第23話 <間話>姉妹会議その二
「エリカ、正直に白状なさい。誠一郎君のこと、好きなんじゃないですか?」
「そっくりそのまま返すよおねーちゃん」
既に敷き終わったそれぞれの布団に正座している華恋と、ぺたんと腰をおとして座っているエリカ。
ごく最近買いそろえた家具が備え付けられた部屋で、真新しい寝間着に着替えた二人が向かいあって座っている状態である。
俗にいう家族会議的なものが発動しているのだ。
「…………わ、私って、誠一郎君のこと好きなんでしょうか?」
「…………マジで言ってるそれ?」
華恋の真顔の問いかけに呆れ顔になるエリカ。
姉が今までその手のことに関心を持ってこなかったのはよく知っているが、今でも全くの無自覚とは流石に思わなかったのである。
「好きか嫌いかでいえば、勿論好きに入るとは思うんですけど」
「いやいやいや。そんなレベルちゃうでしょ。二択とかまったく必要ないでしょ」
ギリギリ好きに入るかも?
などという生やさしい感情で姉は動いていない。ということくらい妹には手に取るように分かっていた。なぜなら。
「あのさぁ、例えばこのノート」
「あ、ダメです勝手に人のっ、というか何で知って――」
「一緒の部屋で暮してるんだからそりゃ知ってるって。この中身、ほらっ」
エリカがバッと開いたノートには、手書きの文字がびっしりと書き込まれていた。
勉強用のノート、ではない。
「誠お兄さんの好きな物、嫌いな物、機嫌が良かった日、なんで良かったのか考察、悪かった日も同じ、あたしやおねーちゃんとの物理接触時の態度変化」
家主の生態調査ノート、というのが適切かもしれない。
華恋の主観においてではあるが。
「最近のになってくると、誠お兄さんの良いところ、素敵だった言動、優しい、可愛い……もうこの辺はただおねーちゃんが嬉しかったところ書いてるだけじゃない?」
「ちちち、違いますっ。これはその、誠一郎君の将来が明るくなるようにプレゼンする上で必要な資料といいますか……」
視線も態度も迷子になりかけている姉に、更に妹は畳みかける。
「将来ね。この調べて書いてあるやつでしょ? お兄さんが将来に渡って健康でいられるような食生活の考察とか、お兄さんが将来ハマれそうな趣味探しとか、傍にいたらよさそうな同居人、その職業と性格とか……あのさぁ、はっきり言ってこれ好きじゃない相手にやってたらかなり怖いよ?」
本音を言えば、例え好きな相手にやるにしても割と怖いし重い。
とは思いつつ、それを口にすることをエリカはしない。
姉の良い部分はまさにこういう所ににじみ出ていると思っているからであるし、その愛の重さを一番実感してきたのは他ならぬ自分だからだ。
伊達にシスコンではないのである。
エリカにとって、これは姉の魅力の一つにすぎない、くらいの認識なのだ。
「でもその、好きといっても色々ありますし。実際、私としては誠一郎君に恩を感じているのも事実なわけで。いわゆる色恋のような感情なのかどうかは判断しかねるというやつなんです」
華恋の声はいかにも自信なさげだった。
恋愛沙汰に関してはまったくの無関心を貫いてきた華恋の人生。
今まで妹を守ることだけを考え、妹との時間のみを大切にしてきたのだ。
見た目が圧倒的に優れている華恋は昔からよく男子には告白されたし、女子のグループの中では色々と面倒な目にもあってきた。
そのうち処世術として、学校などでも妹のことだけが大切なのだと透けて見えるような言動をとり続けることが身についてしまったのだ。
そうしていれば、男子からも女子からも『妹にしか興味のない変わった優等生』という立ち位置で見られる。
それは、華恋にとって楽なポジションだった。なにしろ実際にシスコンだったので、無理も嘘もなく面倒事を避けられるのだから。
だが、恋愛経験値の不足がここにきて露呈した形となった。
「それに恩を返すべき相手に懸想してしまうというのは、自分の想いを優先してしまうようで不義理といいますか」
「難しい言葉でごまかさないのっ。要するに、恩を感じてるのも本当だし、誠お兄さんに惹かれてもいるから、混ざっちゃってよく分からないってことでしょ?」
「まぁ、有り体に言ってしまうと、そうなのかもです」
観念した、といった様子の姉を見て妹はため息をつく。
「ふ~。ま、いいんじゃない? 別に慌てなくてもさ。誠お兄さんのことどんな風に好きかはっきりしたら、そん時はガバッといっちゃえばいいんだし。ね? おねーちゃん」
自分より背の低い姉の頭をぽんぽんと撫でながら諭す妹――の手がガッと捕まれた。
「そういうあなたはどうなんです、エリカ?」
「へ?」
「最初に聞いたでしょう? 私も、一緒に暮らしてる妹のことには詳しいつもりですよ?」
「あ~……あははは」
問い詰めるような姉の視線から逃げようとするエリカ。
しかし手を握られているので、ぐいっと引っ張られると逃げようがない。
「最近、御飯を作っている時と~っても幸せそうですよねぇ?」
「そりゃあたしの仕事だしぃ。料理も好きっていうか、ねぇ?」
