第36話 グレイスの決意

湯浴み騒動から二ヶ月が経った頃、グレイスの誕生会の準備が始まっていた。

あれから月に2回は三人で湯浴みするという結果で落ち着き、先日も3回目の湯浴みを共にした。

湯船に浸かりながら、最近あった事などたわいの話をするのだが、楓の言った通り包み隠さず話す裸の付き合いは、思っていたより心の距離を近くするものだとグレイスは実感していた。

その証拠に、普段では話さない悩みを打ち明けたり出来るようになったからだ。

楓はこれが目的だったのではないかと思う程、湯浴みの時間は三人の絆を深めていった。

グレイスは楓の愛情を嬉しく思う反面、楓の体の傷を目の当たりにして、楓の寂しさを改めて実感する事に胸を痛ませていた。

「母上の傷はきっと父上が癒してくれるのだろうけど、俺も母上を癒してあげたい」

そう思う気持ちが日に日に強くなっていった。


グレイスの誕生日の当日、グレイスは緊張からか顔を強張らせながら衣装に袖を通していた。

今日は、誕生日の祝いと共に正式にロイド達の子となり、後継者であると発表される日でもあった。

最後まで毅然とした態度でいれるのか心配でたまらなかった。

俺が動じると父上達を困らせてしまう・・・そんな不安に駆り立てられていた。

コンコン・・

ドアをノックする音に振り向くと、ロイドと楓が立っていた。

「準備はできた?」

「はい!」

「そろそろ時間だ。一緒に行こう」

ロイドの言葉に身なりを整え、側に向かう。

近くまで来ると楓が背を屈め、ぎゅっとグレイスを抱きしめた。そして耳元で囁く。

「心配しないで。大丈夫だよ。僕達が側で守ってあげる」

楓の優しい囁きにグレイスは満面の笑みを浮かべ、力強く頷いた。

そして、会場までグレイスを真ん中に手を繋ぎ歩いていった。


会場に着くと華やかに着飾った貴族達が談笑している。

案内役が王様の登場を知らせると、一斉にその場で皆が頭を下げる。

そんな中、ゆっくりと階段を降りながら、ロイドが先頭で楓の手を取り、グレイスはその後ろをついていく。

そして階段の踊り場でロイドが声を上げる。

「本日はグレイスを祝い集まってくれて感謝する。グレイスが8歳になった祝いを述べるとともに、本日付で正式に我が息子となり、後継者になる事を宣言する」

ロイドの言葉に拍手が送られ、歓声が上がると、グレイスはロイドの側に立ち手を翳す。そして、声を上げた。

「グレイス・ウェイルは王である父と、王妃の母の名を汚す事なく、後継者として日々努力を怠らず、誠心誠意国に尽くすことをここに誓います」

グレイスの言葉に更に歓喜が上がる。誓いを立てた後、ロイドと楓の顔を見上げるとよくやったと笑顔で褒めてくれていた。その表情にグレイスは安堵する。

和やかな雰囲気で曲が流れ、ロイド達と一緒に官僚達に挨拶周りを始める。

一通り挨拶が済むと、ロイドがグレイスに耳打ちをする。

「楓をテラスへ連れて行って休ませてくれ。お前も疲れただろう?」

グレイスはロイドに静かに頷くと、楓の手を取る。

歩き出そうとしたグレイスに、ロイドは更に耳打ちする。

「楓に悪い虫が付かぬようにしっかり守るんだぞ。いいか、これは初めての任務だ。しっかり頼む」

ロイドはグレイスの肩を叩き、目で頼むぞと訴える。グレイスは力強く頷き、楓をテラスへと連れて歩く。途中、楓がグレイスに尋ねる。

「ねぇ。さっき、ロイドと何を話してたの?」

「内緒です」

笑顔で答えると、楓は頬を膨らませる。

「僕にだけ内緒ってひどくない?裸の付き合いが足りないのかな?よし、もっと増やそう」

ブツブツと呟く楓を見てグレイスは声を出して笑う。


テラスに着いて腰を下ろし、楓と談笑しているとカーテンのかかった扉の向こう側から話し声が聞こえた。

「もったいないわねぇ。文武両道で功績もあり、顔も稀を見る美男子なのに、嫁が男とは・・・」

その声にグレイスは立ち上がるが、楓が腕を掴み首を振る。

「顔は可愛らしいけど、所詮は後継も産めない男だもの。仕方ないとは言え、身分の低い前王の妾の子を養子にするなんて・・・男を母上と呼ぶ王子なんて、この国は大丈夫なのかしら」

「それにしても、あれ程の美男子を虜にするなんて、どんな手業をお持ちなのかしら?ぜひ、教えを請いたいものだわ」

失笑と共に聞こえる言葉が、グレイスをわなわなと怒らせる。

楓はグレイスの手を解き、立ち上がるとテラスの扉を開ける。

「ご婦人方、談笑するのは構わないのですが、ここで私と王子が休んでおります。噂ごとはもう少し小さめでお願いします」

楓の登場に今まで笑っていた婦人たちが顔を強ばらせる。

楓はニコッと笑うと扉をゆっくり閉めるが、思い出したかのようにもう一度扉を開け、満面の笑みで婦人達に言葉を発する。

「そうそう。僕に教えを請いたいんですよね?でしたら、まず、その下品な噂話を止める事ですね。我が王は下品な事が嫌いです。それに身分とかで他人を見下すことも嫌いです」

そう言うと扉を閉め、足早にグレイスへ近寄り抱きしめる。

「ごめんね。僕のせいで嫌な思いさせちゃったね」

「母上のせいではありません!」

楓の背に手を回し、グレイスはすぐに答える。

「僕のことをよく思ってない人がいる事は知っていたんだ。何かと耳にするからね。でも、僕は平気だよ。ただ、こうやってグレイスを傷つけたり、ロイドの評判が下がるのが嫌なんだ」

痛ましい楓の声に目頭が熱くなる。

「俺は傷付いたりしません。俺は母上を誇りに持っています。それは父上も一緒です。母上ほど愛情に溢れる優しい人はどこにもいないです。俺は母上が大好きです」

「ありがとう。何か嬉しくて泣けてきた」

照れくさそうに笑う楓を見ながら、グレイスも涙を溢す。

「俺がもっと強くなって、母上が誰からも悪く言われない様に守ります!」

「ふふっ。グレイスは頼もしいなぁ。ごめんね、本当は僕が強くなきゃいけないのに・・・ゆっくりでいいよ。僕と一緒に強くなろう。それで、2人でロイドを支えていこうね」

「もちろんです」

抱きしめあって泣いてると、ロイドがやってきて2人の姿に驚く。

「どうした?何があった?」

慌てふためくロイドの姿に、2人はいつの間にか涙がとまり、内緒と告げ笑う。

両手で2人の涙を拭いながら、ロイドは優しく頭を撫でる。

そんなロイドを愛おしそうに見つめる楓を見て、グレイスは誓う。

(母上の笑顔を守る。そして、父上の名に恥じない後継者になろう・・)

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