第6話 欲望の通る道②

「不確定のため報告書には載せなかったのですが……実はあの棄民狩りには不可解な流れがあるのです」


「ほぉ! それは実に興味深い」

 パチン!と威勢よく指を鳴らしてジョーディが反応した。

「具体的にはどんな流れなんだい?」

「結論から申せば、売られたはずなのに売り主の元に戻って来る棄民がいるのです」

「戻って来る? どういうことだ、それは」

 ユベールが咥えかけた煙草を唇の寸前で止めた。


「私達は巡礼団が各領地を通過する度に人数の増減を確認しておりました。どこの領主が顧客なのかを把握するためです。」

「それを調べている内に、頭数が合わないことに気付いたというわけか」


 ザインベルグは見事な彫刻が施されている灰皿で、ギュッと煙草の火を消す。十分に気分転換は出来た。冴えきった頭にもう煙草は必要ない。


「戻って来る棄民に共通点はあるのか? 性別とか年齢とか」

「ほとんどが男性。しかも中年以降の者が多い。後、強いて言うならば何らかの障害を持った者、ですね。隻腕であったり、目が見えなかったり」

「それは……」

 ジョーディの目元が暗く沈む。彼は全てを言わずにただ煙草を咥えた。

「そもそも戻って来るとは言うが、どこに集められるんだ。玉都か?」

「そうですね。玉都です」

「場所の詳細は割れているのか?」


 ザインベルグの質問にナタンは首を振った。

「それもあって報告書には載せなかったのか」

「はい」

「戻って来た棄民はその後どうなるんだ」

「……そこもまだ分かっておりません。玉都に入ったまでは分かるのですが、その後はふっつりと姿を消してしまいます」

「そうか」


 どこか苦々し気に呟いてユベールは新たな煙草に火を点ける。彼が眉を顰めているのは煙が目に染みたからだけではない。


「嫌な感じだ」


 そんな彼の気持ちを代弁するかのようにジョーディがはっきりと言った。言葉にこそしなかったものの、この場にいる誰もがナタンの報告に陰惨な伏流を読み取っている。


「まぁ、いい結末は迎えてないだろうよ」

「中年以上の男ばかり、か。言葉は悪いが奴隷として高値が付く者達ではないな」

「下世話な話、女は幾つであっても需要があるからな」

「それこそ嫌な話だな」

 ユベールとザインベルグのやり取りにジョーディが語気を荒げる。

 

 滅多に嫌悪感を示さない彼にしては珍しい。

 いかなる現実でも飄々と受け入れる人間と思っていたジョーディの、年相応な義憤に驚くと共に多少の好感を感じて、思わず口元を緩める。

 ザインベルグは「そうですね、嫌な話だ」と穏やかに同意した。


 まったくだ、と頷くジョーディのしかめ面はあっという間にいつもの、得体の知れない笑顔に早変わりする。


「その戻って来る棄民達についてナタン殿は何か見解でも?」

「そうですね……」

「んー、定石で言えば何だろうな。何か運ばされている?」

「運ばされている。例えば?」

「例えば、かぁ」

 ジョーディの返しにユベールは煙草を一吸いして宙を睨んだ。


「麻薬、違法採掘の宝石……とか?」

「後、考えられるとしたら金ですね」

「金。金か」

 ナタンの言葉を繰り返してジョーディはユベールに再びパスをした。


「ユベール殿、昨今の国内の麻薬の流通量に変化は?」

「大きな変動はないです。何かを運ばされているにしても麻薬はないでしょうね」

「宝石も可能性は低いのではないかな。どうしても研磨する必要がある」

「では金か」

 ジョーディの呟きに場が静まる。


「金の密輸は相当なご法度だな」

 ユベールが応えた。唇に近付けかけた煙草をおもむろに灰皿に押し当てて、彼は椅子にもたれる。

「何しろ皇帝の持つ貨幣鋳造権に思いっきり抵触する」

 確かに、と独り言のように言って、ジョーディはゆっくりと窓辺に沿って歩き始めた。右手を腰に当てながら、背筋を品よく伸ばして1歩、1歩、慎重に踏みしめる。


「金は国家の根幹だ。皇帝の権限で金の価値を保証することで経済は成り立っている。金の価値の揺らぎは帝国貨幣の信用の失墜につながる。それに金を始めとする希少金属にかかる関税も皇帝の収入源の柱だ」

「つまりは金に関わる権利そのものが皇帝の権力を象徴すると言ってもいい」

 ジョーディが歩みを止めてザインベルグを振り返った。2人の目が宙でかち合う。

 一方でユベールは懐疑的に首を捻った。


「法主といえどもそこまでやるだろうか?」

「相当な大罪だ。しかしまた得られる利益も莫大だ」

 疑問を呈したユベールに向き直ってジョーディは断言する。その瞳は確信を孕んで、輝きを増し始めていた。


 ザインベルグの脳裏に、今朝会ったばかりの自信に満ち溢れた法主の姿が浮かぶ。

 長年に渡り帝国真教のトップに君臨し、利権と利益を欲望のままに貪り続けるあの男ならばやりかねない。


「その莫大な利益を得るためならばリスクも厭わない。……あの法主ならばやりかねないことではある」

 ザインベルグが心に浮かべたことそのままをジョーデイは口にする。

「残念なことにその疑念を打ち消すような人物ではないしね」

「奴隷売買と金の密輸……罪の重さは比べるまでもないな。ナタンを執拗に追ったのは奴隷売買を探られるといづれは金の密輸に辿り着くからか」

「そして大務殿の感じた法主の余裕は」

「本当に隠したいことに私達が辿り着いていないという安心」 

 

 ザインベルグの一言が静まり返った室内にぽとりと落ちた。その場の視線が自然と彼に集まって来る。


「しかし金の密輸はあくまで推測の域を出ない。実は全く別のことかもしれない」

 視線を返しながらザインベルグは続けた。

「まずは玉都にあるであろう拠点を特定するのが先だ」

「法主にこちらの動きを悟られないようにね。僕達が奴隷売買の先に気付いたことを気取られたら尻尾を掴み損ねてしまう」

「要は警務師の偵吏達に総動員をかけることもできんということか」


 こりゃ面倒だな、とユベールが天井を仰いだ。

 彼はそのまま、繊細に作り込まれた天井の意匠をじっと見つめていたが大きな溜息ひとつこぼすと顔を元の位置に戻す。

 がっちりとした顎を更に引き締めたユベールの表情には確固とした意志が漲っていた。


「でもやるしかない。民のためにも国のためにも」


 高まる決意が心地よい緊張感となって行く。

 4人は頷き合って、それぞれの顔に現れた覚悟を確かめ合った。

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