第19話 三人でお買い物

 週末。

 天気もいいし、買い物日和だろう。


「今日辺り丁度良いんじゃないか? 金渡すから行ってこいよ。デカイ荷物は配送頼んでもいいし、できないなら目星だけつけておいて後で東さんにでも頼んで車を」

「何言ってんのおにーさん? 買い物行くならおにーさんも一緒に決まってるじゃん! 何を他人事みたいに言ってんのさ」


 あぁん? 俺も一緒ってお前。


「学校休みなんだぞ? 俺と一緒にいるところを同級生にでも見られたらお前ら困るだろ」


 華恋もエリカもかなり目立つ。

 そんな二人が揃って歩いていて、もしそこに男がくっついるのを見つかったら? 間違いなく休み明けに話題になってしまうだろう。


「別に、困りませんけど?」

「うん、別にいいじゃん?」


 えぇ……。


「だってほら、学校で根も葉もない噂にー、とかさぁ」

「誠一郎君と噂になって困る理由が分かりません。そもそも一緒に住んでいるのは事実ですから、根っこありますよ?」

「い、いやそうじゃなくてっ。その~、なんていうかさぁ」

「仮におにーさんと恋人だって勘違いされたとして、むしろ変なのがあんま寄って来なくなるなら丁度良いかもだしね」


 あぁ……逆にそういう利点があるのか?


 すこぶる顔がいい連中にも色々悩みはあるってことなんだなぁ。


「それに下着選んでくれるって言ってたじゃん!」

「言ってねぇよ!?」


 なに脳内でとんでもない情報変換してくれてんだてめぇ。


「私たちの買い物にご足労おかけするのはちょっと心苦しいのですが、折角こういった晴れの日ですから、誠一郎君も外にお出かけしてみるのも悪くはないのではと。その、ビタミンD不足や視力低下など、日光に当たらないことで発生する諸問題も多いですし」


 だから、お前は母親か? 

 俺の健康問題にそこまで本気の心配しなくていいっての。


「あ、あとその、私も、誠一郎君が来てくれたら嬉しい……ですし?」


 ッ――。


 華恋のやつ、こういう表情や言動を意図的に操れるようになったらいくらでも男を操り放題になるだろうなぁ……。

 いや、天然だからこその破壊力なのかもしれんけど。


 はぁ。まぁな、確かに荷物持ちはいた方がいいか。大荷物になるかもだし。


「分かった、行くよ」

「ふぅ~! デートだデート」

「デート、なんですか? これが……デート」

「買い物だって言ってんだろがっ」


 ちょっと内心思ってたけど頑張って意識しないようにしていたワードを堂々と叫ぶな!!







 バスから降りた。

 道の先には多数の店が建ち並び、歩いている人間の数も多い。


「帰りたい」

「着いて早々、何を言ってるのおにーさん?」

「体調悪いですか? どこかで休憩とか、それとも」

「……いや、へーきだよ。行こう」


 華恋が本気でオロオロし出す前に諦めて歩き出した。


 ただ単に人が多い通りをこの二人と歩くのかと思うと憂鬱なのである。

 絶対俺が悪目立ちするだろうからな。


 しかも。


「おに~さんっ! えへへ~」

「――マジかお前、こわ」

「いや、女の子に腕組まれて真顔でその反応はおかしくない? 思わずあたしも真顔になっちゃったよ。せめて照れるとかしてよ」


 そう、こういうことする奴もいるしな。恐ろしい。


「一周回って照れる暇もなかったわ。早急に離れてください」

「はーい」


 お前には気楽な接触でもこっちにはストレスフルアタックなんだぞ……って、あれ? 案外あっさり? 

 いや別に全然まったくちっともこれっぽっちも残念なわけではないが。


「あたしよりおねーちゃんのがいいって! こうたーい」

「ふぁ!? 私ですかっ?」

「おねーちゃんのが胸おっきぃからね。おにーさん巨乳派なんじゃん?」

「んなこと微塵も言った覚えないけどなぁ!?」


 ほんとなんなのこの妹。


「せ、誠一郎君。あの、出来たらその、腕を出してもらえると、組みやすいのですが」

「だから、組まなくていいんだよっ。それよりもお前らさっさと店を選べっ」


 運搬が大変そうな家具類はまた今度ということになり、今日は主に服を買いにきている。


 このショッピングモール? は屋外に色々な店が集っていて、小さな町のようになってる感じの場所だ。

 俺は普段ネットでしか物を買わないので、実は初めて来たのだが。


「さっさとって言われてもなぁ、あたしここで買い物したことないし」

「そうなのか?」

「私もありません。新品の服を買う時はなるべく安い店を探して買いますし、ここは候補に入らなくて」


 どうやらこの面子だと、誰もこういう場所に詳しくないらしい。


「ふむふむ。じゃーさ、手分けして探そうよ。あたしは好みの店探してくるから、おねーちゃんとおにーさんは二人で一緒にってことで」

「え? 心配ですし、エリカも一緒に」

「だいじょーぶだって! いいから二人で行くのっ。あたしもう子供じゃないんだから」


 中学生って子供では? 

