第26話 マッチでいきなり薪に火を付けるのは難しい

 冬休みに入ってしばし経った。

 予想通りに俺達は旅行に出発している。


 電車の後はバスに乗って、降りた時には午後一時くらい。

 たどり着いたのは旅館風のホテルだ。


 結構良い値段しそうな感じの高級感が漂うが、高校生三人で泊まるにしては渋い感じもする外観である。

 『偶然貰った』という東さんの言葉は嘘でもないのかもしれない。

 冬休みのタイミングで押しつけてきたのは絶対意図的だろうけど。


「温泉付きだっておねーちゃん!」

「みたいですね。こういう所は本当に久しぶりです」


 神代姉妹のテンションは上昇中の様だ。

 中々良い雰囲気のホテルなので分からないでもない。

 本当に、後で東さんにはなんか礼を考えとかないとなぁ。


 ――などとホテルに入る時までは思っていたのだが、前言撤回だ。


「あの女……何考えてんだ!?」

「そんな、あの女、なんて言い方しなくても」

「そうだよー、部屋が一室だっただけっしょ?」


 いやいや、お前らこそもっと怒るなり慌てるなりしろよ!


「高校生の男女が一部屋だぞ!? 問題しかないだろっ」

「一応家族ということで予約されているようですし、世間体は大丈夫なのでは?」

「うんうん。てか、あたしら普段から一つ屋根の下なんだし、今更じゃない?」


 暢気すぎるだろっ。危機感とかないのかよ! あるわけないよなっ、あったらいきなり男の一人暮らしに乗り込んでこないもんなっ! っていうか今更だけど俺って本格的に男として見られてないんじゃないか? じゃなくて、あぁもうっ。


 …………ふぅ。ちょっと落着こう。


 確かに、こいつらの言うことも一理ある。

 実際俺らは一緒に住んでいるのだから。

 いやでも一緒の部屋で布団並べて寝るのか? 流石にそれは……。


「あの、大丈夫です。最近は私たち、もっと砕けた感じを目指してましたから。丁度いいです」

「はい?」


 砕く? 何を? 俺の理性を?


「よーするに砕けた関係ってやつだね。恩返しとか仕事だけに拘らない、いわゆる超仲良しさん!」

「えぇ。取りあえず、ふ、布団を並べて寝てもいいくらい、砕きましょうっ」

「いいね! ゴリゴリいこう」

「いきなり砕けすぎだよっ」


 くそ。なんかこっちだけ意識して焦ってるみたいで馬鹿馬鹿しくなってきた。

 もういいや。こっちが気にしなければいつもと大差ないのも事実なんだし。


「そ、それに、砕けた関係なら、一緒にお風呂くらい入れるかもしれませんしっ」

「そうだねっ。この部屋は家族風呂プラン付きらしいからね!」

「今なんつった!?」


 やっぱりダメだ。こいつら人の話も聞かないし常識もねぇ。




「はぁ。部屋の件はともかく、取りあえず一旦落ち着けただけでもよかった」


 旅館の一室。畳部屋の座椅子に座り込んでため息をつく。


 なにせ旅行なんてあまりにも久々過ぎて、体力はともかく感覚がついてこないのだ。


「なーに年寄り臭いこと言ってんの誠お兄さん。荷物置きに来ただけだし、すぐ出るよ?」

「え? そうなのか?」


 俺は今回の旅行スケジュールを殆ど知らない。

 どうせ特別何かをしたい訳でもないし行きたい所もないので、二人に投げっぱなし状態なのだ。


「はい。頂いた旅行券なんですが、新設されたグランピングコースのお試し体験というものらしいので、この後はすぐ近くにあった大きな湖の傍へと移動となります」

「ぐらんぴんぐ?」


 なんだそりゃ。


「私も体験したことはないので詳しくはないのですが、キャンプとグラマラスを掛け合わせた造語なんだとか。どうやら手軽に楽しめるようにあらかじめ色々な準備がされているアウトドア体験の一種のようですね」

