第35話 ロイドの悩み

マッシュの休暇が終わると、グレイスの養子縁組の準備が始まった。

ロイドは執務室にいる事が増え、楓もグレイスの引っ越しに忙しくしていた。

離宮に住んでいたグレイスを本邸の楓達の部屋の近くに、住まわせる事になったからだ。

部屋の掃除をメイド達と済ませ、グレイスの荷物を運び出す。

執事長に止められるものの、楓は僕達の子供の為の準備だから構わないと、忙しく動いていた。

少しずつ整えていたおかげか、準備を始めて二日ほどで終わった。

今日はグレイスの荷物を運び、閉まっていくだけだ。


机周りだけを残し準備が整った所に、稽古から戻ったグレイスがやって来る。

「母上!ただいま戻りました」

「おかえり、グレイス。待っていたよ」

走り寄るグレイスを楓はぎゅっと抱きしめる。

初めは照れていたグレイスも、思っていたより早く楓達の事を「母上、父上」と呼ぶようになった。

それだけ、嬉しかったのかも知れない。そう思うとグレイスが愛おしくてたまらなかった。

「グレイス、ほとんど片付けは終わったんだけど、机周りだけ、グレイスがやってくれる?ほら、どこに何を置くとかわからないから。勉強したりする所だから自分で片付けた方が使いやすいでしょ?」

「はい!大丈夫です。それより、母上が片付けてくれたのですか?」

部屋をキョロキョロと見回しグレイスが尋ねると、気まずそうに楓ははにかむ。

「うん・・・と言ってもメイドさん達のお手伝い程度だけどね。息子の引っ越しくらい手伝うって言ったんだけど、あまり手伝わしてくれなくて・・・それに、ロイドが重い物を持って怪我したらどうするんだって心配しすぎるんだもん」

「ふふっ。父上らしいですね。でも、母上、ありがとうごいます」

にっこりと笑って楓を見上げる。グレイスの髪を撫でながら、楓も微笑み返す。

「グレイス、母上と呼んでくれるのは嬉しいけど、いつになったら敬語がなくなるのかな?親子になる前からずーっとお願いしてるんだけど」

楓がいじけたような顔をすると、グレイスは慌てて答える。

「努力はしているんですが、今まで父上にも敬語できたので難しくて・・」

「わかってる。意地悪いってごめんね。でも、人前では仕方ないけど、僕達といる時は甘えていいんだからね。ロイドもそう願ってるし」

「ありがとうございます・・・」

照れた表情で、グレイスは楓を見つめる。

すると、楓が徐に変な事を言い始めた。

「よし、僕も汗かいたし、一緒に湯浴みする?」

「え!?ダメです!父上に怒られます!」

楓の提案にグレイスは全力で拒否する。

そんなグレイスに、楓は頬を膨らませ怒る。

「どうして、ロイドが怒るのさ。僕達は家族で、グレイスは息子だ。何がいけないの?」

「どうしてって・・・」

ロイドの溺愛ぶりを見ればわかる事なのに・・・とグレイスは思いながら、楓に伝える。

「とにかく、今日はダメです!父上が許可してくれたら入ります!」

グレイスの返答に、何がダメなの?と本気で悩む楓がいた。

そして、その日の夕食時、楓はロイドに疑問をぶつける事となる。


「ねぇ、ロイド。僕、グレイスと一緒に湯浴みしたい」

前触れもなく口にした楓の言葉に、ロイドとグレイスは含んでいた食べ物を噴き出し、咽返す。

「いきなり何を・・・ダメだ。許可しない」

「どうして?グレイスもダメだって言うし・・僕達もう親子なんだよね?息子と湯浴みの何がダメなの?」

「グレイスがダメと言う前に、楓の肌を他の人に見せたくない」

「肌って・・メイドさん達にはもう見られてるでしょ?グレイスはまだ子供だし、僕達の息子だ」

「いや、しかし・・・」

「母上、僕は子供ですが、もうすぐ7歳になる男です!親と一緒に入る年頃ではありません」

ロイドに助け舟を出す様に、グレイスが口を挟む。

ロイドはすかさずグレイスの言葉に、そう言う事だと頷く。

「そりゃあ、ある程度大きくなれば親と一緒に入るのは恥ずかしいだろうけど、僕の世界ではね、裸の付き合いって言葉があってね、湯浴みしながら男同士語り合うんだ」

「裸で語り合うのか!?」

楓の言葉に大きく目を開け、ロイドが叫ぶ。

「そうだよ。男同士で恥ずかしくもないし、包み隠す事なく語り合うんだ」

信じられないという表情で、ロイドとグレイスは楓を見つめる。

「大体は親子でやるんだけど、僕はやった事がないから・・・せっかくグレイスと親子になれたんだ。だから、僕もやってみたい」

楓の無邪気な表情に何も言えなくなる2人・・・グレイスはロイドの顔をチラッと見て恥ずかしそうに呟く。

「俺は母上が喜んでくれるなら構わないのですが・・・」

グレイスの言葉にロイドが驚いた顔で振り向く。楓は満面の笑みでいつにする?などと聞き返す。

「いや、しかし・・・」

「じゃあ、ロイドも一緒に入ろう!それならいいでしょ?」

楓がロイドを見つめながら言うと、ロイドは一瞬固まる。

楓と湯浴み・・・あれほど、共寝していてもロイドは楓と湯浴みするという希望は叶っていなかった。楓が恥ずかしがるからだ。

それが、こんなにも簡単に叶うとは・・・喜びの表情に変わるロイドだが、グレイスに楓の裸を見られると言う条件に納得がいかず、苦悩する。

そんなロイドの苦悩を他所に、2人は湯浴みの日にちを決めていく。

楓と湯浴み・・・いや、しかし・・・ロイドはこの日の夜、答えが出ないまま朝を迎え、翌朝マッシュに相談すると「バカなのか?」と一言で足蹴りされるのであった。

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