第24話 ゲーム好きのエリカちゃんと負けず嫌いな華恋さん

 服を一緒に買いに行った時を皮切りに、華恋やエリカと買い物に行く機会が何度か発生していたのだが。

 

 ついに懸念していた事態が学校で発生してしまった。


「ねぇねぇ、加々美君。この前さ、すんごい美人な子と一緒に買い物してたよね?」


 ――ぐふぅ!? 


 すんごい美人、エリカか? 華恋だったら本人に聞きにいくだろうし。


 そ、そういう意味ではまだエリカの方だけでよかった。

 まして二人と同時に一緒にいる時に見られなくて本当によかった、マジで。


「えーっと、見間違いかなんかじゃ」

「ないって。だって驚いたから隠れてしばらく見てたもん。すんごいイチャついてたし。デートでしょ、あれ?」


 そこまでして裏とってくるんかぃ!?


 クラスメートの女子で、え~っと確か、藤村とかいったか?

 こいつなんの目的でそんなことを聞きにきたんだ?

 つかデートじゃないんだけどなぁ。いやまぁ確かにエリカはデートと言い張ったけど。


「あの子ってモデルさんか何か? 凄い綺麗な子だったからつい気になっちゃってさぁ。加々美君ってあんま目立たない方だと思ってたのに、あんな子と付き合ってるとか実は私生活では凄いやり手な感じなのかな?」


 な、なるほど。女子お得意の恋バナ的興味ってやつか? 

 後はまぁ、同性から見てもエリカが特別に美少女つーことなんだろうなぁ、多分。


「結構派手目な印象だったもんねぇ。違う学校の生徒さんだよね? どこの高校? あ、もしかして大学生? 年上彼女?」

「あ~、その、なぁ」


 なんて答えようか? つかもう面倒だから適当に席立って逃げちまうか?


 などと思ってきたあたりで、教室の前の方から唐突に声が飛んできた。


「あ、あの、誠一郎君っ。ちょっと先生からの伝言があるのですがっ」


 少々テンパってはいるが、聞き慣れた声。華恋だ。


 恐らく、エリカ絡みで困っている俺へ咄嗟に助け船を出してくれたのだろう。


「……誠一郎って誰だ?」

「今、神代さん誰を呼んだの?」

「なぁ、神代が誰かを名前呼びすることなんてあったか?」


 けど、完全に逆効果である。

 更に面倒事が増えただけだ。


 そりゃそうよ。だって名前で呼んじゃってるもんよ……!


「あ、あの。今のはちょっとした呼び間違いでして」


 オロオロし始めた華恋。

 これは、放っておいたら余計に自爆を重ねそうな気配がする。


「悪い。ちょっと呼ばれたから」

「え? あ、うん? え?」


 予想外の事態に反応に困っている藤村さんに軽く会釈して、俺は華恋と共に教室を出た。


 その後は、放課後まで何食わぬ顔で色々とやり過ごしたのではあるが、クラスメートが俺と華恋を見比べてヒソヒソやってるのは耳に入ってきた。


 こりゃもう、いっそ開き直るくらいのつもりでいた方がいいのかもなぁ……。







「今日のは危なかったわぁ。まぁ、華恋やエリカが気にしないって言うんなら、俺も学校生活のあれこれなんてどうでもいいことではあるんだけど」

「だったらもういっそ隠さなくていいんじゃない? どっちも俺の家にいるけど何か? って言っちゃうとかさ」

「いや、流石にあり得ん。なんで自分から宣言すんだよ、頭おかしいだろそれは」


 学校から帰っていつものようにゲームをしているわけだが、最近は何故か当然のようにエリカが俺の部屋に入ってきてゲームパッドを握っている。


 モデルみたいな見た目の美少女がすぐ傍のベッドに座っているという状況なのだ。正直、慣れるまではゲームもプレイしにくくて仕方なかった。


「エリカは無駄に目立つからなぁ。あっ、早くそこのアイテム取れって」

「う? あぁこれね、あぃあぃ。てか、無駄って。可愛いのは無駄じゃないでしょっ」


 現在、オンライン対戦ゲームをエリカとチームを組んでプレイしている最中なのだ。


 因みに、この部屋にはモニターが二台あったりする。

 一時期はリビングのモニターを神代姉妹の部屋に持ち込んであったのだが、あっちでは使わないといってエリカがここに持って来た。そんで、今はそのモニターを使ってゲームをしているというわけだ。


「ま、バレたらその時は諦めるからいいけどさ。それにしても、ゲームの上達早いなエリカ。前にやった時は全然できなかったのに。姉の方は未だに全然できないけど」

「あ~、おねーちゃんはねぇ。こういうアクション系? は微妙かも? パズルとかそっち系なら――ってぇ死んだ!? 嘘でしょ!?」

「ふむ。じゃあ、今度はクラフト系ゲームでも誘ってみたら面白いんじゃないか?」

「ちょっ、それより今は早くあたしを助けてよ!?」

「さ、アイテム回収っと」

「ちょっとぉお兄さん~っ」


 やれやれ、一応助けてやるか。


「時に、姉はこういう時、一人で何してるんだ?」


 最近、俺がゲームをしているとエリカがよく一緒にプレイしにくるようになったわけだが、姉は放置でいいのだろうか?


