、通話にしたまま会話をしていたようだ。
佐々木は電話口から聞こえる内容で、母親が楓に接触した事に気付き、別の電話から警察と義雄に連絡した。
会話の内容は、念の為、録音していたので、警察に事情説明する際に役に立ったと笑って答えた。
あの日、姿を確認できなかったが、義雄も来ており、また過呼吸で倒れた楓をおぶりタクシーに乗せ、病院まで運んでくれたらしい。
「お父さんは今、楓の着替えを取りに行ってるわ」
「お店は・・・」
「いいのよ。客も馴染みばかりだし、夫婦2人と楓が食べていくのに、2、3日休んだってどうもしないわ」
いつもの幸恵の笑顔が、楓を和ます。それと同時に申し訳なさが胸を苦しめる。
「楓君、君のお母さんは接近禁止命令が出た。今までの事や録音した会話内容、それから幸恵さんに手をあげた事が決め手になった。平手打ちとはいえ、暴力には変わりないからね」
「そうよ!だから、私も被害届を出してやったわ。これで楓には会えないはずよ」
佐々木と幸恵の言葉に涙が溢れる。楓を思い、守ってくれる大人が、この世界にいた事が心底嬉しかった。
「楓、あなたは何も悪くない」
そう言って涙を拭ってくれる幸恵の手は暖かかった。暖かさが余計に涙を誘った。
「嫌だわ。私も年ね」
そう言って、幸恵も自分の目頭を抑える。そして、義雄に目が覚めた事を伝えてくると、携帯を持って部屋を出た。
しばらくしてから、佐々木が楓に提案してくる。
「楓君、良かったらカウンセリングを受けてみないか?」
「カウンセリングですか・・?」
「そう。そんなかしこまった事ではなく、ただ、たわいの無い話をするだけでもいい。楓君は沢山の事を心にしまい込んでしまっているんだ。それを話す事で一つ一つ紐解いて心の荷物を下ろしていくんだ。そうすると、気持ちが楽になるし、生きていく勇気が湧いてくるんだ。その勇気が心を強くしてくれる」
「勇気が強くしてくれる・・・先生、僕、強くなりたい。大切な人を守れる様に強くなりたいです」
楓の力強い返事に、佐々木は笑顔になる。
「すぐにとはいかないが、必ず強くなれるはずだ。根深く着いた傷は治ったと思っていてもふとした瞬間に現れる。タッチパネルにある動画再生のボタンみたいに、何かのキッカケで触れた瞬間、突然再生されるんだ。その動画が更に心を傷付ける。だから、きちんとカウンセリングを受けて、その再生ボタンを無くせば、きっと強くなれる。完全になくす事ができなくても、打ち勝つ勇気を持てるようになるはずだ」
そう言いながら佐々木は楓の頭を撫で、日を改めて紹介すると約束すると部屋を出ていった。
強くなりたい・・強くなって幸恵さん達を安心させたい。きっと、この経験がロイドやグレイスを支える力になる。
夢の中で、ずっと2人に抱きしめられたあの心地良さを、僕も2人に感じて欲しい。だから、僕は強くなる。
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