第35話 ハイリスクハイリターンなお得セット押し売り

 東さんが家に訪れてから少し経ち、日に日に気温が上がってきていた。


 現在、春休み中である。


「う~ん、夏休みまでに、なんかアクティブな趣味でも作るべきかなぁ……」


 今日も今日とてベッドの中で布団にくるまり、外界とのご縁を遮断して過ごしていた。


 あまりに退廃的すぎてある種の寒気がするが、俺が一人で生きるということはつまりそういうことで、まぁ性には合っているとも思う。


「ま、流石に起きるくらいはしますかねぇ」


 リビングに降りて、ぼ~っと動画でも見て過ごすことにする。


 飯も考えないといけないが、外に出るのもちょっとダルい。

 偶には出前とかとってみるかな? と、電話を手にとったところで、インターホンが鳴った。


「え?」


 頼んでもいないのに先手を打ってもう出前が? なんて馬鹿なことを一瞬考えたが、そんなわきゃない。


 ウチを訪ねてくる客なんて一人しか思い浮かばなかった。

 東さんだろう。

 因みにセールスとか勧誘とかその辺は客に含まない。


「またお説教的なことかねぇ」


 やれやれ。とまでは思わないが、少し憂鬱にはなる。


 東さんが心配してくれているのは素直にありがたいけれど、無駄骨を折らせるのは申し訳ないもんなぁ。


「はいはーい。今開けますよ」


 東さんへの言い訳を内心で考えつつ、扉を開けた。


「――――え?」

「こんにちはです。誠一郎君」

「やっほ~。誠お兄さん」


 ……しまった。


 学習しないな、俺は。

 また、玄関モニターで確認するのを忘れていた。


「お前ら、なんで」


 玄関に立っていたのは東さんではなく、二人の元家事手伝い。


「今度こそ、本当に逃がしませんから」


 いや逃げるも何も、お前らはお前らの生活が、って!?


「はい、ただいま~」

「おいこらっ」


 俺の横をすり抜けて、エリカが勝手に家の中に入ってしまった。


「エリカ。一応、お邪魔しますでしょう?」

「一応ってなんだよ!?」


 普通にお邪魔だよ!


「というわけで、お邪魔します」

「何がというわけなんだっ?」


 ぺこりとお辞儀をして礼儀正しく見えるが、華恋も家に入る気満々らしい。


「おじゃまします」

「近いって! 分かったよッ、くそっ」


 ジリジリと近づかれて、ギブアップ。


 勝手に入っていたエリカに続いて、華恋も家に上げてしまったのだった。




「なんですか、この有様は?」

「うわぁ、キッチンもひどーぃ。この短期間でよくもこれだけ」


 うるさいなぁ。

 男の一人暮らしなんて元来こんなもんだろ……多分。


「ほっとけ。もうお前らが住むわけじゃないんだから俺の勝手だろ」


 リビングにて、神代姉妹と向かいあって座る。


 なんだかひどく懐かしいような、つい昨日までこうしていたような、不思議な感覚に内心捕らわれながら――それを表情に出すことなく会話を続けた。


「で、何の用だ、今日は?」

「用がなくちゃ来ちゃダメなの~?」


 イジけたような表情でエリカが口を尖らせる。

 東さんと同じようなことを言いやがって。


「ダメっていうか、今日まで特に連絡とかはなかったのに突然二人で来られたら、そりゃなんか用事かなと思うだろ」

「それに関しては、今日まで準備諸々があったので。終わったら堂々と頼みにこようと思っていた次第です」

「頼み?」


 俺に何か頼みがある、ということだろうか?


「はい。現在は母と一緒に住んでいるわけなのですが。母も退院して間もないうちは中々働き口も難しく、資金面が割とカツカツで、といった感じでして」


 あ~、まぁそりゃそうだろうな。

 要は「金貸してくれ」みたいな話しだろうか?


 ある種真っ当というか、分かりやすい理由だ。

 一度金で関係ができてしまうと、ずっと金で泥沼の関係が続く。呪いのように。

 よくある話だ。


 本来ならこの場で追い返すような用事だが――。


「はぁ……。で、いくら必要なんだ?」


 それでも、金額を聞いてしまった。

 実際に金を渡すかどうかはまだ自分の中でも決まっていないが、なんだか俺は本当に馬鹿なんだなぁと実感する。


 だが、結局これは乗りかかった船というやつなのだろうし。こいつら相手であれば、少なくとも現状は信頼して金を渡していいと思っているのも事実だ。


「……その感じだと、本当に頼めばお金を融通してくれるんでしょうね、誠一郎君は」

「あん?」

「だめだめだなぁ~、誠お兄さんは。そんなんじゃ不安過ぎて一人で置いておけないよ~」

「あぁん!?」


 なんだ? 喧嘩売りにきたのかこいつらは?


 人を詐欺にあいやすそうな後期高齢者の一人暮らしみたいに言いやがって。

 あれ? でもそう遠くもないような気もする……?


