第40話 過保護な2人

数日が経って、楓はマッシュの提案で簡単な護身術を学ぶ事になった。

それと一緒に戦術の方法も語学で学んだ方がいいと提案された。

初めはロイドが教えると言い張っていたが、ロイドが相手では甘やかしすぎて身にならないと楓が断り、ハービィが直々に教えてくれる事になった。

簡単そうに見えて、意外とコツを掴むのが難しく、苦戦しながら格闘する楓を、ロイドは政務を抜け出してはハラハラしながら見守っていた。

そんなロイドをマッシュが見つけ、執務室へと引っ張る。これが、最近の日常になっていた。

過保護と言えば、グレイスもそうだ。

一緒に戦術の授業を受けていると、過激な語源が出る度に先生に苦言するので、授業が一向に進まない。

それでは互いの為にならないと、別で授業をすることになったが、終わる度にグレイスは楓の所に来て、気分は大丈夫かと尋ねてくる。

湯浴みの日に、楓の体にアザがあるのを見つけると2人であたふたし、転んで膝を擦り剥けば、医者を呼んでこいと大袈裟に騒ぎ立てる。

楓はありがたいと思う反面、どうしたら良いのかと頭を抱えていた。

護衛術を学ぶと引き換えに、2人がこんな事になるなんて予想だにしなかったからだ。

そんな中、楓が1人で街へ買い物に行きたいと申し出たもんだから、2人から猛反対される。

「1人と言っても、ちゃんと護衛がつくんだよ?」

「それでも、何かあったらどうするんだ?」

「そうです!母上。せめて、俺か父上と時間が合う日にお供させてください」

楓に纏わり付き懇願する2人に、楓は深いため息をつく。

「2人は忙しいでしょ?僕はただ、注文してあったものを取りに行くだけなの」

「何故、わざわざ楓が取りに行くんだ?城まで運ばせればいいだろう?」

「そうです、母上」

「大事な物だから、自分で取りに行きたいの!ほら、馬車が待ってるから2人とも離して!」

2人にしがみ付かれて身動きが取れない楓が、バタバタともがいていると急に体が軽くなり、振り返るとマッシュとハービィが立っていた。

「ハービィ、離さんか!」

「マッシュさん、離して!」

どうやら見兼ねた2人が、ロイド達を引き離してくれたようだ。

「楓殿、今の内に行ってきなさい」

「マッシュさん、ハービィさん、ありがとうございます」

騒ぐロイド達を振り切り、楓は足早に馬車へと向かう。

馬車に乗り込むと、ロイドとグレイスを睨み、低い声で叫ぶ。

「いい?仕事や勉強をサボってついて来たりしたら、口聞いてやらないからね」

楓の一言に、急に大人しくなる2人。楓は馬車のドアをパタンと閉めて馬車を走らせた。

全く、なんで急にあんなに過保護になったんだろう?馬車の中でため息を何度も吐きながら街へと繰り出した。


「こちらがご注文の品です」

店の主が楓の前に腕輪を並べる。

大きめの腕輪には深い青い石を、小さめの腕輪には大きめの腕輪とは違う淡い青色の石を嵌めていた。

そして、真ん中の中位のサイズの腕輪にはオレンジ色・・・。

楓は家族になった記念にお揃いの腕輪を注文していたのだ。

そして、傍には青とオレンジが綺麗に配合されたカフスボタンが置いてある。

これはもうすぐ誕生日のロイドへのプレゼント。

サプライズで用意したかったから、今日は何としてでも1人で来る必要があったのだ。

「わぁ・・綺麗に仕上げてくれてありがとうございます」

「気に入ってくださり、ありがとうございます」

楓はお金が入った袋を取り出すと、店の主へ手渡す。

ロイドからお小遣いをもらっていたが、特に欲しい物がなく、昔からの癖で何かあった時の為にと貯めていた。

お会計を済ませ、ドアに向かうとふとガラスに並ぶ羽根ぺんが目に入る。

「わぁ・・これも素敵だ。マッシュさんにプレゼントしたら喜ぶかな?」

目の前には金で縁取られた艶やかな色の羽ペンが飾ってあった。

楓は持ってきた袋を覗き込み、余分に持ってきたお金を数えると、まだまだお釣りが出るほど持ち合わせていた事に安堵する。

「せっかくだから、ハービィさんとメイドさんにもお土産を買っていこう」

店内を見回し、ハービィには剣の鞘に飾る小さな石がついたお守りを、メイドさんたちにはお菓子を買って行こうと決めて、みんなが喜ぶ顔を頭に浮かべると段々買い物が楽しくなり、昼過ぎには戻ると伝えていたが、帰路に着いたのは夕刻前だった。


広場ではまだかまだかとロイドとグレイスが待ち構えていた。

遅れると連絡があったものの、過保護な2人は気が気でない。

そんな2人の目の前に馬車が止まり、小脇に荷物を抱え満面の笑みでドアを出る楓がいた。

「ただいま!遅くなってごめんね」

「楓・・・一体何を買い物してきたんだ?」

馬車から次々と降ろされる荷物に、ロイドとグレイスは体を強ばらせる。

「僕、こんなに買い物したの初めて!貯めていたお小遣い、ほとんど使っちゃった!でも、楽しかったよ」

楓の笑みに目尻を下げる2人だが、荷物を運び出す護衛や使用人の姿にたじろぐ。

「あ!マッシュさんもお迎えしてくれたんですね!」

「はい。2人がまた暴走しないかと確認も兼ねて・・・楓殿、もしや欲しい物がこんなにあったのか?普段から全く欲しがらないし、手当も使ってない様子だったが・・・」

流石のマッシュも荷物の多さにたじろぐ。

「ううん。欲しかった物はこの袋に入っているんだけど、みんなにお土産買ってたらこんな数になっちゃった」

「お土産というと・・・」

「まず、メイドさん達でしょ。それからお世話になってる護衛さん達、あとロイドと頑張ってくれてる執務室の皆さんでしょ・・」

指折り数えながら確認していく楓。

「自分の物ではなく、皆の分をお小遣い叩いて買ってきたのか?」

呆気に取られて尋ねるロイドに、きまずそうに答える。

「ダメだったかな?僕、みんなの喜ぶ顔を想像してたらつい・・・」

「母上は最高です」

グレイスは楓に抱きつき、楓を誉める。ロイドも楓に抱きつくと楓は優しいなと褒める。

楓はすりすりと楓に抱きつく2人を振り払い、紙袋からガサゴソしてマッシュへお土産を渡す。

「マッシュさんには特別にこれを!ハービィさんにも買ってきたけど後で渡しますね」

「ありがとう・・・」

差し出された箱を受け取り、蓋を開けると艶やかな羽根ペンが目に止まる。

「マッシュさんにはいつも沢山お世話になってるから、お礼です」

楓の心遣いに感銘を受けたマッシュは、楓に微笑み大事にすると伝える。

「楓、俺達にはないのか?」

「そうです!母上。ちゃんと言いつけを守って勉強頑張ったんですよ」

恨めしそうに楓を見つめる2人に、後でねといい、楓は部屋へ向かう。

その後を尻尾が生えた番犬のように2人は着いて行った。

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