11.錐もみ式
なぜこんな日ノ本のひの字も感じないような場所で日ノ本の人間が使っておったとみられる武器が出てくるのかはわからんが、この十手からは何か不思議な縁を感じる。
今朝のサイコロの出目が天を表す1であったこともそう感じる原因の一つかもしれぬ。
「なあ、この十手をワシに売ってはくれんか?」
「こいつをか?まあ刃の付いてない武器は売れ筋が悪いから構わんが、仕入れ値くらいの値段は付けさせてもらうぜ?」
「あまり銭はないのだが、いくらだ?」
「銀貨1枚だ」
払えんではない金額だ。
昨日冒険者ギルドででくの坊を打ち倒して得た銭が銀貨1枚と銅貨10枚。
今朝革袋を買って今の全財産は銀貨が1枚と銅貨が5枚。
この十手を買うことはできる。
できるが、十手を買えば塩は買えん。
買うならばどちらかだ。
そんなものはどちらを買うか決まっておる。
「塩はやめて十手をくれ」
「あいよ」
ワシは塩を諦め、十手を買うことに決めた。
塩はいつでも買えるが、十手は今を逃すと買うことができぬような気がしておる。
サイコロの1の目などは単純に考えて6日に1度しか出ぬ。
出目がワシの運勢を占っておるとすれば、おそらくもっと出る頻度は少ないだろう。
運が良い日などは6日に1度も訪れぬだろうからな。
今日は我慢して味気ない焼き魚を食って凌げばまた塩を買う銭くらいはすぐに溜まるはず。
なにせ今日のワシは強運だ。
きっとこれから確かめにいく兎罠にも獲物がかかっておることだろう。
ワシは懐から銭の入った巾着を取り出し、中に入っておる銀色の貨幣を1枚抜き取り男に渡した。
「確かに。こいつはあんたのもんだ。また金を貯めて塩を買いにくるといい」
「ああ、また来る」
男から受け取った十手を腰の棒切れの横に差し、露店を後にする。
やはり腰に二刀を差すと落ち着くな。
どちらも刃の付いておらん棒切れだがの。
日ノ本の人間が使っておったとみられる十手を手に入れたワシは、またぞろ足を汚泥で汚しながら街の外に出た。
冒険者の身分を手に入れたワシであったが、外壁に設えられた正門から街を出るにはまだ少し身分が足りん。
いや、おそらく出るのは簡単だが出たら最後入れてもらえん。
低ランクの冒険者などはそんなものだ。
ワシは更にハーフエルフだから、ランクを3つは上げん限りは足元を見られて袖の下などを要求されることだろう。
出るときだけ門を使ってもよいが、そのうち顔を覚えられてワシが不正に街に出入りしておることを咎められるかもしれん。
今しばらくはこの汚泥にまみれて街から出入りするのが無難だろう。
ワシは昨日と同じように川で足を洗い、ついでに川に潜って魚を捕る。
まずは腹ごしらえをせねばな。
気のせいか、昨日よりも足が滑らかに動き息も楽に続いておるような気がする。
飯を食ってしっかりと眠ったおかげだろうか。
この年頃の子供の成長は早いからの。
昨日よりも成長したということだろう。
飯ももりもり食わねばな。
昨日の倍である4匹の魚を捕って陸に上がり火を起こす。
この火起こしが今一番面倒なことだの。
火打石と火打ち金があれば一瞬なのだが。
「ん、そういえばこいつ金属だの」
ワシは腰に差しておる十手のことを思い出す。
こいつは硬そうな金属でできておるではないか。
火打ち金として十分使えるのではなかろうか。
十手を抜き、大きめの岩を擦るように打ち付けてみる。
金属音は澄んでおる。
鋼のような硬い金属を使って鍛えられておる証拠だ。
打ち付けた十手の棒先を見てみると、傷一つない。
岩のほうを見るとこちらは抉られたような傷跡がついておった。
岩を抉るとはこの十手はなんという硬い金属で作られておるのだ。
ものすごい業物だ。
これは銀貨1枚は安い買い物であったかもしれん。
「だが、火花は出んかったな」
十手の金属が硬すぎるのかもしれん。
十手に使われておる金属が削られて飛ばねば火花は出ん。
岩に叩きつけても傷一つつかんのでは火打ち石で叩いても同じこと。
これでは火打ち金として使うことはできんな。
「結局またこれかの」
ワシは昨日と同じように木と木を擦り合わせて火を起こす。
これは腕がもげそうになるから嫌なんだがの。
まあこれも鍛錬と思ってこなすしかあるまい。
ゴシゴシ。
「はぁ、はぁ、今日の木片は手強いのう」
昨日の流木よりも湿っておるのか、今日は一向に煙が出てこん。
ワシはやり方を変えてみることにする。
今は木片と木片を広い範囲で擦り合わせておるために、力が逃げておるような気がするのだ。
一点突破の有用性は孫子も説いておるように、力というのは一点に集めたときに爆発的に突破力が生まれる。
ワシは流木の中から細い枝のようなものを探した。
曲がっておらず、なるべく真っすぐなものだ。
ちょうどいい流木が落ちておらんので腰の棒切れを使うことにした。
なに、ちょっと切っ先が焦げるくらいのものよ。
ワシは板切れのような流木に尖った石で少し窪みを掘り、そこに棒切れを突き立てて錐もみ回転させた。
右と左の手のひらでコロコロと棒切れを回し、棒切れの先を板切れに思い切り擦りつけるのだ。
これぞ殿直伝、錐もみ式火起こしだ。
殿にこんなことを教わっておったことも今の今まで忘れておったわ。
火打ち金や火打石なんぞの便利な道具に慣れてしまうと火起こし一つにも頭を使わんくなっていかんな。
板切れからはあっという間に煙が出始めた。
改めて殿を尊敬した。
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