第33話 それぞれの想いと家族の形

もうすぐ兄様達が帰ってくる!

城の広場でグレイスは今か今かと待ち侘びていた。

夕刻前に着くと知らせが入ってから出迎えに行きたくて、ソワソワしながら今日の授業を受けていた。

全ての日程を終えてから、一目散に馬車が停止する広場へ走る。

王子が城内をバタバタ走るのは、あまり良くないとされているが、どうしても一番に出迎えたかった。

楓達が旅行に行く前、楓が手紙を書くと約束してくれた通り、手紙が毎日届けられ、時には贈り物に添えられていた。

楓からの手紙は、その日あった事などたわいのない内容だったが、その文面の最後はいつもグレイスの事を気遣い、想っていると書かれていた。

それが、グレイスにとって何より嬉しかった。

使用人や周りの者も気遣ってくれるものの、たまに腫れ物を触るような気遣いがとても心地悪かった。

ロイドとも距離があり、なかなか会えなかったからか、グレイスはずっと孤独を感じていた。

だが、楓は違う。取り繕った笑顔ではなく、雲一点もない笑顔で、疑いようのない愛情でグレイスに接してくれる。グレイスはそれが本当に嬉しかった。

何より楓のおかげて、ロイドとの距離も近くなり、頻繁に会えるようになった事が嬉しかった。


「兄様!楓兄様!お帰りなさい!」

馬車が広場へ入ってくると、グレイスは全身で帰りを喜ぶ。

馬車が目の前に止まり、ドアが開くと楓が一番先に手を広げ、笑顔を見せた。

「グレイス!ただいま!お迎えありがとう」

降りてくるなり、楓はグレイスをぎゅうっと抱きしめる。

グレイスは少し戸惑いながらも、そっと楓の背中へ手を回した。

「いつの間にか当たり前な光景になったな」

後ろから冷ややかな目をしてロイドが降りてくる。

最近は、ロイドの嫉妬も気にならないのか、グレイスと楓は互いに顔を見合わせ、ふふっと笑う。

「元気にしてた?たった五日だけど、何か大きくなった気がする」

「それは気のせいです。五日で背は大きくなりません。それより、楓兄様、手紙と贈り物ありがとうございます」

「気に入ってくれて良かった。そうだ、お土産があるんだ。僕の部屋に行こう」

楓はすくっと立ち上がり、グレイスの手を取る。

「おい、夫は置いて行くのか?」

後ろからいじけた声でロイドが声をかけると、楓は笑顔で振り向きながらロイドに手を差し出した。

「愛しの旦那様、こっちの手が寂しいです」

楓の愛しの旦那様に目尻が下がるロイドは、慌てて駆け寄り楓の手を掴んだ。

三人で城内へと向かいながら歩き始めると、ロイドがおもむろに口を開く。

「そうだ、グレイス。今日、一緒に夕食を食べれるんだろう?」

「はい!兄様が許可してくださるなら、ご一緒させてください」

目をキラキラさせて、グレイスがロイドに顔を向ける。

「食後に楓と三人で話があるんだ。時間取れるか?」

改まって話とは何だろうかと不思議に思いながら、グレイスはわかりましたと答えた。

「さて、俺は少し執務室に寄るから、楓の相手を頼むよ」

「わかりました」

「じゃあ、グレイス行こう!沢山買ってきたからびっくりしないでよ?」

「はい!楽しみです!」

無邪気に笑うグレイスが可愛くて、楓はグレイスの頭をひと撫ですると、2人で部屋へと向かう。

ロイドは2人の背中を見ながら安堵するも、これから話する内容を杞憂する。


グレイスの楓を慕う姿を見ていると大丈夫だと思う反面、楓が言うように男同士の親という事がグレイスに受け入れてもらえるのかと不安に思う。

何より万が一、グレイスに受け入れてもらえなかった時の楓の悲しみを思うと心が痛い。この事で2人に溝が出来れば、より一層楓は苦しむだろう。

うまくいくといいのだが、楓の不安が俺にも移ったのだろうか。

いつもなら何事にも確信を持って物事を進める事ができるのだが、楓の事となると気が気でいられない。