「いくらお金あっても、そんな使い方してたらすぐ素寒貧になっちゃうよ?」

「やかましい。だから、人と関わることなんて今後ねぇって言ってんだろ」

「どうだかねぇ~? お節介焼きのくせに。ま、それはそれとして、今日はお金ちょーだいって言いに来たわけじゃないよ。っていうかそんなこと頼むわけないでしょ」


 いや、マジに困ってる時は早め早めに頼みに来いや。またややこしくなる前に。

 じゃなくて、なら何しに来たってんだ。


「今日来たのは、就職活動です。母の体に問題がないか様子を見たり、母に事情を説明して説得したり、そのほか生活を安定させたりするのに今日まで時間がかかってしまいましたけど」

「しゅう、しょく?」

「はい。私たちを、家事手伝いとして雇ってください」

「あたしは御飯担当でー、おねーちゃんはその他家事担当。二人ワンセットで超お安くしとくよ~? 今後は他にもバイトする予定だから食費も浮くしね。お得!」

「加々美家の家計を預からせてもらえれば、お給料と差し引きでプラマイゼロを目標に頑張りますので。お買い得です」


 ……こいつらは本当、懲りずに何度も何度も……。


「いらねーよ。だったら、まだ金だけ出せって方がましだ」

「またまた~。あたしらがいないと本当は寂しいっしょ?」

「んなわけあるか。こっちはやっと一人で落着いてきたところだったんだよ」


 寂しさ、などという感情をここで認めるわけにはいかない。

 それは今後何十年と付き合って、慣れて、諦めていかなければいけないモノなのだから。


「誠一郎君は結局のところ、怖いから一人でいたいんでしたよね?」

「…………まぁ、そんなところだ」


 華恋やエリカにはどうせもう概ねバレているのだろうから、白状してしまっても別にいいだろうさ。

 俺は、どうしようもなく臆病で腐った人間なのだと。


 その上で納得して帰ってくれ。もう、俺を放っておいてくれ。


「お前らとの生活は、楽しかったよ。夏になったら何処に行けるだろう? 来年の冬には何ができる? なんて想像しちまったくらいにはな」


 一緒に暮らしていた頃、そう思っていたのは、本当。


「だからこそ、もうこれ以上一緒にはいたくない。俺は平穏な生活がいい。孤独でも、虚しくても、リスクの少ない人生がいいんだ。リスクとリターンはセットが基本だからな。それにお前らだって普通の、家族との生活の方が大事だろ?」


 華恋もエリカも、傍にいるには眩しすぎた。

 俺のような人間には身に余って毒になりかねない。


 失われる時が来るのが、俺には――。


「じゃあ例えば、あたしが彼女になってあげるっていったら? 彼女なら一緒にいても普通でしょ。毎日イチャイチャして、エッチなことでも、どんなことでもしてあげるよ?」

「恋人なんていらねーよ。俺に普通の恋愛関係なんてのは無理だ」


 高校で付き合い始めた恋人の最終破局率、なんて考えたこともないが、多分素敵な数字が出てくるはずだ。


 特にエリカのように超がつくほどハイスペックな恋人なんざ、俺にとっては劇薬みたいなものでしかない。

 あとで惨めな思いなんてしたくないしな。


「なら、私と結婚でもしてみますか? それなら恋人より確かな絆があります。何しろ国が定めた契約ですし。私、誠一郎君の理想の家族になれるように尽くしますよ?」

「あのなぁ……。家族なんて余計にまっぴらごめんだ。契約なんかで人間の感情がどうにかなるもんかよ。リスクが高すぎる」


 夫婦の離婚率やら子育てのあれこれやら、恋人よりよっぽど考えたくない。

 今の時代に家族を新たに持つリスクがどれほどのものなのか?


 まして華恋のような、理想の妻そのものとも言える女性なんて俺にとっては毒薬そのものだ。

 あとで死にたくなるような思いをするのはごめんこうむる。


「恋人もダメ。妻も無理。普通の関係や家族じゃ誠一郎君はやっぱり信じられませんか。なら、やっぱり家事手伝いですかね」

「あははっ、それって完全他人だねぇ。でも遠くの親戚より近くの他人って言うし。あたしらなら誰よりも誠お兄さんの近くにいる、最高の他人になってあげられると思うしね~」

「まてまてっ。だから、雇わないって言ってんだろ!」


 恋人やら家族は論外だが、雇用もしないよっ。


「も~、お兄さんってばわがままだなぁ」

「俺かよ!? 押しかけてきたのお前らだろっ」


 なんで俺が駄々っ子みたいな扱いになってんだ!


「誠一郎君はこれから先の人生でリスクを侵したくない。でも、私たちが困っていたらついお金を出してしまう。これって、既に大分リスク高くないですか?」

「それ、は……」


 っていうか、まだ金を出すとは言ってないけど。


「だよねぇ。それにリスクが心配っていうのは分かるけどさ、こんなチャンスが傍にあるのにスルーはもったいなさ過ぎると思うなぁ~?」

「なんだよ、チャンスって」

「え? そりゃ勿論、あたしらみたいな可愛い子がいつでも傍にいるってチャンス」


 自分で言うんかい。いや、言うよなエリカなら。事実だし。

 でも分かっていない。寧ろ可愛いからこそのリスクなんだよなぁ。


 心の損失ってのは、いくら現金はたいても埋めようがないのだから。


「ねぇ誠一郎君。人生って、ギャンブルみたいなものだと思いませんか?」

「みたいな、っていうか、そのものだろ」


 人間は、一日に三万五千回の『決断』をするという。


 毎日が選択と決断の連続で、それらはどれだけ慎重に選ぼうと運の要素をはらむ。ならば、当然人生はギャンブルだ。


「じゃあ、今回も一つのギャンブルです。私たちと賭けをしてみませんか?」

「はぁ?」


 華恋とエリカと、賭ける?

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