第13話 玻璃破り
砕け散ったステンドグラスが荘厳な破片となって降り注ぐ。破片を浴びた大教院長達の悲鳴が聖堂の高い天井にかしましくこだました。
虹色に散る破片を避けて、両手で頭を抱え込んだフェスタローゼの前に飛び出したのは3つの影。その面々に気付いた法主の怒声が聖堂内に響き渡る。
「……血迷うたか、エフィオン風情がぁっ!!」
「え?!」
思いもしなかった名称に驚いて目を開けた。
フェスタローゼを守るようにして並んだ3つの背中で咲き誇るリーモンの花。リーモンの花を基調とした紋章はエフィオン集団、セレスティアン=シュヴァリエの証だ。
イデルにスーシェ、そしてレト。普段は帝国騎士団に混じり、近衛騎士の装束を纏っている彼らが今は、セレスティアン=シュヴァリエ独自の装備に身を包み、法主の前に立ちはだかっている。
「別に何風情でもいいですが。血迷っているのはそちら様では?」
ぞんざいに“ そちら ”と大教院長達を顎でしゃくったのはレトだ。不躾な態度と物言いだが、大教院長達は誰もが黙りこくってエフィオン達を見つめている。
「教義の守り手でありながら、己が欲望のために皇太子殿下を排除せんとする愚行。これ以上看過することはできない」
イデルは静かに言い置いて、決然とした1歩を踏み出した。彼は大教院長達をさっと見渡すと、心持ち胸を反らして堂々と宣言する。
「我らセレスティアン=シュヴァリエは本日この時より、皇太子フェスタローゼ殿下と行動を共にする!」
「な……何と愚かな……!!」
法主はわなわなと体を震わせると、ばんっと激しく卓を叩いて怒りのままに絶叫した。
「衛士っ! この愚か者共を取り押さえろっ!!」
法主の絶叫に応じて、聖堂の入り口から教院衛士が束となって雪崩れ込んで来る。レトとイデルがいち早く反応して、さっと入り口へと身を翻した。
「スーシェ、殿下を」とイデルに指示されたスーシェは、事の成り行きに立ち尽くすフェスタローゼに片手を差し出した。
「殿下、参りましょう」
「いいえ。私は逃げません」
「は?」
きっぱりとその手を拒絶する皇太子に、スーシェの目が文字通り丸くなる。間抜けに見える程に口を開けて固まる彼に、フェスタローゼは強い決意で伝える。
「私はこの国の皇太子なのです。この場から逃亡するなんて無責任なことはできません。それは皇太子としての責務を放棄することになります」
「いや、ですが。このままこの場に留まってどうなさるのです!?」
「私はこの茶番を認めるわけにはいきません」
「最早、そういう問題ではないでしょう!」
「いいえ、私にとっては大事な問題です」
「何を言っているのですか!」
「もめてないで早くしてくれ、スーシェ」
押し寄せる教院衛士達を自慢の槍で薙ぎ払いながら、レトが叫ぶ。スーシェは苛立ちを隠そうともせずに、性急にフェスタローゼを促した。
「殿下、参りましょう」
「でも」
フェスタローゼは事ここに至っても未だ静寂に包まれている御簾を見やった。そしてひたむきな頑固さで首を振る。
「陛下の沙汰がまだ出ていませんわ」
「いい加減にしてください! どこまで愚かなのですか、あなたは!!」
「愚かで結構よ! 私にはお兄様のような才覚はない。それでも、いえ、それだからこそお兄様から受け継いだものに真摯でありたい!! ここで逃げるくらいなら、皇太子として潔く死んだ方がましですわ!」
「それであなたは満足ですか」
スーシェの両の拳にぐっと力が籠った。彼は仁王立ちで目を見開き、食いしばった歯の間から言葉を押し出す。
「ここで皇太子として死んで、亡き殿下の何を受け継ぐというのですか。生き延びて責務を全うしてこそ、それを果たすことになる。違いますか!」
「それは……!」
スーシェの言葉にフェスタローゼの瞳が揺らぐ。その瞬間、入り口でもたつく教院衛士達に業を煮やした法主のがなり声が響き渡った。
「ええぃ、くそっ! 何をもたついておるのか、早く捕縛しろ!!」
「スーシェ、早く!!」
「逃がすな、扉を閉めよっ!」
種々雑多な声が入り乱れ、剣戟の音が一際激しくなる。
スーシェは、仲間の奮戦振りに視線を走らせてから、改めてフェスタローゼに手を差し出した。
「さあ、殿下」
フェスタローゼはスーシェを見上げた。スーシェが深くしっかりと首肯する。フェスタローゼの華奢な手がスーシェの手に置かれた。スーシェはフェスタローゼの手を強く握り込み、聖堂の入り口に向けて走り始める。
「イデル、レト!」
「承知!」
スーシェからの合図を軽快に受け取ると、レトは目の前に立ち塞がる教院衛士達を横薙ぎに打ち払い、持ち手を寄せて深い構えを取った。
「はぁっ!!」
気合一閃。
突き出された槍の穂先が大気中の精道を巻き込み、激しい衝撃波となって眼前を貫く。細微な模様の彫り込まれた石造りの壁が砕け、柱が崩れ落ちる。レトの放った苛烈な一撃は行く手を遮っていた者達をも含め、その尽くを一瞬で打ち払った。
「やりすぎるな。死人を出すつもりはない」
「ちゃんと手加減はしてるから大丈夫」
イデルの苦言にレトはちょろっと舌先を出して、飄々と返す。そんな2人の元へスーシェとフェスタローゼが駆け寄って来た。
「殿下」とイデルが呼びかける。
「ええ」
フェスタローゼは覚悟の定まった強い眼差しで彼に頷いた。
「参りましょう」
「セレスティアン=シュヴァリエたる我ら、古き皇子との約定により殿下に助太刀致します」
彼女の厳かな決意に、エフィオン達は右手の拳を胸に当てて敬意を示す。
「さぁ」
スーシェにそっと背中を押されて、フェスタローゼは歩き始めた。しかし直ぐに足を止めて、御簾を振り仰ぐ。振り向いた視線とぶつかるのは無情にも閉じられたままの御簾だ。
彼女はふ、と微かに溜息をつくと、前方だけを見据えて、力強い一歩を踏み出した。
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