それも楓を愛してやまないからこそ、不安になるのだ。

それと、やはり心の片隅では楓がいつか帰ってしまうのではないかという不安が、いつまでも拭えないでいた。

いくら酷い仕打ちを受け育ったとは言え、楓にとっては住み慣れた生まれ故郷だ。

こことは何もかもが違う。

ここでの生活にも慣れ、笑顔が増えたと言えど、やはり少しは未練があるのかも知れない。

以前、手紙にあったように、この幸せが未練を募らせるのかも知れない。

母の墓参りの際に、たまに洞窟の方へ顔を向ける楓の姿が思い出される。

いや、俺が不安になってどうする。楓が俺に向ける眼差しも愛情も偽りはない。

例え未練があっても、楓はここに残り、俺のそばにいてくれる事を決めてくれた。

楓の決意を俺が信じなくてどうする。

2人で家族の形を作ってくれると約束したんだ。そうだ、楓は約束を守る男だ。

グレイスとまた新しい形を作る。

これからは、俺がしっかり2人を守らなくては・・・。

ロイドは2人の姿が見えなくなるまで見送った後、執務室へと向かった。


「マッシュ、今戻った。留守の間、よくやってくれた」

勢いよくドアを開け、マッシュに声をかける。

「・・・ロイド、旅行を楽しんだ余韻で部屋に閉じこもるのかと思っていたが、ここに来ると言う事は、また、何かあったのか?」

マッシュの冷ややかな目線がロイドの胸に突き刺さる。

顔を硬らせながらロイドが椅子に腰を下ろすと、マッシュはため息をつきながらロイドの向かいに座る。

「いや、大したことではない。休暇の順番はどうなった?」

「皆からの勧めで俺とハービィが明日から休みに入る予定だ。急ではあるが、思ったより申請者が多くてな」

疑わしい目線をロイドに送りながら、マッシュは答える。

「そうか。では、予定通り休むといい。それから、グレイスの事なんだが、楓に話して了承を得た」

「そうか!楓殿の了承が取れたか!」

さっきまでの冷たい態度とは一変し、ロイドの言葉に笑顔になる。

「だがな・・・」

「何だ・・・何があった?」

真剣な顔のロイドに、何かを察したのか、マッシュの顔も強張る。

「楓が、男の母親ではグレイスが嫌がるのではないかと心配していてな」

「そこか・・・確かに事例がないからな。だが、グレイス様にとってもいい事ではあるんだ。グレイス様は賢いから理解してくれるはずだ」

「わかってはいるが、楓の心配が移ったのか、心配でな。あの2人は俺が妬くぐらい仲がいい。楓も今まで兄弟に冷遇されていた反動か、グレイスの事を本当の弟として大切にしている。それが、母親という立場になるとまた、違って来るだろう?」

「言わんとする事はわかる。だが、何がそこまで変わるんだ?楓殿は本当に優しくて慈悲深い人だ。周りから愛されなかったという事が信じられないくらい、愛情に満ちている。お前も母親の事を少しくらいは覚えているだろう?今の楓殿と何が違う?」

「・・・・・」

「グレイス様も多少戸惑うとは思うが、楓殿の愛情は親の愛情と何ら変わらない。親の愛を知らずに育ったのはグレイス様も楓殿も一緒だ。だからこそ、今の姿が2人の家族の形ではないのか?周りがどうのと言うのであれば、お前が2人の盾になればいいだけのことだ」

「そうだな・・・すまない、マッシュ。おかげで気持ちが軽くなった。グレイスには今日の夕食後、楓と話す予定だ。この結果がどうであれ、しばらくは2人に時間をやりたい。その間にお前はゆっくり休んでくれ。結果次第では、休み明けに処理してもらう」

「わかった。それにしても、休み前にこんな気になる話をされると、休暇中、ずっと気になるではないか・・・」

「そうだな。それはすまない事をした。だが、休暇は楽しんでくれ」

ため息をつくマッシュを見ながら、ロイドは笑った。

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