第4話 星見の宴(1)
着飾った御婦人方の
星見の宴の会場である四季宮・
一通りの挨拶を終える頃には、フェスタローゼもエシュルバルドも精魂尽き果ててぐったりとしていた。会場の壁際に設えられた椅子に仲良く並んで座り、華やぐ会場を見渡す。
「殿下」
ハルツグが2人の椅子の傍らにふわりと膝をついた。
「温かいお飲み物でもお持ちいたしましょうか」
「そうね……。お願いするわ。エシュルバルドは何がいいかしら?」
「僕は温かい紅茶がいいです」
「では、私も同じものを」
「承知致しました」
感じの良い微笑みで返して、彼女は「サティナ殿……」と辺りを見回した。
「あら?」
「雲隠れですね」
籠手の具合を直しながら、帝国騎士団皇衛隊2番隊々長のアンリエットが肩をすくめた。
「令侍が姿を消すなんて!」
「自由奔放な事で」
ハルツグの嘆きにエシュルバルド付き近衛騎士のレトが快活に笑う。
「呆れた方ね、本当に」
がっくりと肩を落として盛大な溜息をつくハルツグにはフェスタローゼも同情を禁じ得ない。
「殿下、申し訳ございません。重々、言い聞かせておきますので」
「いいのよ。気にしないで」
律儀に頭を垂れた忠実なる少参丈に、精一杯の労いの気持ちを込めて言葉をかける。
残念ながらサティナは言っても聞きやしない。
そんな考えが心中に浮かんだが、さすがに口には出来ない。
「ではすぐにお飲み物をお持ちいたします」
言うが早く、ハルツグはせかせかとした足取りで去って行った。
「言って聞くのならいいのですけどね」
ハルツグの背中を見ながらアンリエットが呟いた。彼女も同じ事を思っていたようだ。
「やっぱり、皇宮の星見の宴は規模が違いますね」
エシュルバルドの楽しそうな声がすぐ隣で上がる。彼はきらきらとした好奇心を瞳に湛えて、会場の中を忙しなく探っていた。
「東都でも星見の宴はあるの?」
「ええ。“モーニアフォル”、えぇっと……種まきの指標星ですよね? 東都でもモーニアフォルが見え始める頃に星見の宴はやりますよ」
快活に答えて、エシュルバルドは「尤も」と可愛らしく微笑んだ。
「豊作祈願の方がメインで。後は私達一家と東都にいる大夫院の面々と、地方貴族達が寄り集まって夕食会という感じです。皇宮に比べたらすごく慎ましやかです」
「豊作祈願は同じだけど、皇宮はその後の社交の方がメインですものね」
「そうですね」
「大丈夫? 疲れてないかしら?」
「いいえ、ちっとも」
首を振って、エシュルバルドは粒の揃った歯を上品にちらりと見せた。
「様々な方とお会い出来て僕は楽しいですよ」
「それなら良かったわ」
目を合わせて、どちらからともなく小声で「ふふ」と笑い合う。信頼し合う者同士の連帯感が漂う空間に不意に尖った声が斬りこんで来た。
「あらぁ、こちらに見えましたのね。お姉様」
目を上げずとも聞けば分かる。
可愛らしい高音で
「フェストーナ」
「はい」
妹姫フェストーナは小動物を思わせる可憐さで、ふわりと膝を折ってみせる。フェスタローゼのくすんだ深緑の髪色とは違う、柔らかな青磁色の髪がいかにも雅やかに肩から零れた。彼女は喉の奥の方で、くっくと愛らしく笑って、エシュルバルドに目を向ける。
「エシュルバルド様もこちらにお見えでしたのね」
「ええ」
「お2人揃っていると従姉弟同士というより、本物の姉弟にみえますわね。私、ちょっぴし妬けてしまいますわ」
そうじゃなくて?、と取り巻きを見渡す声に同意の返しが押し寄せる。
「まぁ、エシュルバルド様としても東都領主のお姉様に親しみがあるのでしょうけど。私とも仲良くしてくださると嬉しいですわ」
「それはもちろん。同い年のよしみで是非、仲良くしてくださりませ」
「そういえばお姉様」
