第36話 人生最高のギャンブルを

「掛け金は、お互いの人生でどうでしょう」

「全く意味が分からんぞ」


 突然何を言い出すんだ? 

 ただでさえクソ真面目な華恋が、賭け事?


「そのまんまの意味だってば。あたしらが勝ったら、誠お兄さんはあたしらに人生を賭けてみる。あたしらを信じて、あたしらと一緒に生きてみるの」

「私たちが負けたら、そのまま自分の人生を信じて生きてください。誰とも関わらず、誰とも交わらず、今際の際まで一人でいる人生を。私たちも、あなたを諦めます」


 ――賭けに人生を委ねる、か。


 それは俺にとっても最も忌避するようなやり方にも思える。

 何しろ一度は賭けで人生を崩壊させてしまったのだから。

 結局ギャンブルで得たのは金だけで、他の何もかもを失った。


 それを、もう一度やれというのか? 彼女らの人生すらチップにして?


「なんで、お前らはそこまで……。俺なんてのはどう見ても関わったら厄介な人間だろうに。恋人にしても家族にしても、絶望的に向いてないよ」

「もう私たちは賭けているからです。誠一郎君と一緒にいることが、自分たちの生きる意味を増やしてくれることだって信じてるんです。だから今日は、勝ってあなたの人生の一部をもらい受けます」

「例え誠お兄さんにどこかで裏切られても、あたしらは今日のことを後悔しないと思うしね。でも、ここで誠お兄さんとの関係をあやふやなまま終わりにしちゃったら、絶対に後悔するって分かってるから」


 …………なるほど。


 これは確かにギャンブルのようだ。

 勝負時なのだと、俺の勘が告げている。

 誰にでも人生に何度かは訪れるであろう大勝負、決断の時。


 そして、残念だけれど。


「俺は、本気の賭けには負けねーよ」


 勝つのは俺で、彼女達の賭けは負けて終わる。


「なら、受けてくれますね?」

「それでお前らが納得するんなら、いいよ。やろう」


 俺にとっても、他人と関わる人生最後の一勝負だ。


 これに勝って全てを吹っ切る。

 人への未練も、孤独への恐怖も、何もかも。


「約束だよ? あたしらが勝ったら、絶対に一生一緒にいてもらうからね?」

「雇うって話じゃなかったのかよ……」

「永久就職希望なのっ。結果的に一緒にいることになるでしょっ」

「あ~、分かった分かった。それでいいよ。どうせ俺が勝つし」


 むふ~っ。と、満足そうにエリカは笑う。


 勝つ自信でもあるのだろうか? 

 いや、なければこんな提案してくるわけないか。


「ただし、真剣勝負となったら勝負内容がなんでもいいとは言わないぞ? 何で勝負する気なんだ?」


 俺の問いに、華恋が無言でコインをこちらに見せた。


 いつかと同じく、コイントス、か。


「なるほどな。それならお前らにも勝ち目があるって算段か」


 裏か表か当てるだけ。

 運の要素のみ。ギャンブルとも言えないような単純な勝負。


「一発勝負です。誠一郎君が当てたら勝ち、外したら負け。これなら、負けた時は誠一郎君が完膚なきまでに勝負勘を外したことになるでしょう?」

「そうなったら、人生って大きなギャンブルの中ではあたしらに賭けた方が勝率が高いんだって、誠お兄さん自身の博才が教えてくれてるってことだもんね?」


 また妙な屁理屈を考えてきやがって……。


 俺の博才、かぁ。

 勝負時を感じ取る才能。何故か生まれ持ってしまったギフテッド。散々苦しめられた力。


 確かにこんなくだらない、けれど大切な大勝負であっさり負けるようならば、俺にとってこの二人は人生を賭けるに値する存在だと言ってもいいのかもしれない。


 金は一銭もかかっていなくとも、互いの人生を、生き方を賭けたゲームなのだから。


「いいだろう。そのルールで受ける」

「――では」


 華恋とエリカが立ち上がる。

 俺も、二人の前へと立った。


「こういうの慣れていないので、誠一郎君は目を閉じてくださいね」

「んで、目を開けたら十秒以内に答えを言うこと!」


 確かに、慣れていないとコインを上手く弾いてキャッチってのは難しいかもしれんな。


 華恋ってなんかそういうの不器用そうってか、普通に落としそうだし。


「分かった」


 むしろ好都合だ。

 目を閉じて、暗闇の中で勘を研ぎ澄ます。


 こんなに本気で集中するのは久しぶりだ。

 ここまで集中してしまえば、俺はギャンブルでは負けない。


 だからこれで、この二人との縁は、もう本当に――――。


 ――ちゅっ。


「!?」


 突然に唇に未知の感触を感じて、一瞬頭が真っ白になった。


 暖かくて、湿っぽくて、柔らかい……っていうか、今のは、今のって。


「ッ!? は? えっ? なんだ今の!?」


 目を開くと――目の前、至近距離に華恋とエリカが並んで立っている。


「さぁ、勝負ですっ」

「今の唇は、どっちのだったでしょーかっ?」


 うぉおおおおぃっ!?

 何言ってんの色々な意味でッ!?


「ちょっ、コイントスは!?」

「誰もコイントスで勝負なんて言ってません。はじめからこういう勝負です」

「誠お兄さんが勝手に勘違いしただけでしょー?」


 ぐっ……こいつらぁ! やりやがったな!?


 完全に意識が持っていかれたっ。こんな状況で集中なんてできるわけあるかぁ!


「マジで何考えてんだお前らはっ。こんなことの為に」

「そんなことより時間時間。ほら、あと5秒!」


 んな無茶苦茶なッ。


「あ~、ええぇっと~……って、分かるかそんなもん!!」

「はい、誠お兄さんの負け~」

「いやっ、これはずるくないか流石に!?」

「ずるくて結構です。言ったでしょう? 逃がさないって。君のことが大好きだって。誠一郎君を捕まえておく為になら、私はどんな手段も使っちゃいますから」


 華恋は、今まで見たこともないような会心の笑みで笑う。


「あははっ。やったやった! おねーちゃんの作戦、大成功だよっ。これでまたお兄さんと一緒だっ!」


 エリカは目尻に涙を浮かべながらはしゃいでいる。


 こんな状況で、今のナシ! なんて言えるわけもなく。

 というか、人生がどうのだの、リスクがどーこうだの意気込んでいた自分が、なんだか酷く滑稽で馬鹿馬鹿しい気すらしてきて。ようするに、これは完膚なきまでに。


「…………はぁ。俺の、負けか」

「はい!」

「うんっ」


 脱力した瞬間に二人に腕を取られて、なんだか本当に捕まってしまったなぁ、なんて感覚を覚えたのだった。


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