第28話 家族風呂に突撃
ホテルの部屋に戻ると、もう布団が敷いてあった。
今回はテントと部屋、どっちにも泊まれるようだが、風呂はこっちにしかないからな。
「んじゃ一緒に入ろっか? おにーさんも」
「頭湧いてんのか? 一人で入るに決まってるだろ」
「えぇ!? 家族貸し切り風呂だよっ? あたしら家族プランで泊まってるんだよっ? さっき見たら水着レンタルあったし、夏を先取りで水着見れるよ!」
「どこも大丈夫じゃねーから、いいから二人で入ってこいっ」
ぶーぶーと文句を垂れるエリカの腕を華恋が引っ張って風呂に向かう。
本当に姉妹揃って恐ろしい。
どちらも意味は違うが、男心を粉砕する才能に満ちあふれている気がする。
「あいつら、本当に俺のこと何だと思ってんだろうなぁ……」
姉妹が部屋から出ていき、静かになった部屋の中で一人呟く。
「まさか本気で、家族みたいなもんだと認識されてんのかね」
家族。『家族』か。
俺にとっては、とてもじゃないが良い言葉とはいえない。
先ほど華恋やエリカと話している時に連想して、思わず一瞬、吐き気がしそうになったほどに。
別に彼女達になにか落ち度があるわけじゃない。
俺のトラウマってだけの話だ。
「金で縁が繋がった相手。なのに家族みたいに思えてくる相手、か……俺からしたら最悪の手合いだよなぁ。華恋も、エリカも」
なのに、どうして二人との暮らしをこんなにも気に入ってしまったのだろう?
なのに、どうしていつの間にか、こんなにも近づきすぎてしまったのだろう?
一緒にいた相手が美人だから? 性格が好ましいから? 家事が優秀だから?
どれも当てはまるだろう。
けれど、もっと他に決定的な理由が存在している気がする。
なのに、具体的にはさっぱり分からない。
本当にごく自然に、あの姉妹との生活が……。
「まったく、恨むぜ東さん」
今の状況を生み出した一人である昔なじみのお姉さんの顔を思い浮かべながら、自分でも容易く分かるような八つ当たりを呟いた。
「たっだいま~。お風呂すっごいよ!」
「えぇ、とても良いお湯でした」
益体もないことをつらつらと考えていたら、ほこほこと上気した二人が戻ってきた。
自分のしょうもない懊悩が漏れ出ないよう、気をつけながら口を開く。
「おぉ、思ったより早かったな」
女子の風呂、しかも温泉となったらもっとゆっくり浸かってくると思っていたんだけど。
「んー? そーかなぁ?」
「誠一郎君をお待たせしても悪いですから」
「え? 別に俺はいつでも」
よかったのに。と言い切る前にエリカに腕を捕まれた。
近くに寄られると普段とは違う香りがして、少しだけドキリとする。
「いいから、早く行ってきなよおにーさん。温泉すっごくいいから」
「ちょっ、分かったよ。行くから押すなっての」
文字通り背を押されながら部屋を出た。
廊下を進み、風呂場に繋がったドアをくぐる。
脱衣所は小さいながらも雰囲気のいい和風の内装で纏められていて、軽く休めるベッドや畳なんかも用意されていた。
換気がしっかりしているのか、湿気もそれほど感じない。
これは温泉本体も期待できそうだ。
実はかなりの高級ホテルなんだろうなぁここ。
「明日、東さんに渡すお土産選ばないとなぁ」
独り言を呟きつつも服を脱ぎ、タオルを持って、いざ、温泉!
「うぉ……これは、確かにスゲーな」
風呂場もスペースは狭いがちゃんと洗い場もあって、なおかつ半露天風呂になっていた。
半、というのは、しっかり空は見えるけど周りは敷居で囲まれている感じだからだ。
露天風呂なんて相当久々なので、この風流さは中々テンションが上がる。
「んじゃ、体洗ったらゆ~っくり浸からせてもらいますかねぇ」
これくらい良い雰囲気なら、明日チェックアウトの前に朝風呂に入るのもアリだなぁ。
あ、でも華恋とエリカも入りたいだろうし、起きる時間次第じゃ俺は無理かも?
などど、いつも以上に派手に頭の上でシャンプーを泡立てつつ考えていたら。
ガラッ! という音と、ヒヤッとした空気の流れを背中に感じた。
「――――へ?」
泡立てすぎたせいで全身に被ったシャンプーで目が開けられないが、見るまでもない。
今ココに入ってくる可能性がある相手など、二人しか存在しないのだ。
「おにーさんっ、背中流しにきたよ~!」
「ばッ!? おマッ! 正気か!!?」
早くシャワーをぶっかぶって目をいやいやそれより先に腰にタオルをッ。
「すみません、一応一度は止めたのですが」
「言うておねーちゃんも来てるじゃん」
華恋もいんのかよッ!?
「い、いいから背中とかっ。出てけって!!」
目が見えないままなんとか腰にタオルだけは巻けた。後は水っ、泡っ!
「だいじょーぶだって照れなくっても~。あたしら水着だかんね!」
「ま、まぁ……これならプールと変わらないですしね」
俺が真っ裸なんですよねっ!?
くそっ、早く水を――つめてぇ!? マジでただの水だった!
「あー、もうッ」
なんとかタオルを腰に巻き、泡だらけだった状態からも脱出する。
「お前ら、いい加減に俺のこと何だとおもって……」
やっと振り返れる状態になったので華恋とエリカの方を向く。
と、何故か二人は絶句した状態で俺を見ていた。
「あん? な、なんだよ?」
え? タオル巻いてるよね? クリティカルな部分見えてないよな?
自分の腰周りと二人を交互に見比べていると、エリカが躊躇いがちに口を開いた。
「お兄さん、その、背中の傷って」
背中?
背中……って、あぁ……。
「あ~、これか? これは古傷っていうか、昔のな」
なるほど、ソレを見て固まっていたのか。
自分でも普段背中なんて見ないから意識していなかったわ。
「……もしかして、それは……その」
華恋が言いよどむ。
口にしづらい気持ちは、まぁ予想できる。
「そうだな、ちょっと父親だった奴にな」
はぁ。なんだかなぁ、まさか温泉でこんなもんを発見されるとは。
あぁそうか、だから東さんは『家族貸し切り風呂付き』なんてプランを追加したのか。
他人に俺の傷が見られれば、虐待の痕ってことは予測できちまうだろうしな。
とはいえ、華恋とエリカに見られるとは流石に想像してなかったみたいだ。
まぁそりゃまさか風呂場に乱入してくるとは思わないわ。
……でも、逆に良い機会というか、良いタイミングってことだったのかもしれない。
二人との距離が近づきすぎてしまった現状を解消するには、いっそ全て話して。
そして――。
「お前ら早く出てけって。んで、風呂から上がったら、ちょっと昔話に付き合ってくれ」
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