4章 コンプレックス・シスター

第18話 ぱっつんぱっつんのつんつるてん

「いい加減、生活環境を改善しようと思うんだ」


 いつもの光景――と思えるほどに馴染んできてしまっている夕飯の一時。


 食べ終わったので、箸を置くと同時に切り出してみた。


「え? おにーさん生活習慣変えるの? 思ったより早いねぇ。流石おねーちゃんのお世話力はパないなぁ」

「誠一郎君が、前向きに? もしかして、子供が自立し始める時の母親ってこんな気持ちなんでしょうか……?」

「違う! なにをちょっと寂しそうでいて感慨深そうな顔になってんだおぃっ」


 確かにここしばらくの生活において、華恋の俺への対応が徐々に変化していっているのは気が付いていたけども!


 例えば初めのうちは――。


『誠一郎君。あの、もうちょっとだけ、勉強とかもしてみませんか? もし分からないところがあったら是非聞いてください。私も一緒に頑張りますから。ね?』

『小学校低学年の担任教師か何かか、お前は』


 更に時が経つと物理的な距離感すらうっすら近づいてきて。


『誠一郎君、コンビニに行くんですか? こんな夜遅く……もっと明るい服を着ていかないと車に轢かれちゃいますよ? あっ、そうだ、私も一緒に行きますねっ』

『歳の離れた姉か何かか、お前は』


 挙句、最近になると。


『誠一郎君。ゲームのしすぎは目にも体にも毒ですよ? 睡眠時間も気になりますし……。あ、勿論やるのがダメってわけじゃないんです。何が将来に繋がるか分かりませんし、興味のあることを伸ばすのが大切ですもんね!』


 などと、なんか母親みたいなこと言い出していて心底どうしたもんかと思っていたが、どうやら向こうも本気で母親気分だったらしい。


 ――どうしてこうなった? 


 割とマジで。

 同級生の女子にこういう接し方をされると、どういう感情で対応していいのか不明すぎて頭パニくる。


 だがしかし、今回はそのような話をしたかったわけではないのだ。


「ったく。生活環境云々ってのは俺のことじゃなくてお前らのこと言ってんだよ」

「え? あたしらの?」

「生活環境、ですか?」


 二人揃ってキョトンとした顔を……。

 何故そんな不思議そうなんだ、自分らのことだろ。


「そうだよ。二人がここに住み始めてそこそこ経つし、いい加減最低限以上の生活水準にしないとだろ。部屋の内装とか服とかさ」


 以前、姉妹揃って風邪引いた時に始めて二人の部屋に入ったが、俺のようなズボラ男からみても殺風景極まりない光景だった。


 何しろ家具の類いが殆ど無い。

 アパートから持ち出したのであろう最低限の物のみだ。


 服も数着をなんとか着回しているような状態らしい。

 女子の生活基準としてはちょっといただけない感じだろう、多分。


 最初はこっちも二人がこの家に住むことを心情的に認めがたかったこともあるし、生活環境が変わってバタバタしてたからスルーしてしまっていたのだが……。


「次の休みあたり、買い物行って色々揃えちまおうぜ」


 今では姉妹との生活にすっかり馴染んできてしまった、そのことは認めざるを得ない。

 その上で、向こうに対して気を遣わない関係を要求した以上はこっちも相応の接し方をしないといけないだろう。


 つまり、こういう時二人が遠慮するのは分かりきっているわけなので――。


「あたしらこう見えて貧乏姉妹だから、服とかにお金使うのは厳しいよぉ」

「ですね。現在使っている家具、家電類も誠一郎君のをお借りしているのに等しいわけですし、これ以上は贅沢というものでしょう」

「うんうん。というわけで」

「買い物は行かない方向で」

「却下する。予算はこちらで決めるからその中でやりくりすること」


 二人が例え遠慮しようと、引かない気概も大切だということだ。

 ここは押し通す。


「そんなっ、誠一郎君にそこまで頼るわけにはいきません。恩返しなのに……」

「一緒に住んでる奴が貧乏生活してたら俺が気になるんだよ」


 こっちがゲーミングデスクとゲーミングチェアでゲームしてるのに、同居人が小っさい折りたたみ机を二人で使って勉強してるのはやっぱり変だろう。


 それに、夜中に廊下でばったり出くわした時があったのだが――華恋がまさかの中学ジャージだった。胸のあたりがパッツンパッツンの。

 パジャマ代わりの一つなんだろうが、流石にあれはなぁ……。


 エリカにいたっては、多分小学生の時に買ったのを部屋着にしているんだろう、自然と七分丈みたいになった服を着ている時がある。

 流石、スタイルが良すぎてそんな服を着ていてもダサくは見えないのだが……。


 折角のハイレベル美少女が二人もいるのに、あれはない。


「でも、女の子の服って高いんだよ? あたしら元がいいから別にお金かけなくてもさぁ」

「なら着飾りゃ目の保養くらいにはなるだろ。一緒に住んでるんだから」

「え、おにーさん、あたしらのことそういう目で見てたんだ。っていうか見れたんだ?」

「……どういう意味だそりゃ?」

「こんな美少女二人と同居してるのにあまりにも反応薄いから、なんか特殊な性癖でもあんのかなーって」

「ねぇよ!?」

「じゃぁ、惚れちゃった? あ、因みにどっちが好み? あたしよりおねーちゃんがお薦めだけど、もしもあたしってことなら服とか選ばせてあげてもいいよ? 下着も可!」

「惚れてもねぇよ!」


 あと下着選ばせるのはどっちかというと嫌がらせだよ!


「あの、誠一郎君。もしかして、なんですけど。今回の提案は、私たちと一緒に住むことを前よりも肯定的に捉えてくれているっていうことでしょうか?」


 うっ――。


 華恋が確信をついたような質問を投げかけてくる。

 確かに、言葉にするとそういった意味になってしまうのかもしれない。


「あ~、好きに取ってくれ。とにかくこっちは変に気を遣わない状態にしたいだけだ」


 伝えるべきことは伝えたので、食器を流しに持って行く為に立ち上がる。


 二人はしばし沈黙していたが。


「おにーさん。あたし気合い入れて可愛い服選ぶから! しっかり目の保養してね。ちゃんとおねーちゃんのも選ぶしっ。あ、洗い物はあたしがやるから流しに置いといてね~」

「……わ、私でも誠一郎君の保養になるようでしたら、可能な限り頑張ってみます! あ、お茶淹れますから座っていてくださいね」


 エリカは満面の笑みで、華恋はえらく気負った様子で頷いていた。


 だから、変な気を遣うなって言ってんだけどなぁ……。

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