「あなた、最近はよく誠一郎君の部屋に遊びにいってるみたいですけど。部屋に入る前に五分くらい扉の前で身だしなみをチェックしてからノックしてるでしょう? しかも毎回」
「み、見てたの!?」
「だから言ってるでしょ。あなたのことは赤ちゃんの頃から知ってるんですからね」
「嘘だよぉ。流石にその時はおねーちゃんも幼児だったはずじゃんかぁ」
「そうですけど気分的には知ってるんです」
無茶苦茶だよおねーちゃん、とは流石に口にしなかったが、内心がっつり思っているエリカである。
ただ、どういう理屈であろうと姉の言っていることには一定の理解を示してしまうのがシスコンの厄介なところなのだ。
「う~、そーだよ。誠お兄さんのことは、好きだと思うよ。あたしも」
「やっぱり」
「でも、おねーちゃんと一緒でどんな好きかまではよく分からないんだけどねぇ」
エリカはエリカで、恋愛というものを今まで真面目に捉えてこなかったタイプである。
姉と同じく、男子に好かれることに関しては困ったことがない。
告白されたので取りあえず付き合ってみた、なんてことは何度もある。が、エリカはすぐに相手を振ることで有名だった。
おねーちゃんと一緒にいる方が良い。おねーちゃんのが大切。男子と何度付き合おうがエリカにとってはそれが結論。
ある種のコンプレックスをもつ相手でもある姉の華恋のことばかり考える生活で育った彼女には、そこらの男子なぞ本当の意味で恋をする対象にはなり得なかったのだ。
その辺の事情諸々と大人びた容姿により、一部の男子には恐れられたり、女子には悪い噂を流されたりと色々と苦労してはいるものの、エリカの恋愛経験値は一向に育つことはなかった。
「困りましたねぇ。好意と言っても色々あるとは思うのですが」
「よく聞く判断方法は~、キスができるかどうか?」
「そんなの、やる気になればエリカとだってできます」
「そりゃ子供の頃はしてたけど、そういうのとは違う気が……えーっと、じゃぁエッチ、したいかどうか?」
会話が止まった。
華恋もエリカも、目を閉じて考えこんでいる。
そして、目を開く。
「正直よく分かりません。そういう行為はその、経験もないですし、データ不足というか」
「うーんと。例えば、誠お兄さんの視線をおっぱいに感じたことは?」
「あります」
「気分は?」
「男の子って本当に胸が好きなんだなぁって」
「う~ん……?」
恋愛経験不足の姉妹による不毛な議論はその後もしばし続いたが、結論はでなかった。
「うん、よく分からないってことが分かったね」
「現状ではやはりデータ不足ということでしょうか?」
「ただ、それはそれとしてさぁ。あたしとしては仮に恋愛的に好きなのが確定したら、おねーちゃんが付き合うのがいいと思うんだけど」
「何故です?」
姉のぽかんとした表情を見て、エリカはゆっくりと目をそらしていく。
「ん~っと、ね。やっぱりおねーちゃんの方がさ、お兄さんも幸せになれると思うんだよね。隣にいる相手ならあたしだっておねーちゃんを選ぶもん、男だったらムぃ!?」
エリカの両頬を華恋の両手が挟み込み、無理矢理真正面を向かされる。
「決めつけるのは良くないです。私が男だったらエリカがいいですよ? 明るくて元気で、きっと楽しく過ごせます」
「あたし、おねーちゃんほど綺麗な性格していないもん~」
「私のは綺麗なのではなく、頭が固いっていうんですよ」
「そんなことない! それいったらあたしは馬鹿なだけだしっ」
「私の妹は馬鹿でも可愛いからいいんです」
「馬鹿なのは否定しないの!?」
むぅ――。
お互いに見つめ合ったあと、同時にため息をついて離れる姉妹。
「おねーちゃんがいいと思うけどなぁ。あたしはその傍にいられたら二人といられてハッピーって感じでさ。ぶっちゃけ、普通に恋愛とかよりそっちの方が楽で楽しそうだし」
「あぁ、そういう考え方もあるんですね。なんだ、ならどっちでもいいんじゃないですか?」
「えぇ……? どっちでもってのは、流石におかしくない?」
「でも、私だってエリカとは一緒にいたいですし。その、誠一郎君とも、一緒にいたいですよ……」
「むぅ~。っていうかさ、これ、誠お兄さんが聞いたらなんて言うかな?」
一拍考えた二人は、同時に答えを出した。
「まず根本的な問題として、誠一郎君ともっと理解を深めあう必要があるかもですね」
「だね。あたしら、ただ恩返しの為だけに色々やってるとしか思われてないっぽいし」
「恩返しも事実なんですけどねぇ」
「それはそれ、これはこれってのをお兄さんには思い知らせないとダメなんだってば」
「なるほど。なら、もっと砕けた関係をまずは目指すということで――」
「じゃぁさじゃあさ、こんな風に踏み込んでみたら――」
家主が知らない間に、姉妹との関係性が徐々に変化していっているのだが。
そのことに気がつけるような対人経験値は、誠一朗も全くもって持ち合わせていなかったのであった。
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