エシュルバルドは、さっと立ち上がると腰を屈めて片手を恭しく差し出した。だがフェストーナの方は気付かない振りで彼の手を受け流す。
エシュルバルドは一瞬困った風に眉を下げたが、直に上品な笑顔に戻ると何事もなかったかのようにフェスタローゼの隣に腰を降ろした。
「お姉様にお会い出来たらお渡ししたい物がございましたのよ」
「何かしら?」
「こちらの胸飾りですの」
取り巻きの1人がビロード張りの小箱をサッとフェストーナに渡す。
「胸飾り?」
怪訝な表情で受け取ると、フェストーナは自分の胸元でゆったりと五色に輝く、美しい宝石細工の胸飾りを示した。
「最近流行り始めた物ですのよ? お揃いに致しましょうよ、お姉様」
「お揃い、素敵ですわね」
「2人だけの姉妹でいらっしゃるのですからね」
三々五々上がった追従に囲まれながら小箱を押し開ける。
フェスタローゼは「あら」と、当惑の声を上げて小箱の中身を見つめた。
小箱に収まっている胸飾りは確かにフェストーナの胸元にある物と同じ細工ではあった。しかし、どうしたものか肝心の宝石は暗く沈んだ色をしている。
「まぁ?」
フェストーナの声が一際高く会場に響く。その甲高い声に周囲の貴族達が振り返る。
「おかしいですわねぇ? どうして光らないのかしら? 当然光るものと思ってましたのに!」
「これ……」
エシュルバルドが横から覗き込む。彼がちょんと宝石をつつくとほわん、と淡く光が灯った。
妹の意図に思いが至りカッと頬が熱を持つ。
宝石が光る仕組みに精道法が使われているのだろう。つまりは、端からフェスタローゼに恥をかかすためだけに用意されたものなのだ。
この間の月次祭の意趣返しか。
恥ずかしさでうつむくフェスタローゼの頭上で、おろおろと困惑している体でフェストーナが周囲の取り巻きに助けを求める。
「あらまぁ、どうしましょう。皆様? 私ったらお姉様になんて粗相を! ただお揃いの物をつけたかっただけですのに」
「精道法が使えないとはお聞きしておりましたが、まさかここまでとは私も思わず……お勧めした私のせいですわ!」
「いいえ、あなたは悪くなくてよ? 私達のことを思っての気遣いですもの」
悪意の猿芝居にフェスタローゼは胸元をぎゅうと強く握りしめた。
見かねたエシュルバルドが「失礼ながら」と口を開いたが、その言葉はハルツグの朗らかな声に掻き消される。
「あら、素敵な胸飾りですこと! さすがフェストーナ様の御見立ですわね」
顔を上げる。
ほわりと湯気の上がる紅茶茶碗の乗ったお盆を抱えたハルツグの姿が目に入った。
彼女は近くにあった脚の長い小卓にお盆を乗せると、フェスタローゼの膝に乗っていた小箱を取り上げた。
「お揃いなのですわね? お可愛らしいこと!」
あくまではしゃいだ様子を崩さずにハルツグは胸飾りを取り出すと、宝石に手を翳した。途端に宝石から放射状に七色の光が溢れ出して辺りを目映く照らす。
「あらあら、まぁまぁ。随分と賑やかな光ですわね」
ハルツグの手がそっと宝石の表面を撫でる。周囲に漏れ出していた強烈な七色の光がすぅっと収まった。
「随分と面白い細工ですけど」
ハルツグは丁寧に胸飾りを元の小箱に戻した。そして、両手でそれを取り巻きの1人に差し出しす。
「皇太子殿下がおつけになるには少々、品がありませんわね。お立場にふさわしい装飾品という物がございますので」
きっぱりと言い切ってハルツグは優雅に微笑んで見せる。フェストーナのくっきりとした瞳が、怒りを含んで見開かれた。
「何ですって?!」
「これはこれは。お美しい姫君2人が揃い踏みですな。何と華やかな」
一触即発の火花が散りかけた場に一筋の声が穏やかに割りこんで来た。
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