 とも思うが、華恋が心配しすぎなのも分かる。


 何しろ俺に対しても母親みたいなノリになるくらいだからな。

 まさか俺がエリカより子供に見えているわけでもあるいまいし。……ないよね?


「中学生っぽい奴らも普通に買い物してるし、まだ昼間だぞ。別に大丈夫だろ」

「でしょでしょ? だから二人でぶらついてきなよ、二人で! 二時間後にここに集合~」


 喋りながらもすでに駆けだしていくエリカ。


 そんなに早く買い物に行きたいのか。

 やっぱ女子ってショッピングとか好きなんだなぁ。


「エリカ……大丈夫でしょうか?」

「あのなぁ、中学生だぞ? 俺らとそんなに変わらないって」


 むしろ俺から見れば、華恋よりエリカの方が大人な部分だってあるように思う。

 というか、華恋が天然ゆえに危なっかしい性格をしているとも言える。


 あぁ、だからあんなに『二人で!』と強調して行ったのかな、エリカは?

 あいつかなり姉のこと大好きっていうか、ぶっちゃけ相当なシスコンみたいだもんなぁ。


「そう、ですね。ちょっと心配ですが、これもまた社会勉強ですもんね」

「お前も相当だったな」

「はい?」

「いや、何でもない」


 姉妹揃って本当に仲のいいことで。

 羨ましいような見ているだけでお腹いっぱいのような。


「で、どうする? 取りあえず必要性の高い物から買ってくのがいいんだとは思うけど」


 今日はバスで来ているからあんまり大量には持って帰れない。


 ゆっくりと歩を進めつつ隣の華恋に聞いてみると、少し考える素振りを見せた後に躊躇いがちの答えが返ってきた。


「あ、あの、じゃあ……下着を」

「…………したぎ?」

「実はその、最近はきつめで」


 華恋が両手を当てている胸に思わず視線がいく。それはつまり、ブラ――。


 え? 現在進行形で成長中ってこと? マジ……?


「そ、そうっスか。そりゃー必要だよなじゃーそれで」

「は、はい」


 やっぱり俺を置いてエリカと回ってくれたらよかったんじゃねーのかな!? クソがぁっ!


 圧倒的気まずさに意味不明の怒りがこみ上げてくるが、別に華恋が悪いことしたわけでもないので黙って歩くしかない。

 あっちも恥ずかしいのか黙っている、ってそりゃー恥ずかしいだろうなんでこんなことに。


 ぎこちなくなりつつも、二人でしばらく歩き回った後、華恋が足を止めた。


「あの、多分ここ、そういうお店だと思います」


 指さされた店は、なるほど女性下着の専門店のようだった。

 無論、俺が入れる雰囲気ではないし入る気なんて端から微塵もない。


「そうか、なら俺はそこのベンチで待ってるから」

「は、はい。急いで選びますねっ」

「いや、ゆっくりでいいから。あと金もケチるなよ。渡した予算は今日使い切ること」

「え? ですが」

「給料も受け取らん癖に変な遠慮すんな。もし余ったらその分は俺が適当にお前の服選んで買っちまうぞ? センス皆無の服で出歩きたくなければ自分で選ぶこった」


 華恋は何かを言いたそうな顔を一瞬していたが、すぐに小さく頷いた。


「分かりました。お言葉に甘えますね」

「そうしてくれ。じゃぁまた後で」

「はい。――あ、でも」


 華恋から視線を外してベンチに向かって歩き出そうとした、寸前。


「私は誠一郎君の選んでくれた服も着てみたい、ですけどね?」


 不意にそんなことを言われたせいで、変なポーズで固まってしまった。


「では行ってきます」


 どういう反応をしていいのか脳内で言葉を精査している間に華恋は店の中へと消えていき、俺は何食わぬ顔を保ったままベンチへと歩いて行く。


 座る。

 すぐ立つ。


「ダメだ、落ち着け俺」


 トイレで顔でも洗ってこよう。


 ほんとなんなのあの姉。

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