「ん? 勉強してることが多いよ」

「……お前は?」

「……誠お兄さんこそ?」


 ……うん。まぁ、この話題はもういいや。


「あ、あ~。あはははっ。うん、まぁなんだね。あたしも一応やっておこうかなぁ。おねーちゃんの手前、あんまり酷い点とか取りたくないし」

「マジか、偉いなお前」

「そうでもないよー、おねーちゃんみたいにはできないもん。次死んだら終わりにする~」

「はぃよ」


 エリカは宣言通り、すぐにゲームを抜けて部屋を出て行った。


「う~ん、勉強ねぇ」


 今からやる気にもならないが、エリカが抜けたことでゲームをこのまま続ける気分でもなくなってしまった。さて、どうしたものか。




 取りあえず、飲み物でも取りに行くか――とリビングに降りていくと、丁度華恋とばったり出くわした。


「なんだ、勉強は終わりか?」

「え? あぁ、エリカに聞いたんですか? そうですね、今日の分は終わりましたし、エリカの邪魔をしても悪いので降りてきました」


 エリカは本当に勉強を始めたのか。

 なんだろう、していない自分に謎の罪悪感。


「あ、あのっ。今日は、本当にごめんなさい。つい、名前で呼んでしまって……」


 突然華恋が申し訳なさそうに顔を俯かせた。

 一応、自分の不注意を気にしていたようだ。


 ただこいつの場合、なんで名前で呼んではダメなのか? という根本的理由の方にピンときていない可能性はあるが。天然め。


「次気をつけてくれればそれでいいよ。間違いくらい誰にでもあるだろ。それよりも、妹に勉強教えたりしなくてもいいのか?」

「ありがとうございます、気をつけますね。勉強は、あの子はやればできるタイプですから。もし分からない部分があったら、すぐに聞きにくると思いますし」


 なるほどね。妹の自主性を尊重しつつってわけか。いいお姉さんだなほんとに。


 リビングに入ると自然と彼女がお茶を淹れてくれて、そのまま二人でお茶をする流れになった。

 なんか、すっかりこういうノリに馴染んできちまったなぁ……。


「前にも言ったかもですけど、誠一郎君はその、勉強はしなくていいんですか?」

「まぁ一応授業はなんとなく聞いてるし、最低限教科書読んでおけば赤点はとらないしな」

「それだけで点が取れるのなら、勉強すればもっと高得点が目指せるのでは?」

「……そら、そうかもしれんが」

「よければ私と一緒にやりませんか? 二人でなら私も今より楽しく勉強できそうですし」


 華恋は何かしらを期待するような雰囲気を醸し出しつつも、遠慮がちに提案してきた。


 ぬぅ。こういう前向きで真面目な意見を素で言われると、本来なら拒絶反応がでそうになるものだが、華恋に言われると自然と受け入れたくなるから不思議だ。


 エリカの蠱惑的な魅力とはまた別な、真っ直ぐストレートに人の心を動かすことができるタイプというか。

 恐らくは自覚もしていないのだろうが、人心を惑わす才能を感じる。


 人心とかいいつつ、俺が勝手に色香に惑わされてるだけかもしれないけれども。


「あ~、明日から、気が向いたらな」

「はいっ。では、その時に備えて準備はしておきますね」


 ぬぅう……。このまったく邪気のない嬉しそうな雰囲気と、微かな笑み。


 俺の物言いからしたら、いかにも実際にはやらない空気満載だと思うのだが。

 華恋はこれからきっと、一緒に勉強する時に備えて本当に準備をする気だろう。ノート纏めてくれたりとか、解説考えてきたりとかしそうだ。

 それを分かってて断るのは至難を極める。


「恐ろしい女だぜ……」

「はい? 何か言いました?」

「いや、なんでもない」

「そうですか? えっと、じゃあ今日のところは、二人でゲームでもしませんか?」

「ゲーム?」


 華恋の方からそんな誘いをしてくるとは、珍しいな。


「別にいいけど、何をするんだ?」

「はい。それは勿論――」




「――リベンジしたかっただけかよっ」

「だって、負けっぱなしはやっぱり悔しいですし……」


 華恋が提案してきたのはギャンブル系のゲーム諸々だった。

 以前にエリカも含めた三人でやって俺がボロ勝ちした系統のゲームだ。


 こいつ、本当に負けず嫌いなんだなぁ。


「別に金かけてるわけでもないからいいけどさぁ。悪いが、俺がギャンブル系本気でやったら勝ち目ないと思うぞ?」

「む? 強気ですね」


 そりゃなぁ。俺がこれらでいくら稼いできたと思ってるんだ。


「ですが、実際に戦わずに諦めるわけにもいきません。勝負ですっ」

「まぁ、いいけどさ」

 

