第49話 戻ったその後

目が覚めると、真白い天井が目に入った。

顔を横に向けると、点滴に繋がれてるのが目に止まり、自分が病院にいることを悟る。

カーテンを開け、入ってきた看護師が慌ててナースコールを押し、楓の目が覚めた事を伝えた。

しばらくすると50代に見える、少しふっくらとした医者が入ってきて、楓の体を調べ始める。合間に楓に話しかけるが、頭がぼーっとして上手く返事ができない。

一通り体を確認すると、医者は楓を見つめながら話始めた。

「今の状態がわかるかい?君は路地で倒れているのを発見されて、ここへ担ぎ込まれた。僕は担当医の佐々木だ。君の名前は?」

名前を聞かれ咄嗟に口をつぐむ。

「君は身元がわかる物を何も持っていないから、こうして尋ねるしか無いんだ。年はいくつ?」

「・・・18です」

「高校生かい?学校は?」

「高校は卒業しました。大学には行ってないので、学校には行っていません」

「名前、教えるのは怖いかい?」

佐々木の不思議な問いかけに、楓は首を傾げる。

「検査の時にね、君の傷を見たんだ。何か事情があるんだろ?」

傷の事に触れられ、楓は一瞬体を強ばらせる。その様子を見た佐々木は楓を見つめ、言葉を繋ぐ。

「もし、その事情が危険を伴うのであれば、警察に連絡する事もできる」

「だ、だめです!警察はダメです。ぼ、僕お金なら持ってます。足りるかはわからないけど、もし、足りなかったら何か仕事をして、ちゃんと支払いに来ます。だから、警察には連絡しないでください。あ、お金・・僕のバックはどこ?」

慌てふためく楓の肩を掴み、落ち着くように伝えると、ベットの脇にあるサイドボックスからリュックを取り出し、楓の膝の上に置く。

「バックはここだ。警察には連絡しないから安心しなさい。僕はお金がどうとかで君を警察に引き渡すつもりはない。ただ、何か力になれる事があればと思って聞いたんだ」

佐々木の言葉に楓は安堵し、落ち着きを取り戻す。

「とにかく、もう一日はここにいなさい。君はここに運ばれて、まる1日起きなかったんだ。心労と過呼吸を起こした事で、身体が弱っている。それに、あの寒空の中で倒れていたんだ。発見するまでどの位いたのかわからないが、熱が出て軽い肺炎も起こしている」

