7章 負けても勝っても人生は続く

オマケアフターその1 華恋さんホラーです

 華恋とエリカ、二人との同居が再スタートしたわけだが。


「すみません、誠一郎君。今日の御飯はいつもより美味しくないかもなんですけど……」

「いやそんな言い方せんでも。少なくとも俺からすれば十分美味いから大丈夫だってば。ほら、唐揚げとか美味しかったし」


 本日はエリカ不在である。


 基本的に、二人とも交代で実家? というか母親の元に帰っているからだ。

 今日は華恋だけがウチにいるパターンということだな。


 勿論二人揃うこともあるのだが、時間帯とか曜日による。別に厳密に決まっているわけじゃないけど。

 ただまぁ、神代家で新しく借りたアパートっていうのが思った以上にウチの近所だったからなぁ。

 具体的にいうとコンビニに行く位のノリでこれる範囲だったから、エリカとかは不意にこっち来たりすることもあるんだけど……。


 物件を『俺と東さんで探した』とは言ったものの、実際のところは東さんのツテで地元の不動産業者をあたってもらって、俺は家賃とか間取りを見ただけだったからな。

 まさか住所がこんな近くだったとは、東さんの意図的なナニカを感じる。


 例えば、この距離感だといつかうっかり神代姉妹の母親とかにも遭遇しかねないし。

 二人を家から返してからしばらくは、俺が殆ど引き籠もり同然の生活をしてたんで偶然会うこともなかったのだろうけど。今後はそうもいくまい。


 個人的には色々な意味で会いたくないのだが、東さんには『いい加減会っておきなさいよ。雇用主……なのは私が間に入っているからいいとしても、何より二人とは今後アレでコレなことになる可能性があるんだから』とか言われているからな。


 なんだよ、アレでコレって。


 いやまぁ分かるよ、分かってるけどさ?

 こっちだって健全な男子高校生だもん。嫌というほど分かっているけどもさぁ。


「はぁ……」

「や、やっぱり、エリカの御飯の方がよかったですか?」

「えっ!? いや、ちがっ。これはただ、考えごとをしていただけだって」


 現在、華恋と二人で夕食の最中である。


 なんつーか、華恋と二人きりでこうしているのって何気に久しぶりな感覚ではあるな。

 華恋とエリカの二人が対面に座っている期間の方が長かったし。


「うん。ちゃんと美味しいから。っていうか、エリカが来る前よりも上達してると思うけど」

「ありがとうございます。最近はエリカの手伝いをしてましたからね。誠一郎君のお陰で色々と余裕ができたので、料理をする機会も増えましたし」


 そりゃ何よりだ。


 華恋のやつ、何気にエリカより飯が上手く作れないことがコンプレックスだったりする部分もあったみたいだからな。

 エリカはエリカで姉にコンプレックスあったみたいだけど。ほんと、この姉妹は正反対なのに似ているよなぁ。


 ――それにしても。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。お茶を淹れますね?」

「あ、うん。あざっす」


 ――なんていうかこう。


「洗い物の前にお風呂の用意しちゃいますから、お皿とかは流しに置いておいてください」

「え? いや、だったら俺が洗」

「いえ私の仕事なので。今度こそ本当に仕事なので。お給料貰っているので」

「……はい」


 ――うーん? やっぱりなんか。


「華恋さ、なんかこう、雰囲気固くないか今日?」

「え?」

「いや、体調でも悪いのかなって」


 或いはなんぞ悩みでもあるのか。

 こいつ、そういうのあんま顔には出ないっぽいけど、雰囲気に滲むタイプだからな。


「……いえ、全然、これっぽっちも体調は悪くないですが」

「ですが? なんか困ってるとか?」

「…………いえ、全然まったく、微塵も困ってはないですが」


 うん。これは絶対になんかあるわ。

 露骨に俺と目を合わせなくなったもんな。


 ただ確かに体調不良とか深刻な悩みってわけではなさそうだ。

 一体なんだというのだろう?


「まぁよく分からんが、もし深刻になりそうな話しなら早めに言ってくれよ?」

「………………はい。あの、その場合、誠一郎君は協力してくれるということで?」

「え? そりゃするだろ。俺が協力可能な範囲ならな」

「……………………分かりました。必要に迫られたら誠一郎君に頼みにいきますね」


 な、なんだ? なんか分からんがちょっと怖いんだが。




 怖いなぁ、怖いなぁ、と思いつつも歯を磨き、風呂に入り。

 今は布団の中にいる。


 あれ? なんもなかったな?


「う~ん、なんだったんだろ、華恋のやつ?」


 あの雰囲気からすると確実にナニカはあるんだろうが、でも確かに緊急性のある雰囲気ではなかったとも思う。


「ま、いいか。明日エリカにも聞いてみればいいし」


 仲良し姉妹だから、多分妹に聞けばなんか分かるだろう。


 そんなこんなで、目を閉じた。




 夢うつつの感覚。

 明晰夢というのだろうか?

