第52話 楓を想う
「どうした?具合が悪いのか?」
マッシュの呼びかけに、ロイドがふと我に帰る。
「いや・・昨夜の夢見が悪くてな・・」
そう言うと、ロイドはまたペンを持ち書類に文字を走らせる。
楓の手紙を読んだその夜、ロイドはグレイスを部屋に呼び、今まで心配かけた事を謝罪した。
そして、楓が戻ってくるまで一緒に頑張ろうとグレイスを励ます。
グレイスは今までの不安が溢れ出たように声を出して泣いた。
その姿に、自分の不甲斐なさを悔やんだ。
次の日から、ロイドは少しずつではあったが政務に戻るようになっていた。
楓がいない事に不審がるものもいたが、ロイドの看病疲れを癒すために、しばらく故郷へ帰っていると言うことになっていた。
次第にその期間が長くなると、今度は楓の身内が病に伏せた為、戻りが遅くなるという事に話をすり替えた。
ベールの事はごく一部しか知らず、また楓に仕えていた者しか事実は知らせなかった。
時折、辛そうにしていたロイドも、政務に追われる日々で塞ぎ込む事も少なくなっていった。
「ロイド、休憩しよう」
マッシュの呼びかけにロイドは頷き、長椅子へと移動し、寝そべる。
「それで、その夢は何だったんだ?」
マッシュの問いかけに、しばらく黙っていたロイドだったが、重い口を開く。
「時々楓の夢を見るんだが、その夢で楓はいつも俺を見て笑っている。そんな夢に励まされて頑張っているんだが、昨夜、楓が泣いていたんだ。声をかけるが、1人蹲ってただただ泣いているんだ。それが、どうも気掛かりでな」
「なるほどな・・」
「楓は今まであの世界で心から笑った事がないと以前話してくれた。それだけ、楓にとって辛い世界だったんだ。ここに来て楓はよく笑う様になったし、強くなったからきっと向こうでもうまくやってると信じたいんだが、昨日の楓の泣く姿をみたら、向こうで何かあったのでは無いかと心配になってしまった」
切なそうに語るロイドを見ながら、マッシュは紅茶を一口飲む。
そして、ゆっくりとカップを置くとロイドに話しかける。
「お前達は何か特別な物で結ばれてる気がするからな。その心配も、もしかしたら当たっているのかも知れんな」
マッシュの言葉にロイドは飛び起きる。
「そうなんだ。楓とは通じ合っている気がするんだ。だから、楓が笑っている夢を見る時はきっと上手くやってると安心できた。だが、今は・・・」
「通じ合っていると思っているなら、今度はお前が強く思って楓殿を励ましてやればいい。きっと伝わるはずだ。大丈夫。楓殿は強い。仮に今何かが起こっているとしても、きっと乗り越えてくれるだろう」
「あぁ・・そうだな」
ロイドは不安をかき消すように、マッシュの言葉に頷く。
強く楓を想う・・・ロイドにとっては簡単な事だった。
昨夜は楓の泣いてる姿にどうしたら良いのかわからずにただ側にいた。
今、思えば簡単なことだった。
楓を抱きしめて側にいると伝えれば良かったのだ。
そして、愛していると、楓を誰よりも想っていると囁いてやれば良かったのだ。
楓は俺に抱きしめられると心が安らぐと言っていた。
側にいると言われると本当に安心すると・・・。愛してると伝えるといつも満面の笑みで幸せだと呟いていた。
そんな事も忘れていたのか・・俺は本当に不甲斐ないな・・ロイドの口からふっと笑みが溢れる。
その夜、グレイスが珍しく部屋を訪ねてきて、一緒に寝たいと告げてきた。
どうしたのかと尋ねると、グレイスもまた楓が泣いている夢を見たと答えた。
その言葉にロイドは驚き、そしてロイドも夢を見たと答えた。
「マッシュが言うにはな、俺達は深く心がつながっているから、楓を強く想えば楓に届くはずだと。まぁ、俺の楓への愛の大きさに比べれば、グレイスは少し足りないかもしれんが一緒に寝れば、グレイスも夢であえるかもしれん」
「父上、お言葉ですが、俺の母上を想う気持ちは父上に負けません」
「何を言う。俺達は長年想い合った仲で夫婦だ。俺の気持ちに勝てるはずがない」
「いいえ。年月は関係ないです。俺の方が母上を思っています」
「生意気な奴め・・・まぁ、いい。こんな言い争いをしないで、早く寝よう。楓が待っているかもしれないだろ」
「ふふっ。そうですね。きっと母上がこの会話を聞いたら、呆れて怒られます」
「そうだな。楓は怒っても可愛いが、怒りが高いと口を聞いてくれんからな」
「そうでしたね。では、母上に怒られる前に寝てしまいましょう」
「賛成だ」
布団に潜り込むと2人は楓に会える事を願いながら、目を閉じた。
夢の中で楓は変わらず膝を抱え泣いていた。
グレイスは楓を抱きしめ、ロイドもグレイスごと楓を抱きしめた。
そして2人は楓に囁く。
「楓、俺が側にいる。いつでも楓を想っているし、心から愛している」
「母上、俺も側にいます。母上を想い、ずっと母上を愛しています」
その囁きに応えるように、楓は顔をあげ安心した表情で眠りにつく。ロイドとグレイスはそんな楓をずっと抱きしめていた。楓が安心したまま、健やかに寝れるよう、ずっとずっと抱きしめ続けた。
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