オマケアフターその9 姉妹でデート 前編

「デートだよおねーちゃん」

「で、デートですか?」


 とある休日の朝。

 加々美家の食卓においては珍しく、華恋とエリカが向かい合って座っていた。

 普段なら誠一郎と向かい合って華恋やエリカが座っているのだが、家主は本日外出中なのだ。


 何故かというと――。


『ちょっと今度の休みに誠一郎君借りていくわね? いい加減お誘いを断り続けるのもアレな感じのご招待の案件があるんだけど、私独りで行くのも寂しいし』

『自分とこの事務所の人でも誘ったらいいじゃないっすか……』

『嫌よ。旅行先ですら仕事モードとか、疲れるじゃない。好き放題に羽伸ばしたいでしょ』

『俺の前なら好き放題していいってか? え。てか旅行って、まさか泊りなんすか?』

『そりゃいいでしょ。大丈夫よ、一緒の部屋でも襲ったりとかしないから、多分』

『多分ってなんだよ!? つーかまた部屋一室しかないのかよ!? 絶対に酒飲まないでくださいよ!』

『じゃ、二人は加々美家の留守番よろしくね~』

『スルーすんな! あんた酒飲むと……おぃこら聞いてます!?』


 ――と、いった具合で東に拉致られたからである。


 ゆえに、本日の二人は留守番ということになっているわけだが、別に外出を禁じられているわけでもない。夜だけ家にいてくれればいい、くらいの気軽なお留守番だ。


「今日はあたしとお外でデートしよう、おねーちゃん」


 よってエリカの提案に問題があるわけではない。

 姉妹でデートにいく、という目的以外は。


「デートって、なぜまた急に。しかも私とエリカで?」


 華恋の質問に、エリカは妙に重々しく頷いてから答えた。


「最近さぁ、理恵たち……あたしの友達がさぁ、誠おにーさんを遊びに誘いたがるんよ。なんか一回遊んだことで味しめたらしくてさ」

「仲がよくていいのでは?」

「いい。いいんだけど、よくない」

「よ、よくないんですか?」

「だってさぁ。誠お兄さんとどっか遊びにいくのなんて、ゆうてあたしらもそんなに機会なくない? 理恵たちに遊びいく回数で負けたりしたら由々しき事態だよ!」


 ――あの三人とそこまで頻繁に遊びにいくことになってたまるか。

 と、誠一郎本人がいたら言うところだろうが残念ながらここにはいない。


 したがってエリカの言いたい放題である。


「誠お兄さんだって男子だからね。女子三人に囲まれて、一緒に遊ぶと楽しい~とか、頼りになる~とか、結構好き~だの言われてたら心が揺れちゃうかもでしょ?」

「あの人がそれくらいで揺れますかねぇ……?」


『女子に囲まれる』という点においては、そもそも女子二人と同居しているのに(良くも悪くも)何も起きてないという確固たる実績がある誠一郎である。


 華恋の言うことももっともではあった。


「万が一の話しなの! そこで、あたしらはより誠お兄さん相手に特化した遊び……もといデートを出来るように、練習しとくといいかなと思ったわけ」

「ははぁ。つまり予行演習がしたいわけですか」

「そう! 攻撃力アップ狙いだねっ」

「攻撃力って。まぁ、いいですけどね。私もデートというものには詳しくありませんし、何事も予習は大切ですから」

「そういうこと。ってわけで、今日は予行演習デートだよおねーちゃん!」

「分かりました。相手が妹というのは若干釈然としませんが、デート、いきましょうか」







「で、行かないんですか? 外に」

「行く行く。でもその前に準備をね。まずはメイクっしょ」


 エリカの言う予行演習には事前準備も含まれているらしく、椅子に座らせた姉を前にメイク道具を広げだした。


「お化粧ですか? 私、あまり上手にできる自信ないんですけど……」


 華恋は普段、化粧っ気があまりない。

 無論、女子として諸々それなりに気をつかってはいるが、あまりメイクなどに力をいれたことはなかったのである。


 特にデート用メイクなどしたことがなかった。


「まーね。おねーちゃん元が良すぎるから、しっかり目にメイクとかぶっちゃけ無くてもいいんだけどさ。今回は実験も兼ねてあたしがしてあげる」

「エリカがメイクしてくれるんですか?」

「うん。だからこっち向いて座ってね~」


 華恋が座っている椅子の真正面にエリカが座る。


「とはいっても、う~ん。あたしも予算の関係とかで普段からがっつりメイクする方じゃないしなぁ。自分以外の顔にするのもあんまり経験ないし、上手くできるといいけど」


