第27話 それはまるで
「これは……もうちょっとしたら夕方になっちまうぞ」
冬の日の入りが早いこともあって、諸々が終わって落着いた頃には夕方近くの時間帯になっていた。
寒さも少しずつ増してきたが、厚着とブランケット、そしてたき火の暖かさで案外しのげている。
苦労しただけあって火のありがたさが身にしみるぜ……。
「う~ん、普通にカレーになっちゃったねぇ。いや、カレー鍋って感じだけど」
「飯ごうでお米を炊くこと自体が初挑戦ですし、成功率高めでいいのでは?」
結局夕飯は恐らくこういう時のド定番なのであろうカレーになった。
そもそも用意された食材が概ねカレーとか鍋とか焼き肉的なものを想定したものだったしな。
因みに現在はガスバーナーの上でカレー鍋が煮込まれていくのを眺めていたりする。
「まぁ悪くはないけどね。でも、もっと凝ったのも作ってみたかったよ~」
エリカとしてはもっと色々挑戦してみたかったようだ。
野外での料理も楽しそうだったし、本当に趣味的な意味でも料理が好きなのかもしれない。
「次。次にキャンプする時はもっと調べて練習しておくからね! それに次っていえば、どうせなら湖とかで遊べるような季節に来たかったってのもあるよねぇ」
「夏にキャンプ、ということですか?」
「そうそう。水着とかも着たいし!」
湖って泳げるものなのか……? 海とかなら分かるけども。
あぁ海ってのもいいかもなぁ。
こいつらといくと超ナンパとかされてそうだけど。
「水着といっても、私たち学校用の水着しか持ってないですけどねぇ」
「ぐむぅ……。あ、誠お兄さんが買ってくれるんじゃない? あたしらの水着姿見たさに」
ふざけろ。
と、言いたいが、正直見たいのは見たい。割とガチで。
「あーはいはい。夏になったらな。ただし、俺に選ばせるとかはナシの方向で」
「マジかっ!? ありがとー、パパ!」
誰がパパだ。
「お前それ、色々な意味で嫌だからヤメロ」
「あははっ、ついね。おねーちゃんはある意味ママ味強いからさぁ。おにーさんはパパかなって」
「わ、私、そんなに老けてますか……?」
そういう意味じゃないと思う。
っていうかその理屈だと俺も老けてるじゃねぇか。
「そだ! 見せるといえば、今日も初めてに近い旅行ってことで割と気合いいれてお洒落してきたんだよ、買って貰った服で。なのにずっとモコモコ上着でいるからぁ」
エリカが立ち上がると、着ていた上着を突然に脱いだ。
うわぁ、寒そう。
「誠お兄さんの為に見せてあげ――ってさむぅ!? ぐぅ……ほら、おねーちゃんもっ」
「私もですか!?」
「そうだよ! 折角お洒落したんだから見せつけておかないとっ」
「うぅ……さ、寒いです」
そらそーだろう。
上着を脱いだ上に、たき火からも離れて立ってしまったらなぁ。
「お洒落は我慢お洒落は我慢……。で、どうよお兄さん!?」
「え? えーっと、威圧感が、凄い?」
「はぁ!? ばっちしお洒落した女子を見た感想で出てくる言葉それッ? どういうことっ?」
だってなぁ、こう、なんていうのか。
「お前らクラスの奴が気合いいれた格好して並んでると、圧倒される感があるなぁって」
「……それって、つまり容姿を褒めてくれているんでしょうか?」
「褒め言葉だったの!? 女子に対する褒め言葉が威圧感凄いって! ふっ、あはははっ! 可愛いって一言言えばいいのにっ。圧倒って、あははははっ!?」
「うるっせぇなっ、お前ら可愛いとか美人なんて言われ慣れてるだろうがっ。今更当り前のこと俺が言ってもしょーがないだろ!?」
「え~、そんなことないって。誠お兄さんが言うから価値があるんじゃん、色々な意味で」
どういう意味だよ。まぁきっと碌な意味じゃねーんだろうけど。
