第20話 暗雲
結婚式まで一週間を切り、更に城内は慌ただしくなっていた。
今日はマナーの授業があったが、急遽講師が来れなくなり、楓は庭園のガゼホで1人本を読んでいた。
いつもは護衛が側にいるが、式の準備に駆り出され、1人で出歩かない様に言われてたが、慌ただしくしてる中1人部屋にいるのが申し訳なくなり、忙しい中でも楓の世話をしてくれているメイドに、1人で大丈夫と付き添いを断り、庭園に来ていた。
「楓様・・・陛下がお呼びです」
そう言われ、顔を上げると見た事ない使用人が頭を下げたままで立っていた。
「ロイドが?今日は忙しくて夕食に遅れるって聞いたけど・・・」
「式の事で、急遽確認したい事ある様です」
言伝ならいつものメイドさんにお願いすればいいのに・・と多少の疑問を感じながら、忙しくしているロイドを思い、待たせてはいけないと席をたつ。
庭園を横切り、しばらく着いて行くと見知らぬ場所へと辿り着く。
「ここであってるの?」
キョロキョロしながら使用人に尋ねると、後ろからゴツっと音が聞こえると同時に鈍い痛みが後頭部を走る。その瞬間、目の前が暗くなり楓は気を失った。
「そろそろ起きてください」
顔をペチペチと叩かれ、楓は意識をとり戻す。
そこは古びた小屋のような場所で、目の前には中年の男性が立っていた。
茶色の癖のある髪に、ふっくらした体型、顎には髭が蓄えられていた。
楓は状況が把握できず、頭の痛みでぼーっとその男を見つめる。
「ここはどこ?どうして僕を?」
「ここは人里離れた小屋だ。これからお前は隣国に売り飛ばされる」
何を言っているんだろう。男の言っている事が理解できない。
「最初は殺そうかと思ったんだが、顔が思ったよりいいし、黒髪に黒目はなかなか見ないからな。きっと高値で売れる」
ニヤニヤした男の顔付きから、楓の頭に急速にこの状況が良くない物だと察する。
「そんな・・・どうしてこんな事をするの?」
「お前に王妃になられては困るからだ。全く・・前王の時はたんまりと稼がせてもらっていたのに、あいつに変わってからはさっぱりだ」
あいつ・・・ロイドの事を言っているのだろうか・・・楓は男の話に耳を傾ける。
「そこでだ。世継ぎの産めないお前が王妃になって名声を落とすのもいいが、私の娘をあてがえて少しずつおこぼれを頂こうと思ってな」
ニヤニヤと笑いながら、楓の顔の前に自分の顔を突き出す。
「お前も世継ぎが産めずに、肩身の狭い思いをしながら過ごすのは辛いだろう?陛下が今、何て言われているか知っているか?」
その言葉に楓の鼓動がドクンと大きく跳ねる。
「男に溺れた腰抜け王だ」
「嘘だ!そんなはずはない」
大きな声で楓は叫び、男を睨む。その声に怯む事なく男は言葉を続ける。
「城の部屋でぬくぬくと大事にされてたら、そんな声も聞こえるはずがない。欲張らず、妾か男娼の座にいれば良いものを、王妃だなんて・・。お前もわかっているだろう?どこの出かわからん男が、英雄と言われる男の王妃になる事が、どんな意味を成すのか」
男の言葉が楓の胸をゆっくりと蝕む。それは、楓も心の片隅に杞憂していた事だからだ。
「いくらお前の味が良くても、後継者も産めない男の身だ。ゆくゆくは気の迷いとしてその座を奪われる事になるはずだ。そんな惨めな未来より、売られて運が良ければ愛人として買われる方がよほどいいと思わないか?」
「そんな事ない!ロイドは僕をずっと愛してくれる!」
迷いを振り払うように、楓は男を睨み返す。僕はロイドを信じる。きっと助けに来てくれる。
「チッ。どの道、お前は邪魔なんだ。お前がいなくなれば、他の女に目がいくだろうからな」
楓の頬をペチペチと叩きながら、男はニヤリと笑う。
楓はその手に思いっきり噛み付く。
「こいつ!!」
男が声を放った瞬間、目の前がチカチカと点滅する。力任せに打たれたのだ。
久しぶりの感覚に昔の事が思い出される。
(あぁ・・僕はここにも居場所がないのかな・・・。ロイドの側にいたくてベールを渡ってきたけど、この世界も僕を受け入れてくれないのかな。ただ、ロイドのそばに居たかっただけなのに・・・)
心の奥にあった痛みが、楓を襲う。深い暗闇に落ちていく感覚が、楓を沼の奥へとひきづり込む。
遠のいてく意識の中で、部屋に雪崩込む人影と楓を呼ぶ声がするが、楓の心には届かず、そのまま目を閉じた。
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