 夢を見ているのか、起きているのかよく分からない状態。

 金縛り、とか俗にいわれているアレも、そういった夢の一種なのだとか。


 俺は今まさに金縛りにあっている、ような気がする。


 体が重い。というわけでもないのだが、なんか動きが制限されている気がするし。

 なんか、すぐ近くに人の気配を感じるような気もする。


 金縛りって初めて体験したけど、なるほど噂に聞いた通りに人の気配とかするんだなぁ。

 妙な圧迫感があって確かに怖ぇかも。


 なんか息づかいまで聞こえる気が………………。


「……………………おぃ」


 うっすら目を開けると、華恋がいた。


「いや、怖ぇよ。なにやってんだお前マジで」


 仰向けに寝ている俺の上に、覆い被さるようにして華恋がこっちを見ている。

 いやホントに意味不明過ぎて怖いんだけど。

 華恋の目がいやに真剣なのも余計に怖い。


「夕食時に言っていた件で、必要に迫られた気がしまして」

「はぃ?」


 夕食時って、なんか悩みだかがあって、俺が協力して云々というアレか?


「必要って、今か?」

「はい。今がチャンスかと思って」


 チャンス? なんの?


「でも、踏ん切りが付かなくて、その間に誠一郎君が起きてしまいました。どうしましょう?」

「すまん。ちょっと一回寝てたせいかお前の言ってる事がさっぱり分からねぇ」


 なにをどうしたらこういう状況が生まれるんだ?


「私もですね、あの場合は仕方なかったと思うんです。あの時、実は私がしてたらバレる確率が上がってしまっていたんです。何しろ私、誠一郎君より背が結構低いですから。背伸びしていたら、目を開けるタイミング次第では挙動が見えてしまいます」


 だから、何を言っているのかも何をしたいのかもさっぱり分からねぇんだってのに。


「だからエリカだったわけですし、それはいいんです。そして誠一郎君の言っていた、意識してしまう、という問題もとてもよく分かるんです。私もきっとしてしまいます、してしまったら日常のアレやコレやがソレでドレなことになってしまいます」


 アレとかコレとかソレとかドレとか言われても分からんがな。

 分からん、が。


「でも、でもですね? やっぱり私もしときたいじゃないですか? 一応、私姉なんですよ? 姉なのに妹より遅くなってしまったわけです。その上でこれ以上更に遅れていくのはどうかと思うんですよ」


 なんか、分からんけどちょっと分かってきた気がするぞおぃ。


「お、おま」

「ズルイとはまでは思いませんが、ちょっと羨ましいとは思ってしまうじゃないですか? だってエリカ偶に唇に手をあててぼ~っとしてたりするんですよ? あれは見ていて色々思うところありますよ姉として」


 それは姉としてとか関係ないと思う。っていうか、まさか。


「ということで、もっかい目を瞑っていてください。なんなら寝てください」

「いや、無理だろ」


 この状況で寝れたら勇者すぎるだろ。


「じゃあ目だけでも。それならあの時と状況同じですし」

「だ、大分違うと思うけどなぁ……っていうか意識しちゃうどうこうっていうのは」

「じゃあ今のことは夢だと思ってください」


 相変わらず切羽詰まると無茶苦茶言いやがるなこいつ。


「あ、あのなぁ。こんなこと当人を前にして言いたくないけど、俺も一応男だぞ? んでここはベッドだぞ? お前、保健体育とかで習わんかったのか? そういう行為はエスカレートしがちだから軽い行為でも気をつけろとかって」


 しかも夜だぞ。警戒心が無いとかいうレベルじゃないぞ。


「習いましたし、東さんにも――誠一郎君は色々あったせいで人間不信が転じてクソヘタレでもあるから安全性は高いけど、いうて男の子だからねぇ。ちゃんと一線は守らないとダメよ? あなた達の生活は色々綱渡りなんだから――と言われています」

「それが答えじゃねぇか」

「でも、いざヤルとなった時の為に色々準備はしておきなさい、教えておくから。と言われて色々と準備諸々もしてはいますが」

「おいこらフザケンナ」


 っていうかクソヘタレって。東さんは俺に対して容赦なさすぎませんかね?


「今はその時ではないにしても、確かに誠一郎君に無用な我慢をさせてしまうのは私の望むところではありません。でも私も我慢はしているわけでして、ここは一つ妥協案ということで、やっぱり夢だと思っていただくしか……」

「いや何がどう妥協されたんだかさっぱりわからんぞ!?」


 こんなこと本来なら心の中でも言いたくないけど……エリカーっ!! 助けてーッ!?

 お前の姉マジ意味わかんない!!


『そこもおねーちゃんの可愛いところだよっ、誠お兄さん!』


 あ、ダメだ。脳内のエリカもまったく役に立たねぇ。


「では、目を瞑ってもらってですね」

「ちょっ!?」


 華恋が瞼に片手を優しく重ねてきて半強制的に目を閉じられた。

 手をだそうにも華恋の両足で体が固定されていて簡単には抜け出せない。

 残像のように、最後に見た華恋の顔が瞼の裏に浮かぶ。


 ――暗闇の中でも、真っ赤なのが何故か分かった。


「では、いきますっ」


 そんな気合いを入れられても!?




 え~っと、あれだな。

 これで感触の違いが分かったので、次に前と同じ勝負を仕掛けられても姉妹のどっちだったのか見抜くことが…………できるわけねぇな。


 緊張してそこまで詳細なこと分からんわっ!!







 次の日。


 学校に登校する途中でエリカに見つかってしまった。


「よっ、おに~さんっ!」

「おぉ~、エリカか」

「誠お兄さんも寝不足なんだ? おねーちゃんもなんだよねぇ」


 だろうな。


「…………もしかして、ヤっちゃった?」

「シてねぇよ!? いやしたけどシてはねぇよ!」

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