第47話 別れの時

夜も更けた頃、ランプを片手に三人は丘にある洞窟を目指す。

空には赤黒い月が浮び、暗闇を一層暗くする。

来た時のリュックを背負いながら、楓は重い足を動かす。

洞窟に着いて、ベールのあった場所へ灯りを向けると、あの日置いたままの袋が見えた。安堵のため息をついた時、ベールが光り始める。

その光景に、マッシュとグレイスは目を見開く。だが、逆に楓は眉を寄せ、悲しい表情を見せた。

ベールが波打ち、以前見た形と異なるからだ。

そして、そっと指をベールにかざすと来た時に感じたピリピリ感ではなく、痛みを伴う電撃の様な感覚に襲われる。楓はグッと唇を噛み締めた。

「マッシュさん!」

楓の声に、呆然とベールを見つめていたマッシュは我に帰る。

「マッシュさん、袋はありましたが手が届きません。なので、僕は一度向こう側へ行きます」

振り返りながら早口で話す楓に、何かを察する。

「では、私も一緒に・・・」

「ダメです。そもそもマッシュさんが、このベールを超えれるのかもわかりません。それに、あなたはロイドの側にいなくてはいけない」

「楓殿・・・」

「いいですか?これから言う事をしっかり覚えてください。僕は向こうへ行って袋をこちらへ投げる。うまくこちらに届けられたら、その中に、箱に入った薬と消毒液と傷に塗る薬が入っているので、どちらもロイドに試してください。箱に入った薬は1日三回、朝昼晩で二錠ずつ飲ませてください。それでも下がらない時は、6時間は空けてそれから飲ませてください」

「わかった」

「それからグレイス。こっちにきて」

グレイスも何かを察したのか、静かに涙を流しながら俯いていた。

「グレイス!時間がないんだ!」

楓の大声に、グレイスは駆け寄る。楓はグレイスをぎゅっと力強く抱きしめる。

「いい?グレイス。僕がいなくてもずっと悲しんではいけない。しっかり勉強も稽古もして、後継者として頑張るんだ」

「・・・はい」

「大丈夫。僕も諦めずにここに戻れる努力をするから。きっとまた会える。その時までロイドを支えてあげて」

「・・・はい。約束します」

嗚咽を漏らしながら、楓を強く抱きしめ返す。そして、楓は急いで自分の腕輪を外し、グレイスの手にはめる。

「寂しくなったら、これを見て。離れてても僕は側にいる。いい?忘れないで。必ずまた会える。愛しているよ、グレイス」

大粒の涙を流すグレイスの頬にキスをして、ベールへ体を向ける。

そして、楓は意を決してベールに飛び込むと光がチカチカと瞬き始めた。

痛みを堪えながら、抜け出ると急いで袋を掴み、ベールへと投げ入れる。

袋はベールを取り抜け、姿を消したと同時に当たりが暗くなった。

楓は手探りで当たりを確かめるが、ベールそのものがなくなっていた。

その事に、何となく予想はしていたとはいえ、楓はその場で顔を伏せて声を上げ泣いた。

ロイド・・・どうか、無事でいて・・・

暗い洞穴に楓の鳴き声が響く。楓はしばらくの間、そこから動けなかった。


そのくらい時間が経ったのだろうか、楓は体を起こし、持ってきたリュックから懐中電灯を取り出し、明かりを灯しながら外へと向かう。

入り口付近まで来ると、明かりが差し込み夜が明けている事を知る。

見知った林を力なく踏み締め、道がある場所へと進む。

戻れない事を確信し始めてから色々と対策を考えていたが、今は考える気力が湧かない。そして、道へと出ると昔家があった場所が目に入る。

ここが更地でなく、まだ空き家のままなら、ここに隠れ住めたのに・・・そう思いながら、更地に近寄ると1人の女性の姿が目に入った。

その姿に体がビクンッと跳ねる。身体中が脈打ち、息苦しさを感じた。

お母さんだ・・・

自然に体がブルブルと震える。ここにいては、見つかってはダメだと頭の中で警告音が鳴る。

その女性がゆっくりと振り返ろうとしていた。楓は咄嗟に体を背け、走り出す。

後ろで楓の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、足を止めることも、振り返る事もできなかった。ただ、必死にそれから逃げた。

そして、人が賑やかな商店街へ出ると、小さな路地に隠れる。

息を上がらせながら、その路地に座り込むと何故か涙が溢れた。

どうして、あんな所に・・・

母が捕まった事、閉鎖的な精神病棟に入れられた事は聞いていた。

父親の所に移り住んでから、母から一度だけ手紙が届いたが、楓は怖くて見れずに引き出しにしまっていた。

また、ひどい言葉が綴ってあるのでは無いかと思ったからだ。

幼少の頃に植え付けられた母の支配感に似た恐怖はずっと拭えずにいた。

ロイドと過ごす内に、もう克服したと思っていたが、姿を見た瞬間震えてしまうのは、それだけ母から受けた傷が根強いものだと知らされる。

膝を抱え嗚咽を漏らす楓は、いつの間にか、心の中でロイドに助けを求めるが、ロイドの熱に犯され横たわる姿が脳裏によぎり、自分の弱さが更に楓の胸を締め付け、涙を誘う。

ロイドも頑張っているのに、僕はいつまでも弱いままだ・・でも・・でも、どうしても怖いんだ・・・ロイド、僕はどうしたらいい?

嗚咽と一緒に声が漏れる。次第にそれが過呼吸を引き起こし、息がうまく吸えなくなる。そして、目の前が白くなり楓はそのまま倒れ込んだ。

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