第20話 エリカはチョコイチゴクリーム

「やべぇ、迷った」


 トイレを探して歩き回っていただけなのに。

 もしかして俺、方向音痴なのだろうか? 引き籠もり気味ゆえ今まで気が付かなかった。


 ここが広い上に同じような景色が続いている構造なのが悪いと思うんだけれども。

 などと責任転嫁していても始まらない。どっかに案内板とかないのか?


「――ん?」


 案内板は見つからなかったが、知ってる顔を発見した。

 やっぱ遠目から見ても目立つなぁあいつ。


「よぅ」

「へ? あ、あれ? なんでおにーさん一人だけでいるの!?」


 何故かやたら驚いているエリカに事情を簡単に説明する。

 というか、実際に簡単すぎる事情しか存在しない。


「迷子って! 高校生にもなって迷子って!」

「うっせぇなぁ、俺だってそう思ってるよ」


 エリカが頭を抱えて叫ぶので流石に恥ずかしくなってきた。

 今度からは自覚しよう。自分は方向音痴気味だということを。


「も~、予定と違うよ~……」


 エリカががっくりと頭を垂れて落ち込んで? いる。


「予定? なんか予定があったのか?」


 問いに対し、長い髪の毛の間からチラリとこちらを見てくるエリカ。

 なんだ、その恨めしげな視線は。


「おねーちゃんとデートしてこさせようと思ってたのに」

「は?」

「おねーちゃんとデートして欲しかったの!」


 いや、言い直さなくても聞こえてるよ。その上で意味不明なんだよ。


「何言ってんだお前」

「だからぁ、前にも言ったじゃん。おねーちゃんをサポートしていくつもりだって。そういうことだよ」


 確かに言ってたけれども。


「だからっていきなりデートって。中学生かよ」

「えぇっ中学生だよぉ!?」


 あ、そうだった。見た目が大人っぽいから、分かっているのに偶に忘れてしまうな。


「アホなこと言ってないで華恋探しにいこうぜ。向こうも店を出たら俺を探すだろうし」

「アホじゃないもん。真面目な作戦だったの~」


 俺と華恋のデートが真面目に成り立つと思ってるあたりがアホなんだけどなぁ。


 内心呆れつつ、歩きだしながらエリカに諭すように話しかける。


「あのなぁ。そりゃ好意的には思ってくれてるかもしれんが、あくまで恩があるからってことなんだぞ? 恋愛的な意味では俺なんてお呼びじゃないよ。お前の姉は滅茶苦茶モテるし、男なんで選び放題なんだから」


 そう。現在はおかしな理由によって異常に距離が近い生活をしているから、俺だって思わず勘違いしそうになる時も正直ありはする。

 けれど彼女は本来住む世界の違う住人なのだ。


 俺の様に世間様の規格に合わすことができず、一人でゆっくりと社会からフェードアウトしていく『欠陥人間』とは違う。


 隣にいるこいつも姉と同じだ。

 いずれ俺なんて眼中にも入らなくなるだろうし、それが自然な流れだろう。


「それくらい、お前だって本当は分かってるだろ」


 ため息交じりにそう告げると、エリカは思いのほかすぐにハッキリした声で答えを返してきた。


「分かんないね。でもおねーちゃんのことはあたしが一番よく分かってる。もし、好きになるならおにーさんみたいな人だろうって思う。だから、あたし頑張ってるの」


 ダメだ、話が通じん。


「おにーさんだっておねーちゃん可愛いと思うでしょ? 優しくて、真面目で、素敵で……あたしみたいな欠陥品とは全然違うしね」


 ――なに?


「だからさ、おにーさんも付き合うならおねーちゃんみたいな人が」

「待て。お前、今のどういう意味だ?」

「え? だからぁ、おねーちゃんは本当に可愛くて」

「そうじゃない。欠陥品ってどういう意味だ?」


 エリカは珍しく無表情になって立ち止まった。


「……別にいいじゃんそんなの。今はあたしのことよりもおねーちゃんのことでしょ?」


 本当に、珍しい。


 エリカがこんな不機嫌そうな声色を露骨に出してくるなんてのは。もしかしたら初めてかもしれない。


 彼女の顔は中学生とは思えないほどに整っているし、普段はよく笑っているから、そういう態度を取られると寒気がするほどに迫力があった。


 美人ほど怒った顔は怖いと何かで聞いたことがあったけれど本当だったらしい。が、怖くてもここは退けないだろう。


「いいわけがあるか」


 この明るくて素直な中学生がこんな態度をとった以上、それはワザと、意図的なものだろう。


 恐らく『この件には踏み込まないでほしい』というメッセージ。


 ならばこれは、聞かなかったことにしてはいけない。


 本来は親や近くの信頼できる大人が話を聞いてやればいいことだと思うが、エリカにはそんな相手が姉以外にはいないのだろうってことくらい俺でも想像がつく。


 姉には言いにくい内容だったとするのなら、今それを聞ける人間はたったの一人だけ。


「現状、俺はお前らの家主で雇い主だ。んで、一応俺はお前より年長者なんだよ。欠陥品なんて言葉を自分に使うのは大抵おかしな状態に陥っている奴だ。目の前でそれをスルーはできねぇな」


 何しろタイムリーに自分自身に対して思っていたことだけに実績がある。

 俺の人生を鑑みれば、こういう物言いをするのが良い兆候のはずがない。


 こちらをじっと睨みつけるようにしてくるエリカ。


 数秒、嫌な緊張感が漂ったが。


「ふぅ~~。あーもうっ、マジ予定とちがうぅ。おにーさん、ほんっとにお節介だよねぇ」


 エリカは息をゆっくりと吐き出しながらしゃがみ込むと、いじけたように自分の髪の毛をイジリだしてしまった。


「大人ぶってさー、お人良しぶってさー、ほんともう、なんなの? 普段だってなんか変に紳士ぶってるのか分かんないけど頑張ってあたしらから距離とったり目そらしたり、可愛いかよっ!? って感じでもーさー」

「ちょッ、突然往来で何言い出してんのお前!?」


 いじけたように、というか全力でいじけていた。しかも全部口に出して。


「だーもうっ。立てって、ほらっ」

「ぶーぶ~」

「豚さんかなっ? いいから歩け!」


 めっちゃ目を引く美少女が突然にしゃがみ込んで変なことをのたまっているので、周りを歩く人間から好奇の視線を感じる。


 エリカの腕を取って歩きだす。と、意外とすんなり彼女は後をついてきた。


 いきなりいじけた女子中学生を落着かせるにはやっぱり甘い物だろう。

 などという安直な発想で、通りにあったやたらとポップなデザインの屋台に寄ってエリカにクレープを注文させる。


「むう~。またこうやってさぁ、おにーさんはさぁー」


 腕にしがみついた状態でまたブツクサ言っていたが、最終的には『チョコイチゴクリーム』と小さく呟いたエリカ。

 なんかクレープ屋のお姉さんから生暖かくも痛々しい視線を感じた気がしたが、努めて無視した。

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