13.位階
瞼を刺すまばゆい光に目を覚ます。
薪の燃え残りの具合から、おそらく二刻(4時間)ほどは眠れただろうか。
傷の痛みもほとんどないし身体の怠さや寒気もない。
峠は越えたようだの。
ワシは血で貼り付いた左手のボロ切れを引き剥がす。
「は?」
傷は塞がったがまだ生傷であろうと思った左手の傷は、完全に傷跡になっておった。
信じられん治りの早さだ。
子供というのはこういうものだっただろうか。
「いやいや、子供だからといってこの傷の治りはありえん」
日ノ本であれば子供が獣に噛まれて怪我をすれば助かるか助からんかは五分というところ。
一晩で傷が完全に治るなどはどのような薬を用いても絶対にありえん。
であれば、この土地ならではということか。
神がスキルという力を下さるような土地だ。
子供の怪我の治りが早くてもおかしくはない。
冒険者ギルドに行ったらミモザに聞いてみよう。
「さて、兎と狼をギルドに運ぶとするかの」
兎だけであればまた足を汚泥で汚して密かに街に入るところであるが、狼を担いでとなるとさすがにあの汚泥の中を進むのは無理だ。
あの水路の中を引き摺ればせっかく手に入った狼の毛皮や肉まで汚泥まみれになってしまう。
となれば正門から入るしかなさそうだが、果たしてすんなりと入れてくれるかどうか。
「おい、そいつは……」
「全部ワシが狩った」
「そ、そうか。ギルドの身分証明を……」
ワシは首から提げておる金属板を衛兵に見せる。
衛兵は表情を引きつらせながら門を通してくれた。
無理もない。
ワシは今4匹の狼を背中に背負っておる。
遠目から見たら毛皮の塊が動いておるように見えることであろう。
なぜか今日の朝目覚めてから膂力が跳ね上がっておった。
昨夜は戦場の馬鹿力かと思ったのだが、そうではなかったようだ。
傷の治りの早さといい、不思議なことが多い。
正門から街に入ると冒険者ギルドのある街の中心地までは大路で一本だ。
真っすぐ歩くだけでいい。
灰色の狼の死骸を4体も担いで歩くガキなどは物珍しいようで少し注目を集めておる。
だが狼を4体担いでおるということはそれを狩ったということであり、その力があるということでもある。
そのような気味の悪いガキには近づく者はおらず、変なちょっかいなどはかけられずに済んだ。
やがて冒険者ギルドの巨大な楼閣が見えてきた。
ちょうど酔っ払いの冒険者が扉を開けたところだったのでその隙に中に入らせてもらう。
すれ違った冒険者は少し驚いたような顔をしておったが酔いが回りすぎて幻覚を見ておると思ったのか目を擦りながら帰っていった。
帰ってよく眠れ。
ワシは酔っ払いで溢れる酒場には目もくれず事務所へと歩いていき、ミモザの座る勘定台の前に狼の死骸を置いた。
「獲物を買い取ってほしい。それから少し聞きたいことがあるので昨日の小部屋を貸してほしいのだが」
「え、あ、はい……」
ミモザはワシが担いできた狼の死骸を見てしばし呆けておったが、我にかえると狼を運ぶために男手を呼びに行った。
数人の男を連れてすぐに戻ってきたミモザは、狼の状態を1匹1匹確認していく。
「すごいですね。これカンベーさんが一人で倒したんですか?」
「そうだ。おお、そういえば兎を忘れておった」
ワシは蔓に括られたまま腰に吊るしておった兎をミモザに渡す。
ワシの左手に噛みついた獰猛な奴とは思えんフワフワの毛皮だ。
「わぁ、真っ白なファングラビットなんて珍しいですね。これは高く買い取らせてもらいます」
「頼む。肉はワシにくれ」
「わかりました。グレイウルフも全部ですか?」
「狼は1匹分の肉だけでいい。あとは買い取ってくれ」
「了解しました。解体の手数料は毛皮やお肉の買い取り価格から差し引かせていただきますね」
解体をしてもらうには手間賃が必要であったか。
まあ当然であるな。
ワシの小刀は石を割って軽く磨いただけのもので切れ味はよくない。
あんなもので毛皮を剥いだらダメにしてしまうことだろう。
自分で解体して持ってくるよりもここで解体の手間賃を支払って解体してもらうほうが確実に高く売れる。
「査定が完了しました。傷が少なくて状態が良かったので全部で銀貨4枚と銅貨5枚になります。内訳はグレイウルフの毛皮が1枚銅貨45枚×4、グレイウルフのお肉が銅貨10枚×3、真っ白なファングラビットの毛皮が銅貨180枚でしめて銅貨390枚です。そこから解体の手数料として1匹銅貨5枚を差し引きまして、合計銅貨365枚になります。今の銀貨のレートは1枚銅貨90枚ですので、銀貨4枚と銅貨5枚ですね」
ワシは指を折り必死に計算する。
ワシは算術が少し苦手だ。
そろばんがあれば殿の手伝いができるくらいにはできるのだが、暗算は難しい。
やっとのことで計算し、代金を受け取る。
肉の受け取りはあとで呼ぶというので証の木札を受け取った。
こいつと肉を交換してくれるらしい。
「それで、お話があるとか。小部屋が空いているようなのでどうぞ」
「すまぬな」
傷の治りや膂力の増強に魔力というものが関わっておった場合大っぴらに話すのはまずいからの。
小部屋に通され腰掛けに座ると、ワシは兎に噛まれて手傷を負ったことやその傷が一晩で癒えたこと、膂力が段違いに上がったことなどをミモザにすべて話した。
「傷が一晩で治ったことについては魔力量のおかげかもしれませんね。魔力というのは生命の根源の力ですから、身体の内から湧き出る魔力は多ければ多いほど生命力が増すはずです」
「なるほどの。では膂力も魔力が多いからか?」
「確かに魔力で身体能力を強化したりすることも可能らしいですけど、それにもなんらかの属性が必要だったはずです。おそらくカンベーさんは、位階が上がったのだと思います」
「位階?」
「そうです。グレイウルフもファングラビットもどちらも魔物です。それを倒したから生き物としての位階が上がったんだと思いますよ」
なんだそれは。
生臭い坊主が説法で言いそうなことだの。
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