「ねぇ、おねーちゃ……おねーちゃん? まさか、今のお兄さんの言葉にやられてんの?」
華恋はエリカの横で何故か真っ赤になって俯いていた。
「い、いえ違うんですよっ? 言われた経験が多いのは事実ですが、誠一郎君に言われるのは慣れてないっていいますか……ねぇ?」
「ねぇって言われても。で、でもまぁ、そうかも? う……なんかそう考えると確かにちょっと恥ずいかも。お兄さんなりの、カワイイよ! だったと思ったらってことかぁ……」
やめろやっ。二人揃ってそんな反応されてもこっちが困るからっ。
「ぬあ~、うんっ。ファッションショーは終わり! 寒いしっ」
エリカは言うが早いか、上着を着直すとアウトドア用の椅子へと座り直す。
華恋も戻り、たき火を中心に座り直した。
「はい、カレー食べよう! 美味しいカレー鍋いっちょうだよ!」
二人が作ってくれたカレー鍋は確かに美味かった。
良い感じにとろとろになった葉物野菜とか、出汁とカレーの合わさった汁で煮込まれたお肉とかをハフハフ言いながら食べるには、この寒さも一種の調味料となり得るらしい。
食後はスモアというのか? 火で炙ったマシュマロをクッキーで挟んだようなお菓子を食べたりしていたら、本格的に夕暮れになってしまった。
「ふぁ~、お腹いっぱいだよぉ。アウトドアって油断してたら太りそうだね~?」
「多分、本来はもっと動く機会も多いんでしょうけれど。今回はホテル側が準備も片付けもしてくれるそうなので、料理とたき火くらいしかやっていませんしねぇ」
華恋が全員分のホットココアを作ってくれて、飲みながら湖を紅く染める冬の短い夕暮れを眺める。
なるほど、これが屋外レジャーの魅力なわけか。
普段と違う環境の中で食事をしたというだけでかなり新鮮な気分だ。
かなり、悪くない。
「アウトドアっていうのも良いもんだな。一度、普通のキャンプっていうのもしてみたい気もするわ。エリカの本気野外飯ってのも結構楽しみだし……次は本当に夏がいいかもなぁ」
夏とかなら遊びの選択肢も増えそうだし。
なんて言いつつココアを啜っていると。ふと、二人からの視線を感じた。
「な、なんだよ?」
「え? えと、本当にあたしらとまた遊びに行きたいって思ってくれてるんだな~、って思って」
――――ん?
「水着の話とかは冗談半分かと思っていたのですが。誠一郎君が真面目に来年のことも考えていてくれたのが、その、少し意外だったので。あ、意外で嬉しいって意味ですけどっ」
俺が、来年の?
そうだ。来年、なんでこいつらと一緒にいるのが当り前だと思った?
俺はいつの間にか、自然とこいつらと一緒にいる日常を、考えて?
夏はこんなことができるかも? とか。
次の冬はどこに? なんてことを…………?
それは、当り前の、季節毎に一緒にいるのが当り前の、まるで。
「あたしもね、兄とかパパとか冗談半分で言ってきたけどさ、いやパパはほんと冗談なんだけど。こうやっておねーちゃんと誠お兄さんと一緒にいると、本当に自然に楽しいなって最近は凄く思うよ」
まるで。
「そうですね。エリカと私だけではこういう事は出来なかったでしょうし、出来てもこんな風な気持ちにはなれなかったと思います。まるで家族団らんといいますか。とても不思議な感じです」
家族、みたいな。
「――ただの他人だろ」
自分でも一瞬ゾッとするような冷たい声が漏れた。
「え? 今なんか言った? 誠お兄さん」
「いや、なんでもねぇ。流石に寒いなって」
「少ししたらホテルに戻りましょうか? 暗くなったら本当に寒そうですし」
「そう、だな」
俺の小さな呟きは幸い二人に聞こえていなかったらしい。
幸い、だよな多分。
俺はきっと、この姉妹と――。
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