第42話 出発の時
ロイドから話があってすぐに視察への準備が始まった。三日後に出発が決まったからだ。
ロイドが言う兵士を伴っての視察が、こんなに早く日程が決まった事に、楓は更に不安が募っていた。
不安顔で部屋でため息をつく楓を見兼ねて、グレイスがカラフルな紐を持って部屋にやってきた。
「母上、騎士達に聞いたのですが、遠征に出る時に家族や恋人が紐でお守りを作って持たせるそうです。以前、母上がハービィ殿に差し上げたあの飾りです。父上はただの視察ですが、一緒にそのお守りを作りませんか?きっと、父上は喜んでくれるはずです」
楓の目の前に紐を並べ、グレイスはにこりと微笑む。
グレイスの優しさに楓は安堵し、わかったと元気良く答えた。
最初は2人で編んでいたが、模様が上手く作れず、結局はメイドに習う事になり2人は熱心に編んでいた。
一つ一つ無事を祈り、グレイスは青の石を、楓はオレンジの石を選び編み込んでいった。
出発の朝、城の広場には想像より多い兵士が集まっていた。
その様子に楓はさらに青ざめる。
その表情を見たグレイスは楓の手をぎゅっと握り、ロイドの側へ向かう。
「父上!お見送りに来ました」
「あぁ。楓とグレイスか。ありがとう」
グレイスの声かけに、ロイドは笑みを浮かべて振り返るが、楓の青ざめた表情に慌てて駆け寄る。
「楓、具合が悪いのか?」
「・・・・」
俯き黙り込む楓。ロイドはチラリとグレイスを見ると、グレイスは目で兵士を見、またロイドを見つめる。その仕草に察したのか、ロイドは楓を抱きしめる。
「楓、大丈夫だ。言っただろう?念の為の人数だ」
「・・・念の為でも、これくらいの人数を連れいていかないといけない位、危険な所に行くの?」
「楓・・・大丈夫だ。必ず無事に楓の元に帰ってくる。だから、約束通り暖かい部屋で俺の帰りを待っててくれ」
「ロイド・・・」
ロイドは涙目で見つめる楓のおでこにキスをして、頬を摩る。
「ちゃんとご飯も食べて、しっかり寝るんだぞ。帰ってきた時、痩せてたら怒るからな」
「・・・・」
堪えきれずに楓の目から涙がポトポトと流れ出る。ロイドはその涙を拭い、また楓を強く抱きしめる。
「大丈夫だ。俺が留守の間、城とグレイスの事を頼む。今回はマッシュも同行するが、補佐官に楓とグレイスの事を頼んでいるから、何かあったらそいつに頼れ」
「・・・わかった。グレイスと城は僕が守る」
「父上、俺も母上と城を守ります」
グレイスは楓の手を取り、強い眼差しでロイドを見つめる。
「頼むぞ、グレイス。俺は一番お前を頼りにしている。城を、楓をしっかり守るんだぞ」
「はい!」
ロイドの言葉に力強く返事をし、グレイスは楓の服を引っ張り合図をする。
グレイスの合図で思い出したかの様に、楓は服の中からお守りを出す。
そして、グレイスも一緒にロイドへと差し出す。
「ロイド・・・僕とグレイスで作ったんだ。家族や恋人が無事に帰って来ることを祈願したお守り・・少し、不恰好だけど・・」
鼻を啜りながら差し出したお守りは、少し柄の配置がズレていて、丈も不揃いだった。
「いや、嬉しいよ・・・。俺はこれを貰うのは初めてだ」
「初めて・・・?」
「あぁ。俺にはくれる家族も恋人もいなかったからな。楓、グレイス、本当にありがとう。俺にもお守りをくれる恋人と家族ができたんだな」
2人のお守りを愛おしそうに、ロイドは見つめた。
「殿下、そろそろお時間です」
兵士の言葉にロイドはわかったと告げ、楓とグレイスを思い切り抱きしめる。
「じゃあ、行ってくる」
「絶対、無事に帰ってきてね。帰ってきたら怪我してないかチェックするからね」
「父上、無事に帰還する事を祈ってます。母上の為にも一日でも早く帰還してください」
「あぁ。なるべく早く、そして無事に帰ってくる」
2人の言葉にロイドは頷きながら返事をする。
そして、ゆっくりと体を離し、馬車へ乗り込んで行く。
馬車のカーテンを引き、ロイドが馬車の中から手を振る。
楓とグレイスもロイドに手を振り返す。
どうか、どうか無事に帰ってきますように・・・この不安が気のせいでありますように・・・楓は祈るようにロイドの乗った馬車を見つめる。
そして、姿が見えなくなるまでその場を動こうとしなかった。
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