第37話 初めての喧嘩

それはもうすぐ秋が訪れようとしていたある日の夕食後の出来事だった。

部屋に戻るなり、楓とロイドは言い合いを始めた。

間にいたグレイスはオロオロしながら2人を宥める。

「父上、母上、落ち着いてください」

「だって、グレイス。聞いてたでしょ?僕が言ってる事はそんなに悪い事なの?」

「いえ、母上の気持ちもわかります」

「何だと?グレイスは心配じゃないのか?」

「父上の心配もわかります。ですから、落ち着いて和解策を考えましょう」

怒りを表す2人に挟まれ、どうしたら良いのかと頭を悩ませる。

「今日はグレイスと寝る!」

「そうだな。今は互いに距離を置こう。距離を置けば楓も考え直すだろう」

「僕は変わらない!もう、ロイドなんて知らない!」

グレイスの手を乱暴に取ると、ヅカヅカと部屋を出ていく。

その後ろ姿を見ながらロイドは深いため息をつく。

(なんで、こうなるんだ・・)


翌朝、互いに口も開かず重い空気のまま朝食を終え、早々とそれぞれの場所へ戻って行った。取り残されたグレイスはため息を付き、頭を抱える。

「どうしたらいいんだ・・・」

重い体を引き上げ部屋に戻り、机に本を広げペンを取るが、楓達の事が気にかかり勉強が進まない。

2人の喧嘩の解決策を考えながら机に向かっていると、いつの間にか昼食の時間が来たが、メイドから今日の昼食は楓もロイドもそれぞれ別で取るのだが、楓が食欲がないからグレイスに部屋で取るようにと言付けたらしい。

1人で取る食事はいつぶりだろうか・・・そう思い返すほど、三人での、楓との食事が当たり前になっていた。

食事を終え、またぼーっと考え事をしていると、荒々しい足音が聞こえ、グレイスの部屋をノックする。ドアを開け入ってきたのはマッシュだ。

「グレイス様、少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」

「・・・父上の事でしょうか?」

マッシュの苛立ちにも似た態度に、グレイスが察して尋ねる。

「何があったのか、お聞かせ願いますか?全く・・・王は仕事が手に付かず困っているのです」

「それが・・・」

グレイスは事の発端を話し始めた。


夕食を終え、食後の紅茶を飲みながら話していると、楓が真面目な顔付きで相談があると2人に話を持ちかけてきた。

「僕ね、何か身を守れる様な技術を見に付けたい」

突然の楓の提案に2人は固まる。そんな2人を他所に楓は話し続けた。

「この前、三人で街へ出かけた時、暴漢からロイドが助けてくれて、怪我したでしょ?その時、僕も薙ぎ倒すまでは行かなくても身を守る術を身につけなきゃと思ったんだ」

「楓の事は俺や護衛が守るから大丈夫だ」

「でも、僕はグレイスを庇うだけで何もできなかった。もし、ロイドがいない時に何かあったら、僕はグレイスを守れない」

「母上、俺は剣術を心得てます。身を守る事はできます」

「でも、僕だってグレイスを守りたいし、ロイドに心配させない為にも、少しは相手を怯ませて逃げるとか出来る様になりたいの」

「母上・・・」

「だが、訓練するとなると怪我が伴う。楓に怪我はさせたくないし、危険な目に合わせないようにする」

「守られてばかりじゃ、嫌なんだ。僕も強くなりたい。ほら、体を鍛えれば心身共に強くなるって言うでしょ?それに、僕も男だ。傷が増えたって平気だよ」

「だめだ。怪我が前提にある事はやらせない」

「ロイド、何もロイドやグレイスみたいに剣を振るうとかではないんだよ。短剣とか護身術みたいな物でいいんだ。どうせ、僕は鍛えても筋肉は付かないから、力がなくても相手に隙を与えるくらいの技術でいいんだ」

「短剣なんてダメだ!そもそもそんな危険な目に合わせないようにするのが、護衛の仕事だ。楓は何も心配しないでいればいい」

「どうして、わかってくれないの?」

「楓こそ、どうして俺の心配がわからない?」

話が進展を迎えないまま、部屋での言い合いとなった。


「なるほど・・王の過保護が全開して対立したと・・」

一連の流れを聞いたマッシュはため息を付く。

「母上の守られるだけでは嫌だという気持ちはわかるんです。俺も同じだから・・・大切な人を守りたい、強くなりたいと思うのは俺も一緒です」

「それは私でもわかります。王は過保護が過ぎるんです。何がそんなに心配なのか・・・」

マッシュの言葉に心当たりがあるグレイスは、躊躇しながらマッシュを見る。

「マッシュ殿。これは内緒にしてくれますか?」

「何でしょう?」

「実は、母上の体には沢山の傷があるのです」

「それは・・・楓殿が親から受けたという傷でしょうか?」

「はい。幼少の頃とは言え、今でも痛ましい程の数がしっかりと残っているんです」

「・・・・」

「恐らく父上は、それを誰よりも知っているから、母上がまた怪我をして傷を作るのが・・・母上自体が傷つくのが嫌なんだと思います」

「そう言う事か・・・確かに昔、楓殿が瀕死の怪我を負った時、ベールに狭間れ、助ける事も抱き上げる事も出来なかったと嘆いていましたからね。それを思い出すんでしょう」

グレイスは楓の腰にある一際目立つ傷を思い出す。

そして、楓の受けた痛み、何もできなかったと嘆くロイドの痛みが安易に想像ができ、胸を痛める。

「わかりました。このままでは政務にも支障が出ますし、この件は私に任せください」

立ち上がり、そう告げるとマッシュはドアへと向かう。

「今日は夕食は私を含めて4人でしましょう」

「ですが、朝食も気まずく、昼食もご一緒されませんでした。夕食に2人が来られるでしょうか?」

「そこは、かわいい息子という名を使って、グレイス様が手を尽くしてください」

マッシュの言葉に、マッシュは顔に明るさを取り戻し、やってみると告げた。

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