14.強さと鍛錬

 魔物というのを倒すと生き物の位階が上がるらしい。

 なんとも生臭な坊主共が好きそうな与太話だが、これは現実だ。

 魔物とは神が地上の生き物に与えた試練であり、それを乗り越えると位階が上がる。

 それは近辺の人間にとっては常識のようなものであるらしい。

 ワシは実際に昨日獰猛な兎と狼を倒し、明らかに膂力が上がった。

 位階が上がると気力や体力、魔力などが上昇するのだという。

 このあたりの神はずいぶん働き者だのう。


「位階が上がったときの能力の上昇幅というのは個人差があるんです。カンベーさんのように何倍にもなるようなことはそうそうないんですよ。運がよかったですね」


「上昇幅は運で決まるのか?」


「たぶんそうだと思いますよ。同じ人でも1回目に位階が上がったときと2回目に位階が上がったときで全然上昇幅が違うときもあるんですから」


「なるほどの」

 

 それであれば、位階が上がったのは兎を殺したときかもしれん。

 狼を殺したのは日が変わってからだ。

 サイコロの占いどおり、昨日はものすごい強運だったわけだの。

 高く売れる真っ白な兎が罠にかかるわ、そいつを殺したら位階が上がるわ、位階が上がったときの能力の上昇幅はでかいわ。

 業物の十手も手に入ったことだしの。

 兎に噛まれて痛手を負ったが、それはワシの不注意に過ぎん。

 運がいいといってもなんでも上手く回るとは限らんということだの。

 ヘマをすれば死ぬ。

 それは運勢最強の日であっても変わらん。


「しかし位階というものがあるのならば、鍛錬などは馬鹿らしくてやっておれんのではないか?」


「そんなことはありませんよ。カンベーさんのように位階が上がったら何倍にも能力が上がったなんていうことは滅多にないんです。それに、位階を上げること自体も難しいです。位階は上げれば上げるほど少しの魔物を倒した程度では上がらなくなります。ずっと位階を上げ続けるなんていうことは、ずっと命を懸けて魔物と戦い続けるということと同義なんですよ」


 まあそうだが、強くなるために戦い続けるというのは普通のことではないのかの。

 鍛錬だけしておっても実戦に一度も出ておらん武士は一人前とは認められん。

 初陣童貞と呼ばれて馬鹿にされてしまうであろうが。

 戦を生業とする武士と、冒険を生業にする冒険者では考え方も違うのかの。

 山野を冒険しておれば魔物と出くわすことなど珍しくもないだろう。

 だが、冒険者はそいつらと戦わなくとも仕事として銭を稼ぐことができるしランクを上げることもできる。

 戦わなければ存在意義を満たせない侍とは確かに違うかもしれん。

 ワシの魂はどこまでいっても侍であるが、今の身分は冒険者。

 郷に入っては郷に従えと申す。

 冒険者の流儀に従って行動するのがよいか。

 冒険者にとって強さは手段でしかない。

 生存の手段であり、金を稼ぐ手段だ。

 よく考えたら侍もそうかもしれん。

 強さとは戦に勝つ手段であり、手柄首を上げる手段であり、戦から生きて帰る手段だ。

 ワシらは常に強くありたいとは思っておるが、強くなることそれ自体が目標というわけではない。

 実際我が殿は用兵も武芸もそれほど巧みではなかったが、近江の土豪から秀吉公の五奉行の一人にまで成り上がった。


「ふーむ、深い……」


「?」


 強さとは、なんなのだろうな。






 日々の鍛錬というものはやはり重要だと思う。

 肉体的には魔物を倒したことでガキの身体でありながら前世以上の腕力を手に入れたワシだったが、鍛錬というものは何も身体を鍛えるだけのものではない。

 剣を振ることで雑念を晴らし、精神を鋭い刀のように鍛えることができる。

 立派な牙を持っておったとはいえ、兎などに手傷を負わされてしまったのは一生の不覚。

 未熟な自分の魂を鍛えあげねばならん。

 ワシは川原を一心に走り、重たい生木の木剣を振る。

 飯を食って川を何往復も泳ぐ頃には日が暮れ始める。

 焚火で炙っておった狼の肉と兎の肉を持って街に戻る。

 もう汚泥にまみれてこっそり街に入ることはせぬ。

 狼と兎を狩ったことで冒険者のランクが上がり、身分がひとつ上がったのだ。

 門に立っておる守衛次第ではまだ難癖をつけられることもあるが、そういうときは小銭でも渡してやればよい。

 ハーフエルフに対する差別はなかなかに根深い問題だ。

 個人の力ではどうしようもない。

 まあいつか、ワシの成り上がりでもってその差別感情も変わるかもしれんがな。

 ワシは良い匂いのする肉を抱えて、門へと急いだ。

 幸いにも今日の守衛は狼の死体を4体担いで通ったときの男であった。

 こいつはワシを侮り金銭を要求するようなことはない。


「ご苦労さん。身分証明を」


「おう、お主もご苦労」


 首から提げておる金属板を軽く掲げ、門を通る。

 守衛がこやつのような真面目な奴ばかりであればよいのだがの。

 ワシは正門から大路を抜け、塒である小路へと入る。

 やはり我が家は落ち着くな。

 いや、こんな路地で満足しておってはいかんのだがの。

 ワシは寝台代わりの木箱に腰掛け、焼いた肉を頬張る。

 振りかけた塩が肉の旨味を引き立てておる。

 少し砂がじゃりじゃりするが、今は全く気にならん。

 これぞ人間の食い物だ。

 やはり食い物には塩の味が付いておらんとな。

 狼と兎を冒険者ギルドに売った金で塩などはもはやいくらでも買える。

 ワシの生活も日々進歩していっておるということだの。


「ウマいウマい」


 貪るように肉を食むと、あっという間に骨だけになってしもうた。

 ワシは骨をガリガリを砕き齧る。

 アゴの力も強くなっておるのか、固い動物の骨も漬物のようにぼりぼりといける。

 文字通り骨の髄まで肉を味わい、食事を終える。

 次は毎日肉が食えるように頑張るか。

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