「あたしらも旅行とかアウトドアなんて全然経験ないからね~。やってみないとよく分からない感じかな」


 なるほど、俺ら全員がいわゆる『レジャー』ってのに疎いからなぁ。

 とにかく外でなんかするんだな、要するに。


「まー行けばいいんだろ、行けば」


 確かに、夜まで旅館の一室でただじっと待っていても仕方がないもんな。







 ホテルの窓からは大きな湖が見えた。多分、この景色も魅力の一つなのだろう。


 最近はキャンプやらグランピングがブームということで、新しくその辺を組み合わせた宿泊サービスみたいなのを始める予定なのだそうな。


 俺達のコースはまさにそれで、要するに新設されたグランピング体験の実験台というか、お安くしとくから感想聞かせてね? みたいな券だったのかもしれない。


 東さんもあれで色々と顔が広いから、ちょいちょいこういうホテルとかレストランとかからお誘い受けたりしてたし。そういう意味ではやっぱ押しつけられた疑惑もあるが……。


 そんなわけで、ホテルから湖の方まで歩いて移動した。


 頼めば車で送迎とかもしてくれるらしいのだが、天気もいいし距離も近いので、折角だから散歩がてらに行こうということになったのだ。


「おぉ~、すっごい静か。これくらいデッカイ湖だとなんか迫力あるね、波もあるし」

「風で波ができてるんですかね? こういう場所に来たの初めてなので、新鮮です」

「うんうん。それになかなかいい景色! だよね?」

「えぇ、美景だと思います。心が落着きますねぇ」


 確かに、背後には山、目の前は静かで巨大な湖。素晴らしいロケーションってやつなのかもしれない。


 けど、そんなことより。


「景色がいいのはいいけど……割と寒ぃな。この季節に外って、何すればいいんだ?」


 一本道だったので迷うことなく現場には到着した。


 湖の畔に広場があって、桟橋がかかってたりテントがいくつか建ってたりする。

 ちょっとした小屋? みたいな施設もあって、要はキャンプ場ってことなんだと思われる。


 ホテル側で用意したものらしいテントは何個か建っているのだが、人の姿は殆ど見えない。多分まだお試しコースだからなんだろう。

 ていうか、季節とか時期も考えるとやっぱり実験台だったのでは……?


「この貸しテント区画が私たちに割り当てられたものです。ここを拠点にキャンプ的なことを好きにやっていい、ということみたいですね。寒さ対策の品も貸し出しているようで、電気ストーブやカイロなども借りられます。電源も取れますし、水道もありますね」

「キャンプって、BBQみたいなやつのことー?」

「それも含みます。食材や機材はあの建物で受け取れるらしいです」

「本当に至れり尽くせりみたいな感じなんだな」


 つまりグランピングってのはお膳立てされたキャンプみたいなものってことか。


 キャンプなんてそもそもしたことはないが、多分テントとか本来は自分で建てるものなんだろうし。


「食事までホテル側で用意してくれるコースなんかも出来る予定らしいんですが、現在はまだそこまでのサービスはないようです」

「いやぁ、そこは自分たちで作るのが醍醐味なんじゃないの? あたし外でも頑張るよ!」


 エリカがワクワクを抑えきれないような表情で腕をまくる。


 こんな環境で料理をするなんて多分初めてなんだろう、だったらその高揚はなんとなく分からんでもない。

 正直俺も、初体験のアウトドアに内心テンションが上がっている気がしないでもないからな。


「では、私も手伝いますね」

「まだ夕方にもなってないのに、もう飯の準備始めるのか?」

「野外調理の経験がないのでどれくらい時間がかかるか不明ですし、下ごしらえだけでもしておいたほうがいいのかなと思いまして」


 あぁ、そうか。たき火? みたいなところからやらないといけないんだもんな。

 ガスバーナーとかもあるようだが、家と違って料理するだけでもイベントってことか。


「んじゃ、俺はたき火に挑戦してみるわ。薪もあそこで貰ってくればいいんだろ?」

「だと思います。多分、やり方とかも説明してもらえるかと」


 そんな訳で、俺らはそれぞれに別れて作業を開始した、のだが。

 思った以上に色々と時間がかかってしまった。


 何しろ慣れない環境と道具に囲まれているので、食事の準備も一苦労。

 というかまず火が中々つかなかった。


 やっぱ何事も実際やってみないと分からんもんだなぁ……。

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