 前髪をピンで留めた姉の顔を、眉間に若干シワを寄せつつ難しい表情で覗き込むエリカ。


「……こうして近くでみると、エリカは本当に美人ですねぇ……」


 華恋の素朴な呟きに、妹の難しい表情が崩れた。


「い、いきなり何? おねーちゃんも十分可愛いでしょ」

「いえ、こうやって向かいあって顔を意識してみると改めてそう思った、というだけなのですけど」

「いや、姉妹で顔褒めあってるの恥ずいから」

「そうでしょうか? それをいったら姉妹でデートに行くためにメイクをしようとしている段階で既に相当恥ずかしいのでは?」

「急に冷静にならないのっ。いいからほら、下地塗るからこっち向いて……ってもうっ、やっぱ顔がいいなぁっ」

「エリカだって褒めてるじゃないですか」

「いいから目を瞑るっ」

「は~い」


 ――数十分後。


「うん、よし! 我ながら恐ろしいモノを作りだしてしまった気分だわ。今のおねーちゃんならどんな男子の精神も一撃でもっていけそう。ま、誠お兄さんは別として」

「人の顔面を兵器みたいにいうのやめてもらえます? しかも誠一郎君に効かないなら意味無いじゃないですか」

「いや、効く。効きはするはずだから。でもほら、おにーさんは耐久度がねぇ」

「あぁ、クラフト系ゲームでいうところの高耐久ブロックみたいですもんね」

「……いや、その例えもどうかと思うけどね?」


 結局、メイクが終わった後も服のコーディネートやらヘアメイクやらを試行錯誤していたら、出かける頃にはお昼前になっていたのだった。







「デートでご飯いくならどこがいいと思う? って友達に聞いてみたんだけどー。とりま、ファミレスでもいけば? って言ってた」

「ファミリーレストランですか。確かに、近所にもありますね」

「そうそう。予算的にも手頃だし、色々なメニューあるからって」

「私達二人でこの手の外食は久しぶりですねぇ」

「そだねぇ」


 やっと外に出た姉妹は、近場のファミリーレストランに到着した。

 お値段も手頃で学生にも人気のチェーン店である。


 昼時なのもあって店内は結構な賑わいだった。姉妹の通ってる学校に近いこともあり、実は華恋やエリカの同級生もいたりする。

 二人は慣れない外食に落ち着かない様子で席につくが、周りにも二人をチラチラと見ている者が多くいた。


 ただでさえ目立つ華恋とエリカが二人揃って、しかも妙に気合いを入れた格好でいるせいなのだが。


「なんだか、ちょっと落ち着かない感じですね」

「う~ん、そだねぇ。これ、誠お兄さんは苦手そうかもなぁ」

「あぁ、誠一郎君は人が多いところ苦手そうですもんね」

「そうそう」


 注文を済ませた二人は、本日の目的であるところの『対誠一郎用デート対策』について早速喋りだす。


「そう考えると、前に行ったあのグランピング? ってやつは誠お兄さん向きだったんだなぁ。流石、おにーさんと付き合いの長い東さんの提案って感じ」

「確かに。あの時は色々ありましたが、グランピング自体は誠一郎君も結構気に入っていた感じでしたもんね。割と自然の多いところに行くのは好きなのかもしれません」

「つまり、デートでアウトドアはアリ、と。でも、あたしらの場合はグランピングなんてやるお金ないしなぁ」

「低予算でできるアウトドアデート、ということになりますかね。なら、本当にキャンプとか?」

「いやいや、キャンプって結構お金かかるっぽいよ? あたしも詳しくは知らないけど、友達がハマってるらしくてちょっと聞いた。道具とか高いんだって」

「ははぁ。となると、泊りとかでなくもう少し身近ですませられるアウトドア…………山に、登るとか?」

「登山、は本格的にはキツイとして、ハイキングってのはありかもね」

「はい。何より健康的ですしね。誠一郎君の為にもなるのが素晴らしいです」

「あ、あはは。うん、まぁそうだね」


 また母親のようなことを言いだした姉にツッコミ所は感じつつも、言ってることは間違ってないと思ったのでスルーするエリカ。


 もしこの場に誠一郎がいたら、是非ツッコンでおいてほしかったところだろう。

『いきなり山登りとか絶対キツイって』的な意味で。


「あ、頼んだのきたよおねーちゃん」

「凄い……ロボットが運んでくれるんですね」


 二人が料理を受け取ると、すぐ後に声をかけてくる者がいた。


「ねぇねぇ、君ら二人だけなの?」

「めっちゃ可愛いね二人とも……ってほんとにすげぇ可愛いな……」

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