第22話 妹をおすすめ

 買い物も終えて、しばし経ったとある休日。


「おはようございます。誠一郎君」


 相変わらず、華恋は俺をきっちり朝に起こしてくれる。くれるんだけれども。


「………………今日はまだ寝ててもよくね?」

「生活リズムが崩れると学校が始まった時が辛いですよ?」


 ぐむぅ。真面目な奴めぇ。

 確かに、これ以上学校行くのが面倒になると卒業までに不登校になりかねないとは自分でも思っているけども。


「はぁ。分かったよ。起きるよ。――ふぁあああ」


 ねみぃ。


「あ、後ですね。ちょっとお話ししておきたいことが」

「ん~?」


 こんな朝っぱらから、なんの話だ?


「エリカの、ことなんですが」


 エリカぁ? あいつがどうかしたのか?


 そういや、服を買いにいった日あたりからエリカは随分と機嫌が良い。良いばかりか、俺に色々と纏わり付くことが増えてなんならウザいまである。


 部屋でゲームしてると『一緒にやりたい!』などと突入してきたりとか。

 家具を見にでっかいホームセンターに行ったりもしたのだが、そこでも大層鬱陶しかった。やたらくっつこうとしてくるし。


 ……あいつは大抵のことが『可愛いから』という理由のみで許されるという希有で卑怯な奴なのではあるが。


「エリカがどうしたって?」


 俺の問いに、華恋は一度すっと息を吸い込んだ。


「エリカのこと、女の子としてどう思いますか?」

「――――はぃ?」


 華恋の口から出たとは思えないような台詞に思わず寝起きの脳が空転する。


「あ、いえ。少し性急な聞き方だったかもしれません。その、エリカは多分、誠一郎君に好意を持っていると思うんです。どんな好意かまでは、まだはっきりとは分かりませんが」

「こ、好意って。あいつは別に、元々割と人懐っこい奴っていうか」


 借金を肩代わりした恩返し、という形の好意は華恋同様にエリカも持っているのだろう。


 最近はより距離が近くなった気は確かにするけど、それは地が明るいあいつが更に馴染んできたというか、単に馴れ馴れしくなっただけというか。


「私はエリカのことを誰よりもよく分かっているつもりです。エリカは見た目ほど簡単に気を許す性格じゃありません。心底懐いている相手なんて見たことがなかったです。私や母以外には」


 あ~、まぁ、言わんとすることは分からんでもないか?


 あいつはパッと見は明るくて軽いタイプに見えるが、実際には人の内面を相当見極めようとするというか、慎重というか、そんなタチかもしれない。


「でも、誠一郎君には心からの好意を向けているように思うんです。エリカは、身内びいきを除いても美人ですし、性格も明るくてとても良い子なんです。ですから――」

「まて。待ってくれ。落ち着け。取りあえず、寝起きにそんな話されても頭にはいってこねぇ。あと、離れてくれ」

「あ……す、すいません。その、妹のことになると、つい」


 華恋はベッドに乗り出すようにしていた体勢を戻し『こほん』と場を取り直した。


「後で、ゆっくりでもいいですから是非考えてあげてください、あの子のこと。きっと誠一郎君の生活にもプラスになると思うんです。だって、エリカは本当に素敵な子ですから」


 考えろって言われてもなぁ。


「それでは、朝御飯の支度もできていると思うので早めに降りてきてくださいね」


 華恋が部屋を静かに出ていく。


 考える、エリカのことを考えるねぇ。

 思い出すのは――。


『おねーちゃんのことを好きになってよ』


 エリカには華恋が俺に好意を持っていると言われた。

 華恋にはエリカが俺に好意を持っていると言われた。


 ――これは、つまり。


「どっちも間違ってんじゃねーか!!」


 何がお互いのことは一番よく知ってるだっ。

 なんか俺が一人だけ真実を知っちまってるじゃん!

 どっちも勘違いしてお互いを勧めちゃってるじゃん!?


「はぁ~……」


 別に本気でそーゆう期待をしていたわけじゃないけれど、なんだかなぁ。


 ま、男としてはみられてないけど人間としては一応好意的にはみられている、と分かっただけでもよしとしておくか。


「……ん? いや、そうじゃないだろ。馬鹿か俺は」


 思わず独り言で突っ込んでしまうくらいには間抜けな思考をしていた。


 誰かに好かれて喜ぶのも悲しむのも、俺の人生には必要ないことじゃないか。


 全ては寝ぼけていたせいだということにして、忘れることにした。

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