第48話 楓のいない世界
袋がポツンと置かれ、楓の姿は消えてしまった。
光が消えたベールの存在が確認できないマッシュ達は、ベールがまだそこにあるのか、消えてしまったのかもわからない。
泣きじゃくるグレイスを嗜め、袋を持って城へと戻る。
ロイドの部屋に戻りながら、メイドに医者に部屋へ来るように伝える。
長椅子にグレイスを座らせ、袋から薬を取り出し苦笑いをする。
楓殿が早口で処方の仕方を説明したのは、楓殿の世界の文字を読めない事を杞憂していたからなのか・・・楓殿は全てを察していたのだな・・・
深いため息をつき、顔を覆い隠すように両手で押さえ、天井を仰ぐ。
しばらくすると慌ただしい足音を立てて医者が部屋へと入ってきた。
グレイスの泣く姿に医者は一瞬顔を曇らせるが、薬を手に近寄ってきたマッシュに怪訝そうな表情を見せる。
マッシュは楓に言われた通り説明をし、医者は黙って薬を受け取ると、粒のままでは飲みにくいだろうと、器に入れ粒を砕く。
そして、それを水に溶かしロイドに飲ませる。
マッシュはロイドを見つめながら、小さな声で呟く。
「楓殿の想いを無駄にするんじゃないぞ・・・」
マッシュの声に反応するかの様に、ロイドの頬に一粒の涙が溢れた。
翌朝、薬が効いたのかロイドが目を覚ました。まだ、完全には熱は下がらず、しゃべる事もままならなかったが、目を開けたことで周りは安堵した。
そして、側にいたグレイスに顔を向ける。
グレイスはロイドの手を握り涙を流し始めた。その涙にロイドは何かを察したようにマッシュへ顔を向ける。
マッシュは静かに楓がロイドを助ける為に、元の世界に戻った事を告げた。
ロイドはその言葉に涙を流す。この重々しい雰囲気とマッシュの口ぶりが、楓が戻れなくなったことを悟ったのだ。
しばらく涙した後、ロイドはまた意識が遠のき眠りについた。
それから、ロイドがはっきりと意識を取り戻し、熱が完全に下がったのは2日後だったが、楓を失った悲しみからかロイドはベットから出ることができず、一日をずっとベットに座り過ごすようになった。
そんな日々が一週間も過ぎた頃、見兼ねたマッシュが部屋を訪ねてきた。
「ロイド、お前の悲しみはわかるが、そろそろベットから出てきてくれないか?すぐに政務を始めろとは言わない。せめて、ベットから出て散歩くらいしろ」
ロイドは、マッシュの声も届いてないのか、黙ったまま宙を見つめる。
そんなロイドに手紙を差し出す。
「メイドが見つけたそうだ」
ふと目をやると、そこには楓の字で書かれたロイド宛の手紙があった。
ロイドは目を見開き手紙を奪い取る。震える手で「ロイドへ」と書かれた文字をなぞるロイド。
「楓殿の私物を整理しようとしていたメイドが、引き出しにこれが入っているのを見つけたそうだ。楓殿は何もかもを悟った上で、お前の為に残していったんだ」
辛そうな声でマッシュが告げる。
「何が書かれているか知らないが、楓殿はお前がこうなる事も察していたはずだ。この手紙を読んで少しは元気を取り戻せ。楓殿はお前が立派な王であり続ける事を望んでいた。最後までお前の事を想い、お前が愛したこの国の為に、あのような決断をしたんだ。楓殿もきっと辛い思いをしている。お前がこんなんでどうする?楓殿の想いを無駄にするつもりか?」
「・・・・」
「それに辛いのはお前だけではない。楓殿に仕えていた者達も悲しんでいるし、楓殿をあんなに慕っていたグレイス様も苦しんでいるんだ。お前は王でもあるが、グレイス様の父親でもあるんだ。楓殿を想うのと同じ様にグレイス様も思ってやれ」
そういうとマッシュは静かに部屋を出る。取り残されたロイドは、愛おしそうに何度も手紙を摩りながら、その文字を見つめ、そしてゆっくりと封を開けた。
ロイドへ
この手紙を見つけて読んでいると言うことは、元気になっているって事だよね。
安心した。
目が覚めた時に側にいてあげられなくてごめんね。
勝手にいなくなった事、怒ってないかな?でも、これしか方法がなかったんだ。
本当にごめん。
僕はロイドが本当に大好きだよ。
頭が良いところも、剣術が凄いところも、僕を大事にしてくれる所も大好き。
泣き虫な所も可愛くて好きだよ。
でも、一番は国中のみんなに愛されてるロイドが大好きなんだ。
だから、僕がいなくなったからって、いつまでも悲しまないで。
僕は諦めないから・・・。
赤い月は僕の世界では2年半毎に現れる現象なんだ。
僕はその時にまたあの場所に行く。
もし、その年がダメなら次の年にまた必ず行く。
会えるまでずっと行くから、ロイドも諦めないで。大丈夫。きっと会える。
それまで、しっかり王様しててね。
それからグレイスの事も気にかけてあげてね。僕達はグレイスの親なんだ。
子供の事をしっかりみてあげて。ロイドが僕にくれる愛情を、グレイスにもしっかり分けてあげて。約束だよ。
ロイド、僕も本当は辛い。寂しいし、何よりまたあの世界に戻ることが怖い。
この手紙を書いている今も、胸が苦しくて、不安でしかたがない。
でも、僕は信じてる。必ずまた会える事を・・。
だから、ロイドもしっかりご飯を食べて、しっかり寝て体を大事にして、その時まで待ってて。
忘れないで、離れていても僕達の気持ちはちゃんと繋がってる。
愛してるよ、ロイド・・・。
「俺も愛してる・・・」
震える手で手紙を握りしめ、ロイドは小さく呟く。
そして、涙を流しながら、その手紙が楓かの様に優しく胸に抱え込む。
(俺も諦めない。きっと会えるはずだ・・・楓、愛してる・・)
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