第7話 星見の宴(4)
「イデル殿。見事な腕前ですね」
ニヤニヤと拍手するラムダに、イデルは無言のまま一切の手加減なくデコピンをかました。
「いったぁぁぁ!!」とラムダがのけぞる。
「何がさすがだ。押し出しおって! 自分が行けばいいだろう」
「いやいや。ここはやはり、エフィオンの先輩に行っていただかないと!」
打たれた所を押えてラムダが言い返した。余程痛かったのか、うっすらと涙目になっている。
「まったく! お前はいっつも軽薄な振る舞いばっかりしおって」
イデルは顔をしかめた。
しかしすぐに眉間から力を抜くと、テラスの方を振り返る。
「そういえば珍しくフェスタローゼ様が月割りをご覧になっていたぞ」
「へぇ? 珍しい。姫様が見に来るなんて。初めてくらいじゃないか」
確かに、と考えつつスーシェはテラスを見上げた。そこにはハルツグ達を従えたフェスタローゼが佇んでいる。
スーシェの胸にチリ、と苛立ちの火種がついた。
せっかく見に来たのに騎士達に声もかけずにただ見ているだけ。
これがリスデシャイルだったならば、必ず周囲の者に声を掛けて鼓舞したものだ。
そういう気の回らない所がいつも癇に障る。
内心で盛大に舌打ちしたスーシェの背後で不意に、気取った調子の声が上がった。
「やぁ、エフィオン揃い踏みですね。同じよしみで僕も混ぜていただきたいな」
3人して同時に振り向く。
「ご機嫌よう諸君。いい夜だね」
「ジョーディか。久しいな」
ジョーディ=トソリアント=アウルドゥルクは、イデルに貴公子然とした隙のない笑みで応えた。親愛の情を示すというよりも挨拶の一種といった風の笑顔である。
見るからに上質な素材で作られた流行の誂えものを着込み、しかも着られている感が全くない。幼い頃より、贅沢を贅沢と思わずに受け入れて来たからこその物腰であろう。
「皆様も息災で何より」
「今日はどうした」
「たまには顔を見せないと皆様が寂しがるかと思いまして」
優雅に一礼してみせた彼にイデルが尋ねる。ジョーデイは芝居がかった仕草で大袈裟に肩を竦めた。
「それはねぇなぁ、大丈夫だ」
「おや、ラムダ殿。なんと冷たい」
「それに俺達と一緒にいて変に勘繰られたりしないのか?」
「大丈夫でしょう。あぁ、地統大務と皇内大務のドラ息子同士が親交を温めている、ぐらいにしか思われんでしょう。ねぇ、君」
ねぇ、君、と呼びかけられたスーシェは眉をひそめた。
スーシェの父は皇族の身の回りを取り仕切る皇内師の長で、ジョーディの父は農務全般を取り仕切る地統師の長だ。そこは単なる事実であるから別にいい。
だが、近衛騎士として任務についている自分と高等遊民としてふらふらしている彼とを同じ括りにされたのはかなり心外だ。
「貴殿とは一緒にされたくないが」
「君もまた素っ気ないなぁ」
ジョーディはさして傷ついた風もなくさらりと流す。そして、テラスのフェスタローゼにちらりと視線を送った。
「我らの皇太子殿下が珍しく月割りをご覧になってますね」
「そう、ちょうどその話をしてたんだよ。珍しいなって」
「会場は息が詰まりますからね。あの殿下には針の筵でしょう」
「まぁ、そうだろうね」
ジョーディの言葉にラムダが苦笑混じりに頷いた。
「精道法が使えないだけであれだけ虚仮にされてはね」
「しかし精道神アマワタルの血統に生まれながら、精道法が全く使えないなんてこと普通あるのでしょうか?」
スーシェの疑問に他の3人がつと目を合わす。
「普通ってつけるの俺は好かん」
ラムダががりがりと頭を掻く。
「精道法が使えなくたって姫様はれっきとした皇族だし、立派な皇太子だ」
「そうですとも。儀式の一部を任されただけで皇太子の地位に欲を出しているどこかの第2皇女よりかよっぽど立派です」
「直截に過ぎるぞ、ジョーディ。口を慎め」
「自重いたします」
ジョーディは素直に頭を下げた。しかしすぐにぱっと顔を上げると、皮肉気に口元を歪める。
「いえね? 今日もフェストーナ様が取り巻きをぞろぞろ連れて、皇太子殿下につっかかっていたものでね。あういう振る舞いは如何なものかと思いまして」
「またか、あのお方は」
イデルの渋面がより一層苦々しさを増す。
「御自分の振る舞いがどんな影響を及ぼすか、いい加減に自覚していただきたいものだな」
「無理でしょうね。諌める方がみえないから。フェストーナ様の乳母殿に至ってはどうにも裏で焚き付けている節がある」
「でしょうね」とスーシェは頷いた。
「でも仕方ないよなぁ、フェストーナ様が勘違いするのも。何せ一般の人間じゃあ精道法の使えない意味なんて分からないもんな」
「使えない……意味?」
ラムダの言葉に微かな引っ掛かりを覚えて、スーシェは首をひねる。次の瞬間、イデルの肘鉄が思いっきりよくラムダの脇腹に食い込んだ。
「ラムダ、お前は口が軽過ぎる」
「うぉっほぅ!!」と奇妙な声を上げて痛がるラムダの姿に場の意識が逸れる。
「全く」
呆れの吐息を洩らすイデルの横で「そういえば」とジョーディが気障ったらしくパチンと指を鳴らした。
「今日は副団長の伝書鳩役でした」
「副団長から?」
「紫翠国の第3王子が来ているのは御存知ですよね?」
「もちろん」とイデルが同意する。
彼に合わせてラムダとスーシェも首肯した。
「王子に付き従っている女騎士が1人いるでしょう」
「あぁ、いるな。男性に女性の護衛がつくとは珍しいと思ったからよく覚えている」
ジョーディの瞳が底光りする。
「あれはエフィオンらしい」
「……ほぉ」
「異国のエフィオン故、念のため警戒しておけ、と。特に皇太子殿下周辺は」
「殿下の周辺を?」
なぜ?と訊きかけた言葉は、わっと上がった歓声に掻き消された。
月割りをしている方に目を向けると、エシュルバルドが残念そうに首を捻っている所だった。
あどけない少年皇族は挑戦には失敗したものの、楽しそうにテラスのフェスタローゼに向かって手を振っている。従弟に惜しみない拍手を返す彼女もいつになく優しい自然な笑顔だ。
ちゃんと出来ているかという心配が透けて見える笑顔ではない。
思えばリスデシャイルが生きていた頃はいつもあの笑顔だった。しかし、今となってはそんなことも忘れてしまうくらいに、彼の皇女は陰鬱な表情ばかりしている。
兄君の死で変わってしまった境遇には多少の同情も感じる。しかしいつまでも借り物を預かっているような態度で皇太子を務めている彼女の土台の弱さが、歯がゆく疎ましい。
「まぁ、とにもかくにも。我ら帝国外のエフィオンには注意を払っておいた方がいいてことだな」
イデルの落ち着いた声がスーシェを物思いから引き戻す。
スーシェは心中深くに秘めた思いに蓋をして、重々しく彼に向かって頷いてみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます