第31話 それぞれの想いと家族の形

楓が来て初めての夏が訪れようとしていた。

ロイドは執務室で眉をひそめ、片肘をついて手を頬に当てながら真剣に悩んでいた。

「マッシュ・・・少しいいか?」

真剣な面持ちで、マッシュに声をかける。

側に立っていたマッシュは少し呆れ顔でロイドを見る。

「また楓殿の話か?」

「・・・・」

痛い所を突かれ、ロイドは眉をピクリと上げる。

ほぼ毎日の様に楓との惚気話を聞かされていたマッシュは、ほとほとうんざりしていた。

「冷静沈着なロイド様はどこにいったのやら・・。それで、今度は何だ?」

「いや、実はな、楓が毎日休みもなく働いている者達をみて、皇室にも決まった日に休みを作るべきだと言っててだな、よく考えるとお前たちにも定期的に休みを与えているが、まとまった休暇を与えていなかったと思ってな」

ロイドからの意外な言葉に驚くマッシュ。

思い返せば、奪還後の4年間、国を立て直す事に必死になって、まともに休日もゆっくりと過ごした事がなかった。

特に楓が来てからは結婚式だの、あの忌まわしい拉致事件の後処理などで、皆、休みも無く忙しくしていて、ここ最近やっと静けさを取り戻したばかりだ。

「休暇をくれるのか?」

期待に満ちた目でロイドを見ると、笑顔でロイドが答える。

「一度に全員とは行かないが、特に最高幹部の者から順に休暇を与えようと思う。該当する者に申請書を出すように手配してくれるか?」

「もちろんだ!すぐに手配する」

マッシュは浮足たてて机に向かうと、後ろからロイドが呼び止める。

「待て。まだ続きがある」

その言葉に嫌な予感がしながら、マッシュはゆっくりと振り向く。

「・・・なんだ?」

「その・・順番なんだが、俺を1番にしてくれないか?」

「・・・は?」

耳を疑う様な言葉に、マッシュの一瞬顔が強張る。

「いや、考えたんだがな。定期的に休みがあるお前達と違って、俺には休みがない。いや、それは王として当たり前だし、今までゆっくり休みたいとも思っていなかったんだが、楓が来てから、もう少し楓との時間を作りたいと思ってな」

胸の中で舌打ちをするマッシュ。最初からこれが狙いか。まんまと乗せられた気持ちになり呆れを取り越して、沸々と怒りへと変わる。

「・・・で?何日欲しいんだ?」

「聞き入れてくるのか!?」

(聞き入れるも何も、強引に事を進めるつもりだっただろう!)と、叫びたい気持ちをグッと堪え、ロイドの話に耳を傾ける。

「いや、結婚式の後、三日もらえる話が1日しかもらえなかっただろう?本来ならば、楓と出かけたりしたかったんだがそれも叶わなかったわけだし、近隣でも良いから少し遠出をしたいのだ。だから、そうだな・・1週間・・いや、5日でいいから日程を調整できないだろうか?」

必死な目で懇願するロイドに、マッシュは頭を抱えながら深いため息をつく。

「わかった・・その代わり、俺はきっちり1週間は休ませてもらうぞ」

「すまない、恩にきる!」

勢い良く椅子から立ち上がるロイドに、マッシュは低い声で告げる。

「おい。その足で楓殿の所に行くつもりではないだろうな?」

「・・・・」

「今日の分はきっちり仕事をしろ。そして、休暇に入る前にある程度は片付けて置くんだな」

冷たい目線をロイドに向け、マッシュがそう言い放つと、ロイドは項垂れた様子で椅子に腰を下ろし、書類を手に取り始めた。

楓殿との事になると威厳さが全くない。すっかり尻に敷かれているな・・・嫌々とは言え、意気揚々と仕事をし始めるロイドを見て、マッシュはまたため息をつく。

まぁ・・・以前の無機質な表情に比べれば、今が人間らしくていいのかも知れない・・。


ロイドとは物心ついた頃からの付き合いだ。

たまたまマッシュが父に連れ添って、宮殿に来た時に挨拶したのがきっかけで、何かと一緒に学ぶ機会が増えた。

幼少の頃、初めてベールの話を聞いた時は半信半疑だったが、覇気の無い表情から一変して次第に明るくなっていたロイドをみて安堵したのを覚えている。

楓殿が男で、恋に落ちたと聞いた時は驚いたが、生きることが息苦しいと言っていた奴が、楓殿と出会って生きる事に希望が湧いてきたと喜んでいたのだ。

楓殿が怪我をしたとかで会えなくなった時は、本当に酷い状態だった。

その後、やっと会えたのにしばらく会えなくなったと聞いた時は、更に酷くなるかと思ったが決意を固めるいいきっかけになったらしい。

それでも、満月の日は痛ましかった。

長い間、楓殿の話はロイドが酔い潰れた時に一度しただけで、あえて話題にはしなかったが、あの日、ロイドが楓殿を連れて来た時は心底驚いたものだ。

なんせ、時が経ちすぎてあれは虐げられて育ったロイドの夢ではないかと思い始めていたからだ。

長年、一途に想い続けたロイドにも関心するが、楓殿も同じ様に想っていたとは・・・運命の相手としか言わざるをおえない。

「マッシュ、昔一緒に行った湖がある別荘はどうだろか?あそこなら移動に時間を取られる事はないし、あの湖を楓に見せてやりたいんだが、喜んでくれるだろうか?」

いつの間にか手を止めて、締まりのない顔でロイドがマッシュに声をかける。

「そうだな。あそこはいい場所だ。きっと楓殿も気に入ってくれる」

マッシュの返事に、ロイドはそうだなと答え、ニヤニヤと妄想を始める。

「わかっているな?楓殿を言い訳に政務を怠るとどうなるか?」

「わかっている。楓には言うな。楓は怒っても可愛いが、口を聞いてくれないのは流石に堪える」

焦った顔で手をせかせか動かすロイドに呆れながら、ふっと笑みが出る。

こいつが幸せなら少しは緩くしてやるか・・いざとなれば、楓殿に怒っていただく手もあるしな。

そう思いながら、マッシュは机へと向かった。


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