オマケアフターその4 ある日の日常(後編)
リビングに移動した後、ゲームは取りあえず一旦休憩ということで飯の準備をしたり、華恋は家事諸々を始めたりといつもの日常に戻った。
かと思ったのだが。
「おねーちゃん、あたしもう寝るけど……?」
「はい。先に休んで大丈夫ですよ。おやすみなさい、エリカ」
「う、うん。おやすみぃ」
華恋がゲームを再度始めてしまった。
仕事や勉強をきっちりやり終わってから始めるあたりが華恋らしいが、その分だけ時間が遅くなってしまっている。
まぁ俺は普段からこれくらい深夜でも普通にゲームしたりしているけど、華恋の場合は多分初めてのことだろう。
「華恋、ここでゲームやるならこれ羽織っておいたほうがいいぞ」
普段俺がゲームする時に使っているブランケットを差し出す。
風呂上がりなので、湯冷めには気をつけた方がいいだろうからな。
どうも相当このタイトルにハマったようで、随分と集中してゲームをしているようだから体が冷えても気が付きにくいかもしれないし。
「あっ、すみません……ありがとうございます」
「いや、いいけど。そんなに面白かったか、このゲーム?」
「そうですね。なんというか、あれを集めて、集め終わったらこっちを作って、そしたらこれを集めて――ってやっているといつの間にか時間が経っている感じかもしれません」
あぁ、まさにそういうゲームだわな。クラフト系ゲームって。
華恋の性格にかなりマッチした内容だったわけだ。
「まぁ思う存分やってもいいけど、体には気をつけてやれよ? あんまりやり慣れていないことは長時間やると疲れやすいからな」
「えぇ、気をつけます。……ふふっ」
「ん? どした?」
華恋がクスクスと珍しい笑い方をしている。
何か面白かっただろうか?
「あ、いいえ。なんだか、いつもと心配する立場が逆だなぁって。なんだかちょっとだけ可笑しくって」
「あ~、まぁ、そうかもな」
いつもはゲームのしすぎを俺が華恋に心配されているからな。
そういう意味では貴重な機会かもしれない。
もっとハマってる華恋を見ていたい気もしてきた。
「でもほら、俺はゲームするヤツの味方だからさ。心配するにしても肩など凝ってませんか~? みたいなところかな」
「ひゃっ!?」
冗談半分で華恋の肩を揉んでみたら、なんかえらく可愛い声が出た。
「悪い。痛かったか?」
「ぜ、全然大丈夫です。ちょっとくすぐたかったというか、びっくりしただけというか。でも気持ちよかったというか……」
気持ちよかったのはよかったのか。
あー、そういえば胸がデカイと肩凝るって聞いたことあるわ。
……今度マッサージの勉強でも軽くしてみようかなぁ。
「ま、何にせよキリのいいところまで続けたらいいさ。俺も自室でゲームしてるから」
「はい。でも、体には気をつけてくださいね?」
「一応それは言うのか……」
今は『お前がいうな』状態だと思うんだけど。
でも俺と違って華恋は適当なところでちゃんと休むか。
数時間後――前言撤回。
「華恋、お前、今の時間知ってるか?」
「え、えと、その、キリのいい止め時がわからなくて……」
ばつの悪そうな顔で目線を逸らす美少女が一人。
自室でゲームしてからリビングに戻ったら、華恋がまだプレイを続けていたのだ。
カーテンの隙間から既に朝日が漏れているのが見える。
つまり、もう早朝だ。
俺も人の事は言えないが、一体今日何時間ゲームしてたんだこいつ?
「それになんといいますか、このブランケットを羽織っていたらいつまでもゲームしていられる気がしてというか。その、安心感があって集中できてしまって……」
ブランケットがなんかゲームのバフアイテムみたいな扱いになっている。
いや、俺がゲームしてる時に使っているからといって別にそんな効果は宿ってないからな?