 およそ一時間後。


「負けましたぁ……」

「だから言っただろうが」


 華恋が提案したポーカー勝負で、トータルでいえば完勝に近い終え方をしてしまった。


「きちんと確率を計算すれば勝ち目があると思っていたのですが」

「そりゃ死ぬほど頭よければそういう勝ち方もできるとは思うけどさ。普通は難しいだろ」

「誠一郎君は、どうやって勝っているんですか?」


 どうやって、と言われても。説明が難しい。


「俺のは頭の善し悪しとかじゃなくて、見える……としかいいようがないなぁ」

「見える? 相手のカードがですか?」

「あぁいや、そうじゃなくて。勝負時とか賭け時が、っていうか。俺だって常に勝てていたわけじゃないだろ?」


 殆ど勝っているとはいえ、細かくは負けたりしている。

 でも、最終的に結果だけみると大勝しているというだけだ。


「そう、ですけど。なんだか聞いていると超能力みたいなものに感じる才能ですね?」

「ん~。そういうのとも違う様に思えるけどなぁ、俺としては。勘の一種っていうか」


 実際、勝負事の界隈にいると俺に近い感覚を持った人間というのは程度の差こそあれそこそこ存在していた。

 勝負勘を持った人間、直感力に優れた手合いというやつか。


 多分、どの界隈でも一定数いるんだろうとは思うのだ。

 常人には見えない、なにかしらの『ライン』というか『ゾーン』というか、そういう範囲にいる人種というのは。


「海外のギャンブルが盛んな場所とかじゃ、凄く珍しい才能ってもんでもなかったけどなぁ。俺と同い年くらいの奴もいたし」

「誠一郎君、海外に行かれていたことがあるんですか?」

「あぁ、ちょっとな。日本じゃ派手にギャンブルするのは難しかったから」

「なるほど。誠一郎君みたいな方が沢山いるというのは、なんだか凄いですねぇ」

「うーん。確かに向こうでも、凄腕のギャンブラーだとかって人に言われたけどなぁ。君はギフテッドだ、とかってさ。なんか、天然物だとか言って喜んでたよ」

「ギフ、テッド?」


 ギフテッドとは特定分野において突出した才能を持っている子供のことを指すらしい。

 実際、その凄腕ギャンブラーの弟子? みたいな奴も俺と歳が近そうな少女だったが、かなり強かった思い出がある。つまりそういう子供らのことを指して言っていたんだろう。


 後で調べたところ本来は定義が色々とある専門用語らしく、俺には当てはまらない気もするのだが、案外といい加減に使われている単語なのかもしれない。


 それにギフテッドは単純な褒め言葉というわけでもないのだ。

 特定の才能には突出しているが、大きな問題を合わせて抱え持つ傾向も強いらしい。

 俺もそうだ、などと自分で思っているわけでもないが、結果から見ると近い状態になっている節はあるのかもしれなかった。明らかに社会不適合者だしな。


「ま、得意分野がある人、くらいに思っておけばいいよ」

「なるほど……?」


 本当は違う気がするけど、説明すると長くなるので適当なことを言って話をしめた。

 俺が実際にギフテッドなのかどうかなんて、ここではどうでもいいことだしな。


「何にしても、一度も勝てないのは悔しいですね。なんとか私が誠一郎君に勝てる手段とかはないんでしょうか?」


 本当に変なところで負けず嫌いな奴だなぁこいつも。

 そうだなぁ。


「ん~、俺も集中を乱すと勝てないから、動揺を誘うような心理戦をすれば……っても急にギャンブルの心理戦なんてのは難しいだろうし。あー、じゃあこれで勝負してみるか?」


 財布から取り出した硬貨を華恋に見せる。


「これ、とは?」

「コイントス。裏か表か当てるだけの勝負だ。これで一回こっきりの勝負なら、運がよければ勝てるだろ」

「……やりましょう」


 目がきゅっと真剣なものになる。

 見慣れてくるとこういう華恋がえらく可愛い。


「よし、んじゃいくぜ」


 コインを弾き、手の甲に落としてもう一方の手で覆う。


「さぁ、裏か表かだが。そうだな、同時に言うか」

「分かりました、せ~のっ」


 表。

 と、華恋と俺の声が重なった。


 手をどけると。


「表だ」

「と、いうことは」

「勝負は引き分けってこったな」

「むぅ……やっぱり勝てませんでした」


 こいつは……。

 ほんと、ふくれっ面をしててもえらく可愛いのは反則だよな。


 その後、勉強に飽きたエリカが突入してきて勝負は強制終了。

 三人でゲームをしているうちに、俺も一緒に勉強する件も有耶無耶にしたかったのだが。むしろエリカも含めて三人で勉強するという更に状況を悪化させる方向にいっただけだった。

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