第45話 ベールの向こう側へ

翌朝、マッシュが古びた本を片手に部屋を訪れた。

ロイドが言っていた神話の本は、執務室の金庫の中に入っていたそうだ。

楓はロイドに薬を飲ませ、傷口を消毒し終えた後、マッシュが持ってきた本を開く。

そこには、ベールに基づいた物語が綴られていた。

ある日、森の奥にベールが現れ、それぞれ別の世界で生きる男女が、神に導かれそこで出会う。ベールには触れれるのだが、通り抜けはできない。

2人はいつしかそこで会う事が日常となり、次第に惹かれ合う。

そんな2人を哀れに思った神は、2人に満月の夜、月が一番高く登る時間にここで会えれば、2人は生涯共に幸せに暮らす事ができるだろうと伝えた。

2人はその日を心待ちにし、神が教えてくれた時間帯に落ち合い、女は男に手を引かれ男の元へと行った。

しばらくは幸せて暮らしていたが、女は時折、故郷に残してきた家族を思い、涙するようになる。

それを見ていた男は、一度帰ってまた満月の日に戻ってくれば良いと提案し、女を帰す事に決めた。

だが、2人は神が忠告した言葉を忘れていた。

月が災いをもたらす時は超えてはならない。その言葉を・・・。

そこで、物語が途切れていた。本が古すぎて字が滲んで、先が読めない。

月が災いをもたらす時とは何なのだろうか・・・本を閉じながら、楓は思考を捲らす。そして、この物語の先を考える・・もしかしたら・・・その考えが、楓の胸に重くのし掛かる。そして、ロイドを静かに見つめた。


夕刻になるとグレイスがロイドの様子を見に、部屋に訪れた。

熱が一向に下がる気配を見せず、ただため息が漏れる。

2人で部屋で夕食を済ませ、楓が手当を終えるとグレイスは手伝うと、ロイドの体を拭き始めた。

楓はありがとうと伝え、額の布を取り替える。体を拭き終えた頃にマッシュが部屋を訪れた。次の満月の日がわかったと・・・

三人は長椅子に座り、しばらく沈黙していたが、マッシュが口を開く。

「楓殿、次の満月は二日後だ。だが、その月は良くないと言われた」

「良くないって、どう言うこと?」

「赤い月の日だ」

「赤い月の日・・・」

マッシュの言葉にグレイスが反応する。

「赤い月の日て・・・あ!皆既月食!この世界にもあるんだ・・・」

「楓殿の世界ではそう呼ぶのか?」

「うん。月が赤黒くなる事だよね?確か、2年半毎に皆既月食が見られたはず」

「そうなのか!?」

目を見開き、驚くマッシュ。楓はキョトンとした表情でマッシュを見返す。

「皆既月食の日がどうしたの?」

「いや、ここでは赤い月の日と呼ばれ、数年に一回見られるのだが、そうか、楓殿の世界ではその日数までわかるのか」

マッシュの独り言の様な喋りに、楓は更に不思議そうな顔をする。

それに気づいたマッシュは気を取り直し、話を続けた。

「その日は災いをもたらすと言われていて、民も皆、夜の外出をしないのだ。もちろん言い伝えであり、何かあったわけでは無いのだが、逆に言い伝えであるから何かあると信じている者が多いのだ」

「災いの日・・・」

その言葉に、あの神話が思い出される。月が災いをもたらす時・・・皆既月食の事なのかもしれない・・そうなると、やはり・・・楓の考察が確信に変わっていく。

「楓殿、その日に行くのは危険かも知れない。行かなくても、他に方法があるかも知れないし、その日までロイドの意識が戻るかも知れない」

「そうです、母上。きっと父上は意識を取り戻されます」

縋りつくような目で、2人は楓を見つめる。楓はニコリと笑う。

「そうだね。そうかも知れないね。でも、言ったでしょ?もしもの時の解決案だって。それにね、僕の世界では、皆既月食はみんなに好まれているんだ。その不思議な現象を近くで見たくて、出かける人もいるくらいだ。だから、もしもの時があったとしても、きっと大丈夫だよ」

明るく話す楓に、より一層不安を募らせる。そして、2人はロイドへと顔を向ける。

このもしもが訪れない様に祈りながら、そして万が一訪れた場合、楓を行かせるのが本当に打開策なのか2人は頭を悩ませていた。

そんな2人とは逆に、楓は覚悟を決めつつあった。そして、その時が来た時の為に色々と思考を凝らしていた。


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