9.サイコロの能力

 ワシが目覚めた食い物や排泄物が堆積して酷い匂いを放つ小路。

 ここが今のワシの城だ。

 探したらもっといい場所もあるだろうが他の浮浪者の縄張りになっておるだろう。

 そやつらを追い出してワシが居座ることもできるが、それでは良い領地しか治めることのできぬ無能の侍と同じよ。

 殿はそのようなことはなかった。

 どのように貧しい領地でも殿はうまく統治して利益を出しておった。

 殿の家臣として内政をおろそかにするような猪武者になるわけにはいかぬ。

 まあ内政といっても薄汚い小路で何ができるという話だがの。


「清掃くらいかの」


 ワシはまずこのゴミだらけの小路を掃除することにした。

 幸いにもここには様々なゴミが捨てられており、中には使えそうなものもある。

 これらの物資を使いここを快適な住処にするとしよう。

 まずは酷い匂いを放っておる食い物のカスや排泄物を一か所に集めることから始める。

 一か所に集めたところで肥溜めのごとく匂うだろうが小路全体が肥溜めのような今よりは多少マシになるはずだ。

 ワシは落ちておった板切れでゴミを寄せていき、時間をかけて一か所にすべて集めた。

 この一角だけを肥溜めとし、匂いを緩和するために板切れを石で削って作ったおが屑を上から振りかけておく。

 これで少しは匂いがマシになり、いつかいい畑の肥料に生まれ変わることだろう。

 定期的に外から持ってきた土なども混ぜればすぐに匂いはよくなるはずだ。


「あとは、地べたに直接寝たのでは体温が奪われてしまうかの」


 地べたの冷たさを少しでも遮断することのできる寝台のようなものが欲しい。

 これにはちょうど良いものがあった。

 釘を打っては抜きを繰り返しすぎて穴だらけになり捨てられておった木箱だ。

 釘を打って抜いた跡が少し毛羽だって痛いだろうが、そこは石で削って滑らかにすればよい。

 木箱は4つほど捨てられておるので並べれば十分に上で眠ることができるだろう。

 そのうち釘を抜いて分解して大きな箱に作り替え、中に入って眠れるように改造したい。

 箱の中に入って眠ることができたら寒い季節も凍えずに眠ることができそうだしの。

 まあ冬になるその前には、もっといい次の根城を手に入れたいところではあるが。


「寝床はできたが、まだ眠るにはちと早いかの」


 今は大体申の刻(15時~17時)くらいかの。

 前世であれば飯を食って一杯やりたいところであるが、あいにくとまだ酒は早い齢だ。

 飯も銭を節約するためには街の外に行って獲物を捕らねばならぬが、この時間から街を出る気にはなれんの。

 ならばもはや眠ることくらいしかできることはないが、今日は色々なことがあってまだ興奮しておるのか一向に眠気が来ん。

 ワシは手慰みにサイコロを出し、ころりと転がす。

 また4の目が出た。

 どこからともなくこのようなものが出てくるとは本当に不思議な力だの。

 ワシはもう一度サイコロを転がす。

 カラコロと転がった賽はまたも4の目で止まる。


「さすがにおかしくないか?」


 ワシはもう一度サイコロを振る。

 またも4の目で止まる賽。

 その後何度振っても4の目が出る。

 どのように無理な振り方をしても必ずだ。

 もはやこれは何かこの4という数字に意味があるとしか思えん。


「どうやらサイコロを出すだけの能力ではないようだの」


 この数字が何を意味しておるのかはまだわからんが、なんらかの意味があるのは明白だ。

 これは儲けたかもしれん。

 賽は国や己についての趨勢を占うための占術にも使われるものだ。

 ワシの予想ではこのサイコロが出す目はワシについてのなにかを暗示しておる。

 これは使いようによってはすごい力な気がしてきたの。







 昨夜は更に興奮して結局あれから二刻ほどは眠れんかった。

 おかげで少し寝過ごしてしまったようだ。

 お天道様はすでに高く登り、大路には露店が出始めておる。

 今日は川原で鍛錬もしたいし、昨日仕掛けておいた兎罠も見に行かねばならんので少し忙しい。

 さっさと行動するとしよう。

 まずは市場だの。

 市場で色々と買い物だ。


「と、その前に」


 サイコロを一度振っておくとするかの。

 賽の目が現す数字の意味を知るためには、その期間も知る必要がある。

 あの4という数字はワシのいつからいつまでの何を暗示しておるのか。

 そのうちのいつからいつまでの部分は今日これから改めてサイコロを振ることによってある程度は推測することができるだろう。

 昨日と違う目が出れば4という数字は昨日までのワシの何かを暗示しておったことになる。

 その場合、おそらくいつからいつまでの部分は今日という日が始まってから終わるまでの可能性が高い。

 今日、明日、明後日と毎日サイコロを振ってみればはっきりしたこともわかるはずだ。

 ワシは寝台代わりの木箱の上にサイコロを転がす。

 サイコロは10回転ほどして1の目で止まった。

 昨日とは違う目だ。

 一応のためにもう一度振るとやはり1の目で止まる。

 これで間違いない。

 サイコロはワシの今日の何かを表しておる。

 今日の何かと来ればもはやわかったも同然。 

 おそらく運勢だ。

 占術で占うものなど他にあるまい。

 どこを掘れば水が出るかなども占うことがあると聞いたことがあるのでまだ断定することはできぬがな。

 だが問題は、どの目が出れば良い運勢なのかということだ。

 単純に考えれば1か6であろうな。

 六つの面の対面に刻まれておるこのどちらかが一番良い運勢だ。

 この賽の目は方位を表しておると殿が言うておった気がする。

 それぞれ対面に刻まれた数字が反対の方位を表しており、2が西で反対の5が東、3が北でその反対の4は南だ。

 そして1と6は天と地を表しておるらしい。

 1が天で6が地だ。

 であるならば、一番運勢が良いのは天を表しておる1と考えられる。

 今日は偶然にも1の目が出ておるし、昨日の4の目と比べてどう違うのかを確かめればこのサイコロが本当にワシの運勢を占っておるのかもわかるかもしれん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る