第4話 優男の矜持 (2)

 乗り込んで来た男は煩わしそうに襟元を緩めて息をついた。

 すっと通った形の良い喉元から鎖骨が仄見えて、抑えきれない色香が匂い立つ。それこそエウリケの話にでも出て来そうな目を引く美男子である。

   

「どうです? 美しい男でしょう?」

 ジョーディがあからさまに訊いてくる。

「ええ。帝国に来てから見た中で一番お美しい殿方ですね」

「一番だって。良かったな、アルフレッド君」

 

 警務師首席准参預、ザインベルグ。

 エシュルバルド王子からラハルト王子への声掛けが、ラハルト王子と懇意にしているメサーユンデール警務大務に波及し、結果最終的に引っ張り出されて来た人物だ。彼はじろりとジョーディを睨み付けて、ぷいと視線を外した。

 

「この御方の戯言に乗らなくてもいいですよ。こういう方なので」

「こういう方とはどういう事だい?」

 ジョーディの横顔を見る。

 彼は心持ち身を乗り出してザインベルグの返答を待っている。

 

 口元に浮かぶ笑みはいつもの人を食ったようなはぐらかすための笑みではなく、わくわくと返事を待つ幼子と同じ真摯なひたむきさが満ちた笑みだ。


 この人はいつでもこんなやり取りをしている。相手が何と答えるか毎回面白がっているのだ。おかしな人だ。

 

「常にふざけているという事です。そのくせ肝心な事は一切言おうとしない」

「アルフレッド君!」


 ジョーディはさも悲しそうによろりとしてオーバーに背もたれへと沈んだ。身振りは悲しんでいるようにしていても、輝く両の目が彼の気持ちをはっきりと表わしている。


「悲しいよ。未来の義弟にそんな風に思われているなんて」

「義弟?」

「そう。彼は私の義弟になるのさ。妹の婚約者だからね」

「物事は正確に言っていただかないと困ります。正しくは婚約者候補なだけです」


 愛想なく返したザインベルグの膝を馴れ馴れしくたたき、ジョーディは肩を竦めた。


「候補だなんて言ったら他にもいるようじゃないか。残念ながら我が愛しの妹君シャルロットは“死神”だの“厄災の姫”だの不名誉な二つ名を頂戴してしまっている。君以外に相手などいないのだよ。ほぼ君で決まりだ」

「どうでしょうね」

 答えるザインベルグはあくまで素っ気ない。


 そんな事よりも、と前置きして彼は軽くジョーディを睨みつけた。

「時間も限られているのでさっさっと本題に入りましょう」

「いやぁ、忙しい所すまないね」

「真実そう思っているのならば厄介事は持ち込まないで頂きたい」

「私としてもエシュルバルド殿下のお声が君に及ぶとは思わなくてね。大変失礼した」


――絶対思ってないやつだ、これ。

 

 ザインベルグも砂霞と同じことを思ったらしい。彼は深く溜息をついた。

 そんな彼に構う様子もなくジョーディが先を促す。


「それで? セルトとかいう女の正体は掴めたか?」

「本名はアンナ=スルズ。ドゥール=ベルテシア女神の揺り籠にあるマカレーナ座付きの端役女優です。今は女優をやっていますが、美人局に寸借詐欺、精道商法での詐取。札付きの小悪党ですよ」

「ふぅん。女優かぁ」

「ある意味、見事なキャスティングですよ」

「そうだねぇ」

 

 ジョーディはしばらく腕を組んで考え込んでいたが、人差し指を唇に当てると「それで? もう1個の依頼は?」

「娘の行方ですね? もう押えてあります。すぐにでも救出できますが」

「素晴らしい以上の男だな、君は!!」

 高く手を掲げて拍手するジョーディにザインベルグは「どうも」と素っ気なく返す。


「こんな短期間で探し当てるとは、君は君で中々にいい伝手を持っているようだな。今度是非紹介してくれたまえ」

「タイミングが合えば」

「合わせる気はなさそうだな」

 そう切り返すも、有能なる首席准参預は華麗に無視を決め込んだ。


「まぁ、いいさ」

「あぁ、そういえば。娘を探す過程で気付いたのですが、どうにも私達以外に彼女を探している者がいる感じはなかったですね」

「やはりそうか」


 1人頷いてジョーディはパチンと指を鳴らした。

「だいたいの全体図が見えて来たぞ」

「つまり?」

 

 訊きながらふとザインベルグを見ると、彼はそっぽを向いて窓の外を眺めている。

 行きがかり上、情報提供はするが彼としてはこれ以上は“知らないふり”というスタンスなのだろう


「結論としては、レオナールの変で浮足立った所を更につつき回りたい御仁がいるってところかな」

「しかしそんなことをして何になる」

「何になる」


 ジョーディは砂霞の言葉をそのまま復唱して、しばらく考え込んだ。

「ま、待っていても木の実は落ちて来ない。大木を揺すってより多くの木の実を得ようという人間がいるってことさ」

「要は今回の政変に乗じて、甘い蜜を吸おうとしている奴がいるってことでよいのか?」

「概ね合っている。遠回りで忍耐のいるやり方だけど、的確に弱い所を攻めて来る狡猾なやり方だ。こんな手を第2皇女が打てるとは思えん」

「色と金と。お忙しい御仁がみえるようで」

 そっぽを向いたままのザインベルグが言った。

 彼はそのままの姿勢で「最近、独り言が多くてね」と涼しい顔で付け加える。


 馬車はしばらく走った後に、小路の入り口でガタンと止まった。

「私はこれで」とザインベルグが立ち上がる。

「ご助力感謝するよ。メサーユンデール侯にも宜しく言っておいてくれたまえ」

 そう声を掛けたジョーディにザインベルグは頷いて降りかけたが、不意にニヤリと人の悪い笑みになった。


「私は何も聞いておりませんので」


 ジョーディは頭を反らし、ははっと笑った。

 ザインベルグ本人は疑わしそうだったが、義兄弟になる未来があるのならばこの2人は実に仲良くなりそうな取り合わせではある。傍から見ていても息の合った、似た者同士という雰囲気だった。


「では失礼致します」

 丁重に頭を下げて彼は外から扉を閉めた。

 くっきりと強くなり始めた夏の陽射しの下、姿勢よく路傍に佇むザインベルグの姿が遠ざかって行く。ただ立っているだけで絵になる様が印象に残る。


「あれは絵になる男だな」

 砂霞が考えていたのと同じ事を言って、ジョーディは今までザインベルグが座っていた側に腰を降ろした。

「ま、実際に絵にもなっている」

「え?」

「彫像もある」

 

 彼はこのように様々な情報をひらひらさせる事がままある。これは5日間共に行動する内に気付いたジョーディの癖だ。

 ほとんどは仄めかすだけで、それ以上の具体的な事は言わないため、聞き流すことに決めている。

 

 代わりに「で?」と彼を正面から見据える。

「これからはどうする?」

「君、どんどん口の利き方がぞんざいになっていくなぁ」

 ぼやきつつも、人懐こい笑顔になって彼は言った。

「それだけ気を許して来ているということか」

 それには答えず窓の外に目をやる。

「つれない人だな」

「ふん」

「ふん、て!」と、目を見開いてから、ジョーディも窓枠に頬杖をついて窓外の景色を見送り始めた。


「セルトに流れた金の行方とかもう少し裏付けが必要な所はあるけど。そろそろ御輿のお2人にも出陣の準備をしていただかないとな」

 

 砂霞は、はっとしてジョーディを見た。

 ジョーディは頬杖をついたまま、凄惨な笑顔になる。

「大捕物の準備だよ、相棒殿」

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