「はぁ。俺もまったく同じ時間まで起きてたわけだから何か言える立場でもないけどさ。でも、あんまり徹夜とかはしない方がいいぞ? 多分」
因みに、俺がこんな時間まで寝れなかった理由はベッドに横になった時に不意に他人の香りを感じて意識してしまったせいだ。
まぁ他人ていうか華恋とエリカなんだけども。
どうにも、最近は二人のことを以前とは違う意味で意識し始めてしまっている部分があって大変にまずい。
「そう、ですね。なんだか今になって一気にどっと疲れた気がします……目もかすみますし、頭もぼーっとしますし。次からは長時間続けないように気をつけます」
「それがいいだろうな。俺もなるべく気をつけるよ」
華恋がそう言って立ち上がって、同時に『きゅう~』っと小さく腹の音が聞こえた。
「あっ……ぅ~……」
「ま、そらこんな時間までゲームぶっ続けでしてたら腹も減るわなぁ」
だからそんな声にならないような声出して恥じんでも大丈夫だってば。
俺も腹減ったし。
あー、そだな。そういうことなら。
「よし、華恋。朝飯買いにいこう」
「はぃ? こ、こんな時間にです?」
「あぁ、今日だけな」
偶にはいいだろ。
華恋の初ゲーム徹夜記念ってことで。
二人で服を着込んでから外に出る。
目的地は近所のコンビニだ。
朝日が既に登り始めた町は、しかしまだまだ薄暗くて独特の静けさに浸されている。
二人の足音がよく響いて、妙にそれが心地よく感じた。
「なんだか、不思議な気分です。こういうことあんまりしたことなかったので」
「華恋はそうだろうなぁ」
「あ、でも早朝にコンビニへ行くのは誠一郎君の家に押しかけた最初の朝を思い出しますね」
あ~……そういえば、華恋がウチに泊まった最初の朝、朝飯を作る為にコンビニで食材を買ってきてくれたんだっけ。
そんなに昔の事というわけじゃないのに、えらく懐かしく感じるなぁ。
「あの時は、こうして二人で、こんな時間に買い物に行く日がくるなんて思ってもみませんでした」
華恋が感慨深そうな、それでいて満足げ? 楽しげ? な微笑みを浮かべながらそんなことを言った。
もしかしたら纏めるとソレは『幸せそうな』というやつなのかもしれないが。
「そりゃ、こっちも同じだよ。というか、今もなんでこんなことになってるのか実感湧かないしな」
「そうなんですか?」
「まぁな。俺たちの関係って結局よく分からないだろ? だから偶にこういう時間……なんていうのか、一緒に過ごしているからこその日常? みたいなのを感じると落ち着かない気分になるっつーか」
落ち着かないのと同時に、やたらと満たされたような気分になっている自分も確かにいるのだが。
それを言うのはあまりにも恥ずかしい気がしたので口には出さなかった。
「よく分からない関係、ですか。確かに私たちは恋人でも友達でも、家族でもないですもんね」
そう、俺たちはなんでもないただの他人。
そして、多分誰よりも近くに寄り添ってしまった他人。
「でもいいんだと思います、それで」
それでって、どれのことだ?
と、聞く前にコンビニについてしまった。
なんとなく聞くタイミングを逃してしまったので、華恋がコンビニで何を買うのかに興味を移行させる。
華恋はパンを、俺はおにぎりを買って店を出た。
自宅に帰り着く頃には朝日が完全に登って、空の青さが徹夜の目に痛いくらいくっきりと写っている。
流石に頭が寝不足でぼ~っとするな。
「誠一郎君」
「ん?」
玄関のドアの前で不意に華恋が振り返った。
「私は、誠一郎君が望むなら何にだってなります。一緒にいられるのなら、それでいいと思っているから」
……へ?
「だから、いつか聞かせてくださいね? 私に、何になってほしいのか」
その時の華恋の表情は差し込む朝日のせいではっきりとは見えなかった。
幸せそうだったのか、イタズラっぽい笑顔だったのか。
分からないままに華恋は向き直り家に入っていってしまった。
――何になってほしいのか。
恋人、友達、家族? それ以外の何か?
或いはそれら全部。
俺は、彼女の何でありたいのだろう?
いや、だから、そんなのが簡単に答えられるんなら苦労しないんだよなぁ。
でもまぁ、いつか。いずれ。
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