第27話 もう一つのベールの先

「どうしよう。緊張で震えが止まらない」

大きな扉の前で、楓はガタガタと震える。

膝まである白い長めのブラウスに白のズボン。

頭には花冠とベールをかけていて、はっきりと顔が見えてないはずなのに、青ざめているだろう楓を心配そうに付き添いのメイドが見つめる。

「楓様。しっかりしてください。大丈夫です。練習も沢山したではないですか」

「うん・・・わかっているけど・・この扉の向こうには沢山人がいるんだよね?僕、沢山の人の前に出た事ないから不安になっちゃって・・・」

メイドに背中を摩られながら、楓は声を振るわせる。

どうしよう・・・緊張して失敗しちゃうかも・・不安が不安を煽りクラクラし始める。

「楓殿、大丈夫か?」

声をかけられ振り返ると、そこにはマッシュが立っていた。

「生まれたての子鹿の様に足が震えてるぞ。あぁ、ブーケも揺れてる」

心配そうな顔でマッシュは楓の側に寄り添う。

そして、優しく微笑みながら言葉をつなぐ。

「楓殿、きっと楓殿よりロイドの方が緊張しているはずだ」

「ロイドが?」

「あぁ。他の誰でもない。あいつがずっと待ち望んでた日だ」

「・・・・」

「ずっと楓殿を一途に想い、待ち続けていた事を俺はよく知っている。楓殿に会えた日は目をキラキラさせて、会えなくなってからは、会いたいと酔っては泣いてた事もあったくらいだ」

「ロイド・・・本当に泣き虫なんだから・・」

マッシュの話に自然と笑みが溢れて、緊張の糸が紐解かれていく。

「あいつもあいつなりに色々あった。だが、楓殿への想いがあいつを支えてくれた。楓殿、臣下として、友人としてあいつを幸せにしてやってくれ」

「マッシュさん・・・」

「さあ、ドアを開けよう。いくら待つことに慣れていると行っても、そろそろ行かないとあいつ泣くぞ」

「マッシュさんたら・・・」

声を出して笑う楓に、マッシュは微笑む。そしてドアに手をかけた。

「大丈夫。この扉の向こうにはあいつが待ってる」

そういうとドアをゆっくりと開けた。


眩しいくらいの光が楓に注がれる。

そしてその光の先には、黒のタキシードを着た満面の笑みのロイドが立っていた。

ゆっくりと一歩ずつロイドの元へ歩く。

不思議と周りの大勢の人達の姿が目に入らない。

目に映るのは楓を見つめるロイドだけ・・・。

楓が側に辿り着くと、ロイドが手を差し伸べる。

楓はその手取り、また一歩ロイドに近づく。

「楓、綺麗だ」

そう言って微笑むロイド。楓も微笑みながら言葉を返す。

「ロイドもカッコイイよ」

互いに褒め合い、顔を赤らめる。そして、教壇へ体を向けた。

教えてもらった通りに儀式を済ませ、婚姻届にサインをする。

そして、互いに手を取り向き合う。

ロイドがゆっくりと薄いベールを上げる。

すると楓がふふと笑いながら小声で言った。

「僕らってベールに縁があるね」

「そうだな」

ロイドもつられて笑う。

「楓、愛してる」

「僕も愛してる」

見つめ合う目を閉じ、誓いのキスをする。

その瞬間、これから始まる2人の門出を大勢の人が歓喜を上げて祝う。

急な大声に一瞬怯んだ楓だが、ロイドがすかさず腰に手を回し支える。

「大丈夫か?」

「うん。大丈夫。びっくりはしたけど、みんなが喜んでくれて嬉しい」

楓がニコッと笑いロイドを見つめると、ロイドも目を細め、楓の手を自分の腕に絡め会場の外へと歩き始めた。

楓は寄り添うように歩きながら、ロイドに耳打ちをする。

「ねぇ、ロイド。僕に会いたいって泣いてたって本当?」

「なっ、誰にそれを・・・マッシュだな。あいつ・・・」

顔を真っ赤にしてあたふたするロイドの姿を見て楓は笑う。

「僕の緊張をほぐすために話した事だから、怒らないであげて」

「いや、しかし・・・」

ブツブツと呟くロイドを横目に、会場を出るまで楓は笑い続けた。


式が終わり、城の広場に詰めかけた国民にテラスから手を振り、お披露目が終わると急いで晩餐会の着替えをする。

メイドが慌ただしく入れ替わりしながら、楓はロイドの目の色に合わせた青色の衣装に袖を通す。髪に香油などを塗られ、顔にはうっすらメイクまでされる。

式ではなるべく素肌で、髪にも何もつけず挑んだが、色んな来賓客が来るとなると準備にも力が入る。

会場のある広場まで行くと、先に待っていたロイドと目が合う。

紺をベースに上下を揃え、中には白のベスト、襷掛けのようにかけられたショールは楓と合わせた青色だ。

少し高めになった場所に椅子が二つ置いてあり、ロイドと2人腰を下ろす。

貴族や官僚が代わるがわる挨拶に訪れ、緊張の面持ちで楓は丁寧に一人一人挨拶をする。

合間にロイドが耳打ちをし、適当に挨拶すれば良いというが、初めての事でどう適当にすれば良いのかわからず、結局は全員が終わるまで丁寧に挨拶し続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る