「でも、お金が・・・」

「そんなことは心配しなくていい。幸いここは小さな個人病院だ。僕が経営している。だから、お金の心配は一旦置いといて、今は体を休めるんだ」

楓を心配する佐々木の眼差しに、楓は心がぽかぽかする。

この人の目は、本当に僕を心配している目だ。信じてみてもいいのかも知れない。

この世界では僕を心配してくれる人はいなかった。

だから、誰彼問わずに警戒してしまう。

でも、僕はこの目の温かさを知ってる・・・

「よし。特に痛む所も無いようだし、この後、昼食が出るからしっかり食べて薬を飲むように」

佐々木は楓の肩をポンと叩くと、席を立つ。

「あの!」

咄嗟に呼び止める楓に驚き、佐々木はまた、椅子に腰を下ろす。

「ありがとうございます。僕・・青木 楓と言います」

「そうか。楓君か」

小さな楓の声を聞き漏らさず、楓の名を呼びにこりと笑う。その笑顔につられ、楓も小さく微笑み返した。


翌日、楓の酸素数値も安定し、退院する事になったが、やはり持ち合わせでは足りなかった。

それでも、佐々木は大丈夫と答え、楓のお金を半分だけ受け取り、いつか落ち着いたら払いに来てくれと笑って楓を見送ってくれた。

楓の世界で、初めて触れた優しさに少しだけ自信が持てた楓は、すぐさま仕事を探し始める。

だが、身分証もなければ、住んでいる住所もない。携帯も持っていないので、仕事探しは案の定難航した。

辺りは日が暮れ始め、疲れ果てた楓は見つけた公園のベンチに腰を下ろし、今日はここで野宿しようと考え始める。

洞穴で寝泊まりする予定だったから寝袋は持っているし、あのトンネルの中なら雨も凌げる。

寒さを我慢する事は辛いだろうが、昔を思い出せばそれも出来る気がしていた。

あれこれと考えているとお腹がなる。

公園に入る前に、コンビニがあったのを思い出し、おにぎりでも買おうと思い立ち上がると、テクテクと歩き始めた。すると、どこからかいい匂いが漂ってきた。

先の事を考えると節約の為にコンビニおにぎりが良いのだとわかっているが、その匂いに誘われるように小さな食堂へ入っていった。


そこは、年配の夫婦が営む食堂で、客もまばらだった。

楓は席に座り、テーブルにあるメニューを見つめた。

そして、今夜は寒い中で野宿する事を考え、少しでも体を暖めておこうと、うどんを頼む。しばらくすると熱々のうどんが運ばれてきて、楓はフーフーいいながら啜り始めた。

食べ終わる頃には、周りに客はおらず、接客していた女性が暖簾を下げていた。

長居してしまったのかと、慌てて席を立ちレジへと向かう。

「ねぇ、あなた・・佐々木先生の所に入院していなかった?」

突然声をかけられ、楓は呆然と見つめ返す。

「確か・・・楓君よね?」

名前を呼ばれ息を呑む。そして小さな声で返事をする。

「佐々木先生の所は今朝、退院しました」

「あぁ!やっぱり!実はね、ウチの主人が隣のベットで、あの日退院の準備をしてたの。それで、聞くつもりはなかったんだけど、会話が聞こえてきてね」

「そうでしたか・・気づかずにすみません・・」

「いいのよ、そんな事。それより、今、どこかで寝泊まりしてるの?」

「いえ・・・」

俯きながらボソボソ話す楓の顔を覗き込み、彼女は笑顔で話を続ける。

「泊まるところは見つけた?」

「いえ・・今日はこの先の公園で寝ようかと・・・」

「まぁ!ダメよ!今日は冷え込むわよ!そんな所で寝たら、また佐々木先生のところに逆戻りよ!」

「ですが・・仕事も見つからず、持ち合わせも少ないので・・」

「じゃあ、今日はうちに泊まりなさい!」

楓の言葉を遮り、徐に提案してくる。その言葉に呆気に取られていると、奥からご主人が出てきて楓に声をかける。

きっと奥さんの声が大きくて、厨房まで聞こえたのだろう。

「何も心配することはない。仕事がないならうちで働け。ちょうど、俺も病み上がりで無理できない状態だから、人手があると助かる」

「あらっ!いい考えね!そうね、厨房を手伝ってくれると助かるわ」

呆然と話を聞いている楓をよそに、話がどんどん進んでいく。

「ほら、ぼっとしないで、早速片付けを手伝ってくれるかしら?」

楓の背をポンと叩き、箒を渡す。楓は言われるがまま、フロアの掃除を始めた。

頭の中では突然の成り行きにどうしたらいいのかわからず、いろんな考えが走り回っていた。


掃除を終えると、2階にある自宅へ招かれ、空き部屋があるからそこを使ってと案内される。

頭の整理がつかないまま、風呂へ案内され、風呂から上がれば今日だけよと布団を用意される。

何がなんだか分からず、楓は布団へ入る。

「明日は定休日だから、今日はゆっくり休んで、起きてから色々話しましょ」

そう言って、部屋の明かりを消して彼女は部屋を出て行った。

どうしよう・・このままいてもいいのかな・・何だかうまく行きすぎて怖い・・

暗闇の中、不安に頭を抱えるが、寒い中歩き回った疲れから、楓はいつの間にか眠ってしまった。

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