第6話 突然の別れ

(明日はロイドの成人の日かぁ)

部屋の窓から月を眺めてポツリと呟く。

もう深夜だというのに、明日が待ち遠しくてたまらない。

(どんな格好で来るのかな?話って何だろう?)

ロイドの事を思うと不思議と顔が火照り、胸が高まる。

なぜ、こんなに鼓動が早くなるのか、まだ幼い楓にはわからなかったが、きっとポカポカするこの気持ちは大事なものだというのだけは理解していた。

ガラガラッー

勢いよく引き戸が開かれ、母が帰宅したのがわかると、慌てて窓を閉めて電気を消す。

「早く部屋に行きましょ」

母の甘ったるい声が聞こえる。その後から聞こえる男性の声。

「分かってるよ。そう急かすな」

ドタドタと荒い足音が家に響く。

最近の母は飲んでは知らない男と帰宅してくる事が多くなった。

その度に、息を潜めて存在を消していたが、今日は運が悪かった。

酔った男がトイレを探しながら、楓の部屋を開けてしまったのだ。

驚いて飛び起きた楓に、男は近寄る。

「何だ?このガキ?お前、子供いたのか?」

酒の匂いが部屋中に漂う。慌てて駆け寄ってくる母。

「これは違うのよっ!」

「何が違うんだ?俺はガキ持ちは面倒だから付き合えねぇぞ」

しがみついてくる母を振り払い、男は玄関へ向かう。

「待って!違うのよ!」

追いかける母親を無視して、勢いよくドアを閉めて出ていく。

その場で泣き崩れる母だったが、ゆっくりと立ち上がり楓の部屋に戻ってくるや否や、思い切り楓の髪を鷲掴みする。

「何で見つかるのよ!」

罵声とともに平手打ちをする。

「あんたのせいで、また捨てられたんだ!あんたは私を不幸にする!」

何度も何度も頬を打たれ意識が朦朧とする。

勢いよく床に投げ出され、楓を足蹴りしながら尚も罵声を浴びせる。

「あんたさえいなければ、私は幸せになれたの!いなくなればいいのよ!」

「ごめんなさい。お母さん」

うずくまりながら許しを乞う楓。

(どうしよう。明日はロイドに会うのに、ロイドの大事な日なのにまたロイドを悲しませてしまう。)

殴られ痛くて苦しいのに、ロイドの悲しい顔を思い出すと体の痛みより胸の奥が苦しくなる。

(逃げなきゃ・・・)

そんな思いに駆られて、体勢を変えようとした瞬間、ふと母の足が止まる。

(今だ・・・今の内にあの洞穴まで走ろう)

ふらつく体を必死に持ち上げて立とうとした時、また髪を掴まれる。

横目で母を見た瞬間、ヒュッと喉から変な音が出た。

そして一気に青ざめる。母の手に光る物を見たからだ。

「やめて、お母さん・・・」

「あんたさえいなければ・・・!」

奇声と共に腹部に激しい痛みが走る。熱い何かがポタポタと滴り落ちる。

「あ・・・私、何を・・・・」

手に付いた血を見て我に返ったのか、ハサミを落とし、母がしゃがみ込む。

その隙に楓は重い体を引きづりながら部屋を出る。

(洞穴に行かなくちゃ。ロイドが待ってる。行かなくちゃ)

服にジワジワと赤いシミが広がっていく。

それでも、楓は足を止めずに洞穴へと向かう。

(どうしよう。ロイド、心配しすぎて泣いちゃうかな?ロイドの晴れ舞台なのに・・・)

いつも楓の傷を見る度に苦しそうな、泣きそうな表情をするロイドの顔が思い浮かぶ。体の痛みより胸が痛い。

大丈夫だよって言いてあげなきゃ・・・。それからおめでとうも・・・。

あぁ・・早くロイドに会いたい・・・

いつもの場所に辿り着いた楓は、ロイドの正装姿を思い浮かべてふふっと笑う。

ロイド、早く来て。僕は待ちきれないよ。

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