第37話 結局この後されます

 華恋とエリカに勝負で負けた俺は、椅子にへたり込むように座り込んだ。


「はぁ~……なんか、気が抜けちまった」

「そんな暇ないよ誠お兄さん。ほらシャンとしてシャンと!」

「雇用してもらわないといけませんからね」


 そうだった、負けたら雇うって約束なんだった。


「雇うっていっても、今度は本当の雇用ってことになるのか? 学生個人でやるのは難しいしなぁ」

「大丈夫よ。私が手伝ってあげるから」


 んな!?


「東さんっ? いつから……」

「ずっといたわよ? 後で証拠にするために、会話を録音しながら隠れてたの」

「はぁ!?」

「負けたあとに誠一郎君がケツまくって逃げるようなことがあったら徹底的に追い詰めてやろうと思ってたんだけど、あっさり負けを認めたわね」


 あのなぁ。人をなんだと思っているんだ。


「そこまで往生際悪くはないですよ、いくらなんでも」

「そう? どっちかっていうと、なんだかんだ華恋ちゃんとエリカちゃんと一緒にいたかったからじゃないの?」

「黙秘します」


 誰が言うか。どういう言い方しても面倒なことになるに決まっているのに。


「あらあら。で、そっちのお二人さん」

「はい?」

「なんですかー?」


 東さんが華恋とエリカに話を振る。

 この三人で喋っているのを見るのは何気に初めてだな。


「大人として一応言っておくけど、実際のところ加々美君の言うことも一理あるわ。大人になったら、今あなた達が考えているようなままではいられない。もっとつまらなくて、くだらなくて、逃げようのない現実っていうのが待っている」


 東さんの声や顔は真剣で、本当に大人としての忠告ということなのだろう。

 俺としては、最初にそれを言ってやってくれよとは思うが。


「その時、あなた達があっさりこの子を捨てるような人間なら、私はあなた達に今すぐこの場から消えてほしいの。何しろ私の可愛い弟分なんでね」


 ……なんという恥ずかしいことを。

 なんでよりによってこいつらの前で言うかなぁ。


「あたし、これでもまぁまぁ苦労してる方だと思うんですよね~」


 エリカが、笑顔のままで東さんへと答える。


「だから、人を見る目はあるつもり。まだまだ子供だっていうのは分かってるよ? でも、誠お兄さんみたいなわっかりやすい人を見間違わないよ。この人は、きっとあたしの求めている人だから」


 エリカの言葉に頷いた華恋が、言葉を繋ぐ。


「東先生のおっしゃる通り、私たちは未熟で、その上で普通という社会的な枠からはみ出そうとしています。でも、そこが誠一郎君の望んでいる場所なら……」


 華恋はこちらに視線を一瞬寄越すと、ふわりと微笑んで。


「私たちもそこがいいんです。仮に彼が外国に行くならついていきますし、家に籠もるなら家事手伝いをしながら自分たちも働きます。三人でいるのなら、それで十分過ぎるほどに人生を勝ち越せると私は確信しているんです」


 東さんへと向き直りきっぱりとそう告げた。


「――恋人じゃない、結婚もしない、まともな家族にはならない。でも三人でいる。そんな風にずっと一緒にいられると、本当に思っているの?」

「思ってます。そもそも、家族や夫婦も元は他人じゃないですか。なら、私は最高の他人がいい。いつでも傍にいなくてもいい、傍に居たい時にいられるような他人がいいです」

「別に、誠お兄さんにおんぶに抱っこしたいわけじゃないもん。あたしらはそれぞれ一人で生きていく。けど、生きていく範囲が三人分重なるだけ。あたしらなりの恋人や家族をやるだけだよ」


 聞けば聞くほど、滅茶苦茶だ。


 常識もへったくれもない話で、そんな関係とてもじゃないけど成立するとは思えない。

 けれど、同時に思う。ごく、シンプルな話。


「……ま、確かに三人でいる間は退屈しないだろうけどなぁ」

「でしょでしょっ? なんだ、誠お兄さんも分かってるじゃん!」

「そこが基準。その後出てくる難しい話は、その都度私たちなりの形に落とし込めるように努力する。そういう話ですよね」


 俺達の言葉を聞いて、東さんは一度大きくため息をついた。

 そして、力の抜けた声で俺達に告げる。


「分かったわ。ま、今は好きにしてみなさい。困ったことが起きたら、できる範囲で助けてあげる。普通じゃない弟分を持った大人として、ね」


 本当に、この人にはずっと助けられているなぁ。


「ありがとうございます東さん、いつも、本当に」


 俺と、華恋やエリカにも続いて礼を言われ、また一つため息をつく東さん。


「いいわ。だって、どんな理由でも加々美君が生きることに前向きになってくれたのなら、それが一番大切だもの。ところで、ちょっと聞きたいんだけど」


 ふと、話題が変わった。東さんの表情も悪戯っぽいものに変わる。


「私は隠れていたから見てないんだけど、結局はどっちがキスしたの?」


 今蒸し返すのかよそれ!?


 華恋とエリカは互いに顔を見合わせた後、ニヤリと笑うと突然距離をつめてきた。


「知りたいなら答え合わせしちゃう? じゃあ今からキスする方がさっきしなかった方ね!」

「……あ、改めて人前でとなると、するにしても見てるにしても恥ずかしいですね」

「ちょっ、お前らっ、本気か!?」

「あらあら、弟分のこういうシーンを見るのってなんだか背徳感ね?」


 いいから止めろよ大人だろあんた!


「そういうの今後は禁止だからなっ! 一緒に住む相手に変な意識したくねーぞ俺は!?」

「えぇ~? 別にいいじゃん、意識しても~。誠お兄さんは頭固いなぁ」

「私は誠一郎君に賛成かもです。私もその、色々抑えが効かなくなっても、困りますし……」

「歪で素敵な家族――かぁ。私も行く当てなくなったら入れてもらっちゃおうかなぁ~」


 あ~もうっ! 東さんまで何いってるんだっ。

 やっぱもうちょっと普通でいろよ普通でさぁ!?

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