第6話 カタコンベ
昼なお暗い地下への階段を下って行く。
石の階段にこつーん、こつーんと2人の靴音が固く反響する。
階段を降り切った先では塗料の剥げ落ちた粗末な木の扉がぽつねんと、寂しく墓地の入り口を守っていた。使い古されて今にも取れそうにぐらついた取っ手を引く。
ぎぎぃと軋みながら開いていく隙間から凝った闇が零れて来た。同時に埃っぽく饐えた香が微かに流れて来る。
「閣下」ナタンが振り向く。
ヴァルンエスト侯は「うむ」と応じて、足元を見降ろした。
「頻繁に出入りがあるようだな。埃もなく随分と綺麗だ」
「それに」とナタンが階段沿いの壁に掛かっているランタンを指差す。
「消し炭も新しいです」
「……流行病でもないのにそんなに人が死ぬものか」
「確認してみましょう」
手持ちのランタンに精道鉱石の1種であるシェハキム石を入れる。手をかざすと澄んだ光が溢れ出て、闇に落ちた室内を明るく照らした。
ランタンをかざしてぐるりと周囲を見回す。
目映い灯りの輪の中に浮かぶのは、ぎっしりと詰め込まれた簡素な木の棚と、安置された棺だ。一見して何の変哲もない、裏寂しいカタコンベである。
2人はしばし部屋の中央に立ったままランタンの照らす情景を眺めていた。
「カタコンベ……ではあるな」
「ええ」
不意にヴァルンエスト侯がさっと棚の1つに近付いた。彼は置かれている棺を順番にがたがたと揺さぶって行く。上から下に一通り揺さぶったヴァルンエスト侯は厳しい表情でナタンを振り返った。
「異常に軽い」
「……ダミーですか」
「奥はどうかの」
ヴァルンエスト侯が先に立って奥へと進んでいく。石のアーチをくぐって行った先の部屋は中央に台がある以外は先程の部屋と同様だった。
自然に二手に分かれて、それぞれに棺を確認してみる。
「どうだ」
「こちらも空のようです」
「そうか」
ヴァルンエスト侯の渋面がいよいよ深まってくる。彼は手の甲で鼻を押えて周囲を見回した。
「この部屋はさっきの部屋より若干臭うな」
「棺が空なのに、ですか」
2人の目がかち合った。それぞれに瞳が暗いのは、室内の暗さだけではない。
「そういえばこの台は何でしょうか」
ナタンが中央の台にランタンを向けた。その時、不意に階段を下りて来る複数の足音が扉の向こうからして来た。
考えるよりも体が動いた。
2人は素早く両側の棚にそれぞれ身を潜める。ナタンがランタンを消し、息を詰めてじっと様子を窺う。
扉の軋む音がして「全く、ひでぇ雨だな」という野太い声が聞こえた。入り乱れる足音が真っ直ぐに2人の潜む部屋に入って来る。
どすん、と重い物を床に投げ出す音が天井に跳ね返った。
「お前達は上で見張ってろ」
「へい」
数人の足音が部屋から出て行く。少しだけ首を伸ばして盗み見をしたナタンが指で「4」と示す。
ヴァルンエスト侯はしっかりと1回首肯した。
「さてと、じゃ、やるか」
「全く、途中でくたばるとはな。運ぶのもめんどくせぇのに」
「ま、考えようによっちゃ一手間省けるだろ」
「それもそうか。出すぞ」
それ!と気合の声が飛ぶ。
どさり、と台に置かれたのは巡礼者の恰好をした人間であった。肩幅や手足の感じからして男であることが見て取れる。
部屋の中央にある台を取り囲んでいるのは3人の男達だった。いづれも修道士の恰好をしている。4人目の男は気でも失っているのか、台近くの棚に寄りかかって頭を垂れていた。
「どうせ死んでいるんだから服を脱がしてこればよかったな」
「それもそうだ」
「切っちまえばいいだろ、こんなもん」
皮手袋をはめた男達の内の1人が、短刀を取り出して台の上の死体の服を切り開いた。
「とっととやっちまおう」
別の男が手術用と思しき小刀で死体の腹を切り裂く。肉を切り、臓物を開く湿った音がカタコンベ内にしばらく響いた。
「器置いてくれ」
「すげぇな、こいつ。ぎっしり飲んでいやがる」
弾んだ調子で喋りながら男が臓物から何かを取り出して、台に置かれた木桶に入れる。かつん、かつんと上がった硬質な音は金属の物だ。
「いつ見てもいい色だな」
同じように臓物に手を突っ込んだもう1人が手の平を上に向けた。
ランタンの光を受けた手袋は死者の血で、じっとりと重そうに濡れている。その手の上で血塗れになった小さな金の粒が、きらりと輝いた。
目を射抜く黄金の光に男がにやりと笑う。
彼は金の粒をぽいっと木桶に投げ込むと、また臓物をあさり始めた。
思わず洩れた小さな呻き声にナタンは慌てて口元を押える。ヴァルンエスト侯は鬼の形相で、繰り広げられる醜悪な現実を見つめている。
法主の目を掻い潜り、探し当てた真実は予想を上回る悪事であった。
「しかしまぁ、これだけよく飲み込むなぁ。報酬に釣られるのだろうけど」
「報酬なんて払われねぇのに、馬鹿な連中さ。だから棄民なんかになるんだ」
金の粒を回収しきった男達は、腹を開かれたままの死体を乱暴に棺に投げ込んだ。
男達の内の1人が傍らで頭を垂れている男の口に手を当てた。
「死んじまってんのか、こいつ。薬をかがせ過ぎたかな」
「いや、まだ息はしている」
「そうか。じゃ、一思いにやっちまおう。何せこの後も立て込んでいるからな」
男達がぐったりとしている男を台に乗せる。
もう我慢の限界だった。
飛び出そうとしたナタンよりも早くヴァルンエスト侯が俊敏に通路に躍り出る。
「やめろ!!」
老騎士の一喝が雷鳴のごとく、カタコンベの空気を震わした。
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