10.転生者

「どうやら昨日はちゃんと冒険者登録できたみたいだね」


「ああ、お主に教えてもらった干物屋の翁はよき御仁であった。おかげで魚を高く買ってもらうことができ、冒険者としてギルドに登録することができた。礼を言う」


「いいんだよ。みんながみんなハーフエルフを差別するような人間ばかりではないってことだけ心にとめておいてくれればね。あたしはね、頭にきてるんだよ。子供に石を投げるような連中に」


 この女店主や干物屋の翁、冒険者ギルドのミモザなどの人間を見るとこの世もまだ捨てたものではないと思えてくる。

 約束通り露店の売り上げに貢献するとしよう。

 ワシは昨日稼いだ金で腰に下げられるような大きさの革袋を買った。

 小刀の代わりの尖った石やヤスリの代わりの丸いザラザラした石などを入れておくためのものだ。

 冒険者ギルドの登録料の倍額が飛んでいったが、恩義を思えばこのくらいの買い物は安いものだ。

 店主に別れを告げて次の用事に向かう。

 次は塩だ。

 昨日は結局冒険者登録をしておるうちに露店がすべて店じまいしてしまうような刻限になってしまい、塩を買えなんだ。

 ワシは女店主に教えてもらった露店に向かう。

 女店主は怪しげな男のやっておるよくわからん露店だと言っておったな。

 偏屈な男だがワシのようなハーフエルフの孤児であっても塩を売ってくれるかもしれんらしい。

 せいぜい機嫌を損ねんように無駄口は叩かんようにせんとな。

 市場を教えられたとおりに歩くと、そこには確かに怪しい風貌の男の店があった。

 男は日ノ本の民のような黒い髪と瞳をしておるが、肌は浅黒く顔立ちも掘りが深い。

 口の周りは真っ黒な髭で覆われており、眼光は歴戦の武辺者のように鋭い。

 他の露店商人とは全く違う雰囲気を纏った男だ。

 

「坊主、なにか用か?」


 露店の前で立ち止まったワシに男が話しかける。

 多少しわがれておるが腹まで響く太い声だ。

 本当に武者のごとき男だの。

 だがそれならばそれで付き合いやすいというもの。


「塩が欲しいのだが」


「塩か、混ざり物しかねえがいいか?」


「ああ、問題ない」


「量はどれくらいだ」


「この銀貨の半分で買えるだけ」


「あいよ」


 昨日冒険者ギルドで戦った男から剥ぎ取ったこの銀貨は、大体銅銭90枚分くらいの価値があるらしい。

 つまり半分ならば銅銭45枚分くらいということだ。

 握り拳の半分程度で銅銭30枚という塩の価値を考えるに、45枚分はその5割増しくらいだろう。

 男はワシの予想どおり麻袋に握りこぶしよりも少し少ないくらいの塩を詰めていく。

 ワシは男が大きな壺から塩をさらさらと袋に詰める様をじっと見ておったが、塩の壺の横に妙なものが並んでおるのが目に入った。

 それは石のようなものであったが、中になにか金属のようなものが見えておる。


「店主、これはなんだ?」


「ああ、そいつは遺跡から出たっていうなんだかわからんものだ。金の無心をしに来た知人がこいつを抵当にしてくれっていうんでな。面白そうなんで買いとってみた。今外側の石をノミで砕いて中身を拝もうとしているところだ。見ていくか?」


「面白そうだ。やってくれ」


 男は塩を途中まで詰めた袋を置き、ノミと槌を手に取った。

 石にノミを当て、槌でガツンガツンと叩くと石がぽろぽろと崩れていく。

 何が出てくるのか少し楽しみだ。

 中の金属を覆っていた石はどんどん剥がれていき、段々とその中身が露になっていく。


「なんだ、こりゃあ。剣、にしては刃が付いてねえ。ただの鉄の棒だ」


「これは……十手か?」


「坊主これがなにか知ってるのか?」


「たぶんワシの国の武器だ」


 敵を打ち倒すための武器というよりも、室内などで身を守るために使う武器だったはずだ。

 珍しい武器だが、刀があまり得意ではない殿がこいつの使い方を鍛錬しておったのでワシは知っておる。

 しかしなぜこのような武器がこのような場所にあるのだろうか。


「うん?名前が書いてあるのか。長谷川?」


 なぜか石の中から出てきた十手にはまだ紫の組紐で巻かれた柄巻きが綺麗に残っており、その上の刀であれば鍔のある部分に名前が彫られておった。

 家名だけだが、長谷川と。

 長谷川といえば日ノ本の家名であろう。

 ならばこれはまさしく日ノ本の長谷川という人物が使っておった十手ということになる。

 なんの因果なのだろうな。


「坊主、そうか。そういうことか。くくくっ、坊主などと言ってすまなかった。そこの御仁よ」


「お主、いきなりどうしたのだ」


 なにやら妙な感覚がしてから男の様子がおかしくなった。

 ワシに対する態度が子供に接するものから、一人前の男に接するものに変わったようだ。


「お主どうしたのだ?」


「すまないが、あんたの魂を見させてもらった」


「魂?」


「そうだ。俺のスキル【魂鑑定】は人の魂を見ることができる。魂には嘘は付けんものよ。あんたの魂は気高き男のもので、とてもガキのものではない。たまにそういう奴がいるのは知っている。俺はそいつらのことを転生者、と呼んでいるがな」


「転生者、か」


 ワシの他にもそういう者がおるかもしれんとは思っておったが、案外そのへんを歩いておる奴らの中にも一人二人おるのかもしれんな。

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