15.1の日

 ワシのスキル【サイコロ】は賽を振って出た目によって運勢を占うことのできるスキルだ。

 6つの目の中で最も運が良いのは天を表す1の出目である可能性が高い。

 前回1の目が出た日には日ノ本の人間が使っておったとみられる業物の十手の出物に巡り合うことができ、兎罠には真っ白な兎がかかり、兎を殺したら位階が上昇し、位階の上昇によって膂力が何倍にもなった。

 位階というのは上げれば上げるほど次の位階へ上がるために殺さなければならない魔物の数が増えるようだ。

 であるならば、位階が上昇する可能性がある魔物狩りはサイコロの出目がいい日に行った方が効率が良いだろう。

 具体的には、1の目が出た日以外はワシは魔物は狩らんことに決めた。

 それ以外の日は川原で鍛錬だ。

 自分で決めたことながら、なかなか出ん1の目に挫けそうになる。

 前回1の目が出てから今日で20日だ。

 そうそう運勢最強の日などはないとわかっておっても、これほど来んのかと自分に落胆する。

 ワシは生来持っておらん男だ。

 三献の茶で秀吉公に気に入られた殿のようにはいかんのは当たり前だ。

 時がそれほど限られておるわけでもあるまいし、そんなに焦っても仕方がなかろう。

 かの有名な一休宗純御坊も慌てず一休みしてから事にあたるべしと言うておったはずだ。

 禅宗の御坊が言うなら間違いない。

 ワシは座禅を組み、心を落ち着ける。

 慌てず、一休みだ。

 気持ちが落ち着いてきた。

 そのままサイコロを取り出し、ころりと転がす。


「やはり、御坊の言うことは間違いないな」


 サイコロの目は1の目で止まっていた。






 20日ぶりに1の出目が出て魔物を狩ることを決めたワシであったが、武器が少し心もとない。

 狼との戦闘で相棒の2尺棒は折れてしまったのであいつはもう火を起こすことしかできん。

 腰に差した十手はなかなかに業物であるが、やはり刃の付いておらん武器というのは一撃の攻撃力に欠ける。

 その攻撃力の不足はひっ迫した殺し合いの最中では致命的だ。

 名刀が欲しいなどという贅沢は言えぬが、せめてまともな刃の付いた武器が欲しいところだ。

 ワシは塒を出て、冒険者ギルドのある大路に向かう。

 冒険者ギルドの楼閣の近くには武器を取り扱っておる店がある。

 ぱっと見はこのあたりでよく使われておる真っすぐな剣ばかりだが、中に入ってじっくり見れば刀のような曲刀が見つかるかもしれん。


「邪魔するぞ」


「らっしゃい。坊主、冒険者か?」


「そうだ」


 恰幅のいい体格の親父が出迎えてくれる。

 この店の店主もどうやらハーフエルフへの偏見はそれほどないようだ。

 案外差別的な人間というのは多くないのかもしれんな。


「坊主駆け出しだろ?ならこいつなんかおすすめだぜ」


 親父が棚から出してきたのは、ワシの腕と同じくらいの長さの刃を持つ真っすぐな剣であった。

 手に取ってみると物はいいみたいだ。

 だがやはり真っすぐな剣というのは少し違和感がある。


「すまぬが、ワシの故郷では少し反りの入った剣が使われておったのだ。反りの入った片刃のものはなかろうか」


「おおそうか。あるぜ、カットラスって曲刀がな。ちょっと待ってろよ」


 親父は店の奥のほうに入っていき、一振りの曲刀を持ってきた。

 カットラスと言っておったの。

 異国の武器の名前は面白い。

 カットラスという曲刀は、長さは先ほどのものと同じくらいだ。

 ワシの身体のサイズに合わせてくれているのだろう。

 もう少し体格が大きくなったら買い替える必要があるだろうが、今はちょうどよさそうだ。


「ほら、こいつだ。抜いてみろ」


 木と動物の皮か何かで仕立てられておる鞘から剣を抜く。

 本来は片手で使うものなのか、刃は刀の七分ほど。

 小太刀よりも少し長いくらいかの。

 だが刀と同じように鋭く、切っても突いてもよさそうだ。

 刀よりも若干反りが小さいところを見るに、主な攻撃手段は斬撃よりも突きのようだ。

 真っすぐな剣よりも少し斬撃に寄せた剣といったところか。

 柄には握り込んだ手を守るように覆いが付いており、小手を切り裂かれて武器を取り落とすことを防ぐことができるようだ。

 大人ならば片手でしか握れん短い柄も、ワシの手ならば両手で握ることができる。


「気に入った。こいつはいくらだろうか」


「銀貨1枚でいいぜ」


 十手と同じ金額か。

 あれほどの業物が駆け出し冒険者向けの武器と同じ金額とは、あの魂を見ることができるという変わった男に悪い気がしてきた。

 今後も塩はあやつから買うこととするか。

 ワシは武器屋の親父に銀貨を1枚渡し、剣を受け取り店を出た。

 






 久しぶりに森に分け入る。

 今日の狙いはゴブリンという魔物だ。

 肉は食えんし毛皮もないがそのぶん獲物を持ち帰らんでもいいので数を狩ることができる。

 ゴブリンという魔物は恐ろしいことに二本の足で歩く人型の魔物なのだという。

 ワシと同じくらいの背丈に醜悪な面、二本の小さな角が特徴らしい。

 なんとも地獄絵巻の小鬼みたいなやつだの。

 このゴブリンという魔物、生態も醜悪で他種族のメスを孕ませてばんばん増えるそうだ。

 人間やエルフなどの女は特に大好物で村から女が攫われたりもするようだ。

 そのように悪さをする魔物であるゆえに、この魔物を駆除すると領主から1匹あたり銅貨10枚の金が出る。

 たかが銅貨10枚と侮ることはできぬ。

 ゴブリンは少し森の奥に入れば油虫のごとく出てくるという話だ。

 10匹狩れば銅貨100枚、100匹狩れば銅貨1000枚よ。

 サイコロの出目の一番いい日しか魔物を狩らんことに決めたのは良いが、このあたりでは兎まで魔物だというのだからワシは1の出た日以外は魚くらいしか捕ることができん。

 それゆえに1日でなるべく多くの魔物を倒さねばならんのだ。

 狼と兎の売り上げで銀貨4枚という大金を稼いだワシであったが、すでにその金はない。

 塩や小奇麗な着物、その他小刀などの細々としたものを買っておったらいつの間にかなくなっておった。

 先ほど剣を買ったときに出した銀貨1枚が正真正銘最後の銭だ。

 背水の陣というわけだの。

 なに、ゴブリンをたくさん狩ればよいだけではないか。

 ワシはゴブリンを探して森の奥に入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る